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李愛  作者: 采火
18/32

望んだ結果5

「い…つき……?」


伸ばした手を引っ込めることをせずに、茫然とする桜樹。

確かに今、斎希がここにいた。

泣きそうな顔で、こちらへと手を伸ばしてきた。

なのに。


「掴めなかった……」


桜樹はくしゃりと顔を歪ませる。

斎希は泣きそうだったのだ。

泣きそうな顔で手を伸ばしたのだ。

そして、消えたのだ。

つまりは、彼女は望んで自分から消えたということではないということ。


「斎希……」


だらりと伸ばしていた手を下ろして、ぎゅっと拳を握る。


───ああ、僕は本当に頼りないな……


唇を血の味がするくらい噛みしめる。

このままじゃいけない。


「待ってて、斎希」


僕がキミを見つけるまで。

言葉にはしないけれど、決意を新たに固める。


「この決意の証明に、まずこの状況を整理しないとね」


今の現象には何らかの鍵が在るはずだ。

そう考えた桜樹は、自分の行動を振り返ってみる。


「えっと……茶奈と連夜を送っていってから荷物をまとめて……それから……」


何か少しでも手がかりが無いかと考えて、何も考えが浮かばなかったから、気分転換に散歩をすることにした。

それからなんとなく、李唄を口ずさみながらしばらく歩いていた。

李唄を口ずさんでいたのは、何処からもなく、ふんわりと甘酸っぱいスモモの匂いがしたからだ。

そして、ちょうどこの公民館に辿り着いたとき、ちょっと目眩を感じたから立ち止まった。

目眩が収まって、さあ再び歩こうと思った矢先、斎希らしき人物を見かけて思わず声をかけた。


「この行動の不審点は……」


あえていうなら、李唄を歌ったことだろうか?

手を顎に添えて考える体勢をとる。

と、いうことは李唄を歌えば斎希に再び会える?

あまりにも馬鹿らしくて、一笑したくなる。

しかし。


「……今は神様にでも何にでも頼むよ」


何も手がかりの無い今、藁にでもすがりたい。

桜樹は決意を決める。

それから、辺りをキョロキョロと見渡して誰もいないか確認する。


「……よし、誰もいない」


ふう、と大きく息を出して姿勢を伸ばす。

目を閉じる。

風が髪をさらさらと梳いて行く。

さわさわという、草木のざわめきが耳に心地よい。

桜樹はそれらを感じながら、そっと言葉を紡いだ。


「すもものはなびら……」


零れた音は風に乗って消えていく。

どうか届いて。

斎希に届いて。

その気持ち一つで、歌を紡ぐ。


「ひとりではさかない

 いいや、さけないの……」


人は一人で生きられない。

そんな事は当たり前。

だからきっと、今の斎希だって一人で生きられない。

僕が見つけてあげなくちゃいけないんだ。

僕のことを待っていてくれるだろうから。


「われらがみずをあげようか……」


助けてあげる。

一人で生きられないキミの為に。

手を差し伸べてあげる。

僕が絶対に見つけ出して、安心させてあげなくてはいけないんだ。

キミは寂しがり屋だから、きっと今だって泣いているのでしょ?

すぐに行くから泣かないで。


「おいしいすももころがせよ……」


そうして、僕がキミを見つけたら。

僕にキミを……。

キミを……。


「っ!」


一番を歌い上げたところで、桜樹ははっとする。

ドクンドクンと、心臓が早鐘を打つ。

嫌な汗が背筋を伝う。


「は…っ…ぁ……」


呼吸までもが上がる。


───な…んだ、今の……?


自分が自分で無いような感覚。

何者かに乗っ取られたかのような錯覚。

普通に李唄を歌っただけなのに。

どういうことなのか。

意味が分からず、恐怖がこみ上げてくる。

それだけではない。


───僕は今、何を考えようとした……?


斎希に何を求めようとした?

そのことに愕然とする。


「僕……最低だっ……!」


斎希を助けたい気持ちは本当。

その後ろに、卑しい下心があったことが許せない。


「斎希が涙を見せるなんて滅多にないこと……きっと、何かあったんだ。なのに……!」


ギリギリと唇噛み締め、爪が突き刺さるくらい強く拳を握る。

自分に凄い嫌気がさす。


「こんなことじゃ、斎希に顔向けできないや……」


狼狽した表情で、力無く笑う桜樹。

その笑みには、自嘲が含まれている。

普段ならば、こんなこと考えないのに今日に限ってどうしてだろうか。

自分が自分じゃないような感覚。

はっきり言って、気持ち悪い。


「……今日はもう帰ろうかな」


気持ちの整理が必要なのだと思う。

そもそも歌うだけで斎希が戻って来るなら、東京に居たときにすでに戻っていたはずだ。

桜樹は溜息をつく。

明日、茶奈と連夜と一緒に斎希の家に行ってノートを見せてもらう。それが、当分の桜樹たちの役目だ。

桜樹はきびすを返すが、すぐに足を動かすのを止める。つまり、方向転換しただけ。

桜樹は目を細めた。

日差しが、まだまだ強い時間帯。

帽子を持って出てこなかったことに、今気づく。


「暑い……」


手を太陽にかざす。

斎希に届かなかったこの手。

一体何が掴めるのだろう?

ぼーっと眺めてみるが、やがて手がダルくなったので降ろす。

苦笑して、今度こそ歩き出す。

一歩、二歩。

リズミカルに歩くと、自分でも気づかず早足になる。


「あだっ」


そうなれば足がもつれるのは必然である。

見事に右足を踏み出すときに、左足を引っ掛けて転んだ。


「いっ痛ぅー……」

「え、ちょっと桜樹?」

「……はい?」


茶奈がこちらに駆けてくるのが見えた。


「……え、もしかしなくとも見られた?」


知らず知らずのうちに、顔が羞恥の色に染まる。


「え、あの、その」

「桜樹ったらナニしてんの? こんな大通りで派手に転んでさあ。気をつけなよー?」

「う、あ、うん……」

「早く立ちなよ」

「う、うん」


桜樹は真っ赤になりながらも、茶奈に右手を差し出す。


「うん? ナニこの手」

「え、あ……」


桜樹はよりいっそう真っ赤になる。

小さい頃、桜樹が転ぶと斎希は笑って手を差し伸べてくれた。

中学にあがって自転車通学になった時も、運転が下手な桜樹はやはりよく転んでいた。

そういう時、小さい頃の名残で桜樹が手を差し出すと、斎希は笑いながらそっと手を引いてくれるのだ。

つい、その時の調子で手を差し出してしまった───茶奈に。


「な、何でもないよ? 気にしないで?」

「そうなの?」

「うん。本当に何でもないから」


慌てて顔を取り繕って、すぐに手を引っ込め立ち上がる。

膝についたホコリや砂を両手で払いながら思う。

まさか、自分がここまで斎希に甘えているとは思わなかった。

いや、甘えではないかもしれない。

依存、なのかもしれない。

桜樹は目を細める。

そう、依存なのだ。


「茶奈……僕さ、斎希がいないと寂しいんだ」


茶奈がきょとんとする。


「何言ってんの? 桜樹だけじゃないよ。あたしだって斎希がいなくて寂しいんだもん」

「茶奈はいいじゃない。斎希がいてもいなくても、一人で何でもできるから」

「はあ? それ、あたしが斎希をいらないって言っているってこと?」


茶奈の怒ったような口調に桜樹は、ばつが悪そうな顔をする。


「いや、そこまで言ってないだろ?」

「ううん。桜樹の言っているのはそういう意味になる」


怒ったような口調で茶奈は人差し指を桜樹に突きつけながら、顔をずいっと寄せる。


「ちょ、茶奈、顔が近いっ」

「桜樹の悪いところはね、そうやって悲観しすぎるところだって斎希が言ってた」

「……」

「斎希、心配してたよ? 桜樹はネガティブになりすぎるからもっと明るくなって欲しいって」

「……」


桜樹は何も言えなかった。ただ黙って茶奈の言葉を聞くことしかできなかった。


───……自分の悪いところ。


斎希は他人のお節介をする傾向が確かに強いが、その対象が自分にも及んでいたとは。

夢にも思わなかった。


「……斎希はそんなことを茶奈に話してたんだ」

「お願いされたの。自分だけじゃどうにもならないからって」

「……そっか」


桜樹は笑った。

泣きそうな笑顔で。


───斎希はこんなにしっかりしてるのに、なんで僕はこんなに不甲斐ないんだろう。


太陽の光が2人に降り注いで、周囲の温度をあげていく。


「ねえ、茶奈」

「なに?」

「僕に何ができるか教えて。斎希に早く会いたいんだ」


決意を秘めた眼差しは空よりも高い望みを叶えるために。

自己嫌悪している暇は無いのだ。

じりじりと暑さが身体を蝕んでいく。


「茶奈、お願い」

「……仕方ないなあ。じゃあ、これから連夜も誘って資料館にでも行く?」

「行く!」


茶奈が呆れた口調で提案したので、桜樹は即答した。


「でもさ、斎希の家に行ってノートは漁らないの?」


あれ? と、首を傾げる桜樹に茶奈は適当に返事する。


「あー……あれね。あれは大丈夫。うん」

「なんで?」

「いやー。さっきさあ、久しぶりに部屋に入って棚を見たらさあ……」


茶奈が声を潜める。

がしがしと髪を手でくしゃくしゃにしながら、


「……まさか借りパクしてるとは思ってなかったわー」


桜樹は耳を疑う。


「……は?」

「だから、本棚に探してたノートがあったの。中身も確認済み」

「……借りパクって」

「まあ、斎希の家に突撃しなくてよくなったんだからいいじゃん?」

「……借りパクかよ」

「ほら、気にしない気にしない。小さいことを気にしたら世界が滅ぶって斎希が口癖のように言ってたでしょー?」


どうあっても借りパクの責任追求を避けようとする茶奈に、桜樹は呆れながらも追求を諦めた。


「僕もそれを読みたいから後でもって来て」

「うんうん。もとからそのつもりで桜樹を探しに来たの」

「ケータイにかければ良かったのに」

「あたしのスマホ、充電中なの。家電はお母さんが長電話してたし」

「そっか」


桜樹は頷いた。

さあ、ここからが本番だ。


───さっき見た斎希。李唄の謎の感覚。僕の見間違えや幻覚じゃなければ……。


猫のように目を細める。


───絶対に関連性があるはず……。


確率的には低いのだろう。

幻のごとく本当は有り得ないことなのだろう。

だけど。

一つくらい何か手がかりがあるのではないだろうか。


───……いや。絶対に見つけるんだ。


届かなかった手を、届かせるんだ。

ぎゅっと拳を強く強く握りしめて決意をする。


「桜樹くーん? なんかカッコつけてるとこ悪いけど早く行くよー?」

「……う……はい」


茶奈に茶化されて桜樹はまた真っ赤になる。

それでも心の中で呟く。

もうちょっと待っててね、斎希、と。

そっと空を仰ぐ。

空は雲が一つも無い淋しい青空だった。


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