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李愛  作者: 采火
20/32

望んだ結果7

斎希は紙袋をひっつかむと、あわただしくオウキの家を後にした。

途中でオウキに「またあそぼっ!」と指切りをさせられたが些細なこと。

急いで行かなければならないところがある。

一番星が目立ち始めるこの時間帯。

田舎だからだろうか。街灯が少なくて家と家同士の間隔も遠いため、都会より光源が減って星がよく見える。

山の中へ入ればもっとよく見えるだろう。

そんな夜道を斎希は一人で駆けていた。

その足取りに迷いはない。

先程、吉良に顔色の悪さを指摘されたが今はそんなことどうだって良かった。

何をするか行動に移した途端、活力が漲ってきたのだ。

目的地まではかなり距離がある。しかし、はやる気持ちからペースを考えないで走った結果、十分程でぶっ倒れた。


「あぐ」


道端に転がって呼吸を整える。

場所はスモモの木のある空き地へ至る小道のすぐ手前だ。

バクバクと音を立てる心臓を無視して、ぼーっとその小道を見つめる。


「すー、はー、すー、はー」


呼吸を整えると、立ち上がって今度は歩き出した。

小道を無視して。

斎希が行きたい場所はスモモの木ではない。

駅だ。

この町と他の町を繋ぐ公の機関。


「あそこなら『あの人』が外部の人間かどうかが分かる……まずはそこから」


昼間の愛唄の現象。

この町で李唄と愛唄に詳しい人は、子供会のおじさんしか思い浮かばない。

とは言っても、あのおじさんはスモモの実がなる季節にしか会えた覚えがない。

ということは外部の人間であることも考えられる。

それ以上に顔の広い駅員さんならその人のことを知っているだろうと思ったのだ。田舎町の駅員さんはとてもフレンドリーなのである。

町役所で調べてもいいが、いかんせん、名前が分からない。吉良に聞いても駄目だった。

名前を知るために聞き込みをしてもいいが、はっきり言って面倒だ。

確実なとこから攻めて行く。

斎希なりの戦略の一つだ。

とはいえ、ここから駅まで歩いて三十分以上かかる距離だ。

車なら一瞬だが、わがままは言えない。

バスを使うという手段もあるが、残念ながら財布は鞄の中で、着の身着のままこちらに来ている斎希の元には無い。

斎希はがっくりとうなだれた。


「こんなことなら、オウキの家を飛び出なければ良かったかも……」


勢いに任せた自分が悪い。

しかし、明日など待ちきれなかったし、夜遅くまで出かけていては吉良に迷惑がかかってしまうだろう。

斎希の行動は時々後先考えないものが多い。

こんなところでそれが仇になった。


「ううぅ~、お腹空いた……ご飯だけでもご馳走になれば良かったかしら」


ぶつぶつと呟きながらも歩調は緩めない。

瞳にも希望が輝いているからか、曇りがない。

どんどん駅との距離を縮めていく。


「ここは田舎ね。真っ暗闇。街灯の間隔も遠いから怖いわ」


思ってもいないことを口にしてみる。

この町の夜の闇は小さい頃から慣れている。

今更、怖いともなんとも思わない。

ずんずんと歩いて行く。

鈴虫の鳴く声。

さざめく草花。

暗闇にぽつりぽつりと立つ街灯。

それらが、だんだんと別の物になっていく。

人々の騒ぐ声。

騒々しい車。

闇夜を照らす店頭の明かり。

町の商店街に近づいて行くたび、それらは増えていく。

けれど、東京の街並みと比べたらそれらは廃れているように見えた。

田舎と都会の中間。

この町の中心はそんなあやふやなものだったと、斎希は改めて思った。

それらを越えて目的地にたどり着く。

オウキの家から出て軽く二時間。

やっと駅に到着だ。

終電は行ってしまった後のようで、ホームには明かりが無かった。

ただ一つ、駅員用の休憩室だけは扉から僅かな明かりがこぼれていた。

恐る恐るそちらへと近づいて扉を開く。

中には五十代後半の男性がテレビを見ながらくつろいでいた。


「駅員さん!」

「うぉ!」


斎希が声をかけると、駅員さんは思いっきり上擦った声で返事した。

そしてこちらへと振り向き、


「どうかしたかい? この最終電車はすでに行ってしまいましたが?」

「ちょっと人を探していまして。こちらにこの時期やってくる人の中に、体育会系の八十くらいのおっちゃんって見かけた事あります?」

「……体育会系の八十くらいのおっちゃん? まるでリザンさんみたいやな」

「リザンさん?」


斎希の目がキラリと光る。


「地元の人でなあ、郷土資料館を運営している方のオヤジさんだよ。何でも昔は軍人だったとかで、今でも筋トレを続けているのが健康の秘訣だとか」

「そうなんですか?」

「ああ。あんたが探している人は、この駅には来ていないが、リザンさんならこの時期、いや。スモモの実がなる時期か。そのくらいしか外に出ない引きこもりだから、あんたの探している人かもしんないなあ」


駅員さんはペラペラと話す。

斎希は聞き漏れが無いように、それによく耳を済ませる。

話しが丁度終わろうとした時、


「あなた? お弁当の差し入れです。そろそろ家に帰ってご飯を食べたらどうです……って、あら?」


一人の五十代前半の女性がコンビニの袋を下げて入って来た。

斎希は思わずそちらを振り向く。

結構な美人さんだ。

しかも見覚えのある。


「ああ、丁度良かったな、娘さん。こいつはリユウといってな。俺の女房で、さっき話してたリザンさんの娘さんだ」

「え、うそ。駅員さん、結婚してたの? その顔で?」

「ああ? 俺が結婚してたら悪いか?」


斎希はちょっと考える素振りを見せてから、ふるふると首を振った。


「悪くないです」

「よろしい。で、リユウ。悪いがこいつを家へ連れて行ってくれねえか」

「いいですけど、なんでまた」

「人を探しているらしいんだが心当たりあるのが義父さんくらいでよう。確認させてやってくれ」

「あら、そうなの」


リユウはゆったりと笑って、手招きした。


「可愛らしいお客さんは大歓迎よ」

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