望んだ結果4
午後三時といえば勿論、おやつの時間だ。
皆のお腹の虫が小さく鳴く頃だ。
ぽかぽかとした陽気は気持ち良い眠りへと斎希を誘うが、子供たちはまだまだ元気に遊ぶ時間帯。
と、いうわけで子供四人と斎希は、スモモの木から一番近いイツキの家にやってきた。
「ママさーん! おやつぅ!」
玄関で靴だけは揃えて、盛大に音を立てて廊下を走っていくイツキ。
廊下の角で曲がる寸前、一度こちらを向いて止まった。
「にかいにあがっててー」
それだけ言うと廊下の角から姿を消す。
「ママさーん! おやつぅ!」
かなり大きな声で叫んでいるからか、場所が廊下だからか、イツキの声の残響が聞こえる。
他の三人も靴を脱いで、家に上がる。
「「おっじゃまっしまーす」」
オウキとサナが声をハモらせる。
大きな声で挨拶してから、きちんと靴を揃えてから家に上がる三人に、思わず斎希は微笑んだ。
「ようせいさんもはやくはやく~」
オウキが斎希を誘う。
しかし斎希は家に上がらず、ぽんっと手を打つ。
「あ、私、用事を思い出したから先に帰るわ」
白々しい嘘をつく。
玄関にすら入らないままの状態で斎希はオウキに声をかける。
オウキだけではなくサナとレンヤも目を丸くする。
「ええ~、どこいくの~?」
「内緒です。さあさあ、お家の中に入りなさい?」
笑いながらあっちに行けと手を振りながら、斎希はドアを閉める。
ドアを閉めた後、何か子供たちの声が聞こえたが無視。
ドアノブから手を離し一人俯く。
涙が溢れそうだった。
私は今、この家の子じゃないんだ。
そう自分に言い聞かせる。
うっかり母親と家の中で遭遇して、泣くのを堪える自信は全くこれっぽっちも持ち合わせていない。
会っても何も起きないだろうけど、やっぱりケジメをつける必要はあると思った。
自分がするべきことは決まってるんだから、くよくよしない。分かってるはずだ。
現代に戻らなければいけないのだ。
抑えきれずに零れた雫をごしごしと拭う。
キッとドアを睨みつけるように顔を上げた瞬間。
ガチャッ
ゴンッ
「痛ぁい……」
急に開かれた扉によって攻撃を受けた。
「くうっ……」
別の意味で涙が溢れそうだった。
「ようせいさーん」
出てきたのはイツキだった。
「……なあに?」
打ちつけたおでこをさすりながら返事をする。
絶対、おでこ赤くなってる。
涙目になる斎希に気付かず、イツキは小さな手をそっと開いた。
「コレあげるー」
手のひらにはティッシュに包まれた何かが置いてあった。
「何が入ってるのかしら?」
斎希はしゃがんで目線をイツキに合わせる。
密かにクッキーとかチョコとかが入ってたらいいなあー、とか考えてみる。
イツキは朗らかに笑って包みを突きつける。
「えーとねー、たまごぼーろ!」
がくっ!
いや、子供の手のひらに収まるものは限られてますけども。
期待した自分がバカでした、まる。
それ以前に子供のお菓子に期待を持つな。
斎希は仏のように悟った笑顔でありがとうと言って受け取る。
「どういたしまして!」
イツキはそれだけ言ってバイバイと手を振りながら扉を閉めた。
斎希も手を振り返す。
斎希は手のひらのお菓子を見つめる。
実は斎希は未だに卵ボーロが好きだったりする。
あのクッキーのような味が口に入れるとだんだん溶けていくのが好きなのだ。
しかし大人になるにつれて卵ボーロなんて買う機会が無くなっていく。
卵ボーロはラムネ並の子供お菓子だからだ。
ティッシュの包みを開いてクリーム色の球体を一粒口の中に放り込む。
予想よりは甘さ控えめな味が口に広がり、ほろほろと溶けていく。
一人不気味に卵ボーロを堪能する。
三粒目を口に放り込んだとき、はっと意識を取り戻した。
「こんなことしてる場合じゃない……!」
慌ててポケットに卵ボーロをティッシュに包み直してから突っ込む。
「すっごい不審者じゃない……! 卵ボーロで感傷に浸った上に堪能するとか……!」
誰かに見られていないか辺りを確認する。
チュンチュンと電線の上のスズメがのどかにさえずるだけで、人が通った形跡は無い。
幸い誰も通らなかったようだ。
ホッと胸を撫で下ろす。……なんだこの怪しさ満載な自分。
斎希は自分にツッコミを入れて半眼になる。
「全く、調子が狂うわね……ともあれ、目的を果たしに行こうかしら」
心機一転。
今までの事は忘れて心新たに歩み出す。
とりあえず、玄関から離れよう。
立ち上がり、通りに出る。
左右を見渡すとやっぱり人がいない。
「まあ、こんな暑いのにジジババたちが外に出ようとしないのは必然ね。外に出るのは子供か、畑仕事がある人くらいかしら?」
取り敢えず玄関から出て右側に歩いていく。
「どこから調べようかしら? 公民館? 資料館? やっぱりスモモの木の空き地?」
気の向くまま歩く。
方向的にはどれも同じ方向だ。
少し資料館だけ歩いていくには時間がかかるのを除けば、公民館もあの空き地もすぐに着く。
「うーん……空き地に行ってもさっきと変わらないだろうなあ」
と、なると。
「資料館まではちょっと遠いから、公民館に行こうかしら」
詳しいことを調べるなら資料館の方が良いだろうが、何を調べれば良いのか漠然としている状態で資料館に行っても無駄だろうと考える。
少し、ぼーっと歩く。
色々と考えることがある。
まず絶対に欠かせないのは、ここからどうやって元いた場所に帰るかということ。
もうここまで来たら、いい加減現実とやらを認めなくてはならない。
どうやって帰るかというのは結果を急いでいる感じがするので、もっとシンプルにどうやってここに来たのかをまずは考えてみる。
斎希の得意技、原点に返る。
余りやり過ぎると泥沼にはまるのが難点だ。
「えっと……ここに来る前、私何してた?」
記憶を掘り返す。
「あー……ダルくて死にそうになってたら、桜樹と連夜にベットに連行されたんだ……」
今は体調不良なんてあったのだろうというほどに完全体だが。
なので元気溢れまくりだ。さっきまで子供達と遊んでたわけだし。まあ、遊ぶと言っても余り動かなかったけれど。
「うーん……私の体内時間だと今日でここにいるのは二日目……現代だと、どれくらい時間が経ってるんだろう?」
それだけが気がかりだ。
本当に桜樹たちに迷惑がかからないと良いのだが。
「ここにいるきっかけを私の体調不良を前提だとすると……うん、ワケワカンナイ」
この考えは消去。
次。
「えとー……うーん、体調不良ぐらいしか思い浮かばない……あ」
そういえば。
斎希は手をぽんっと打つ。
「凄く不安になる夢見たわよね」
はっきりと思い出せないけど、なんだか怖かった記憶がある。
しかし、起きた時にはひどく安心した記憶がある。
あの時は現実味よりも夢現状態だったので、霞がかってぼんやりとしていたが。
「あの時、私なんの夢を見てた……?」
思い出せ。
ここに来て、自分が最初に発した言葉を。
パチンと何かが弾ける音がした。
驚いてその音源を探すと、通りがかった家の庭で三才程の少女と、その母親らしき女性がシャボン玉で遊んでいた。
当然、シャボン玉が弾けるときに音などするはずがない。
なのに、聞こえないはずの音が聞こえた。
「幻聴……?」
思わず足を止めてしまうが、早く目的地に向かうために直ぐに歩き出す。
そこであっと、思い出す。
「スモモの木……!」
木々のざわめきと子供の声。それに甘酸っぱい香り。
それにより、恐怖の正体はスモモの木だと分かって安堵したのだ。
この町でスモモの木といったら、あの空き地しかない。
「私が現代で見てた夢と、目覚めた場所……怪しいわね……」
手掛かりまず一つ。
しかし、これだけではまだ足りない。
スモモの何を調べればよいのか。
「怪しいのは李唄と愛唄よねー……」
この地域であのぽつりと立っているスモモの木に関して残っているものと言えば、李唄と愛唄ぐらいだ。
もっとも、愛唄などは何故か李唄と比べて知名度が低いので一番怪しいのは愛唄だろうか。
斎希は足下を見つめる。
いち、に、いち、に、と規則正しく動く足。
アスファルトが太陽の光を照り返してくる。
「暖かいけどまだちょっぴり肌寒いわねぇ……あ」
また思い出した。
「そういえば昔、愛唄を本に物語創ったわね」
確かあの時も公民館で李唄と愛唄について調べた気がする。
斎希は顎に手を添える。
「なんか思い出せ~」
世の中そんなに都合良くない。
ふらふらと考えながら歩いていると、公民館に辿り着いた。
結果、何も思い出すことはできなかった。
手掛かりはスモモの木。
もしくは李唄と愛唄。
特に愛唄。
「まあ、取り敢えず愛唄を徹底的に調べましょうか」
当分の間の方針が決定したので、斎希の足取りが少し軽くなる。
「すももさま、どうかもういちど、やりなおさせて、くださいな」
愛唄の冒頭を口ずさむ。
陽気になってクルリと回転して再び公民館を目指す。
視界がブレた。
「わっ」
一瞬、足をもつれさせたのかと錯覚したが気のせいのようだ。
「んー、気のせいかしら?」
顔を上げて公民館の扉を開こうとする。
そこでとある事実に気がついた。
「このポスター……日付が……」
未来の、つまり斎希にとっての現代の日付になっている。
どういうことだろう?
現代に戻ったのだろうか?
そうであったらどんなにうれしいことか。しかしそんな筈がないと否定する。
さっきまで過去にいたのに今は現代? 馬鹿げている。都合が良すぎる。
では、今自分は何をした?
「愛唄を歌ったわね……」
やはり愛唄が原因なのだろうか?
考えれば考えるほどよく分からない。
「どういうこと……?」
「斎希!」
ふいに名前を呼ばれ振り返ると、思いがけない人がこちらに向かって走ってきていた。
「え……?」
どくん、どくんと、鼓動が高まる。
あの人を知っている。
あの姿を知っている。
でも、なんで、どうして、ここに。
目頭が熱くなる。
「……っ、桜樹!」
見間違えることなんてない。
明るい茶髪、間違いなく桜樹だ。
胸が締め付けられる。
泣きそうになる。
会いたい、会いたい、会いたかった。
寂しかった。
過去の世界の自分たちは過去の自分たちの世界を持っていた。
心では現代の、つまり未来の自分とは違うことがよく分かっていたのだ。
気丈に振る舞っていたけど、ふとした瞬間には瓦解したこともあった。
斎希も駆け寄ろうと走り出す。
距離が近づいて行く。
一歩、二歩、三歩……。
お互いの顔がはっきり見える。
戻って来れた。
戻ってきた。
手を伸ばす。
────三センチ、二センチ、一センチ……
指先がお互いの指を求めるように絡まろうとする、が。
キィィィィン。
鏡が割れるような、硝子細工が壊れるような澄んだ音が鳴り響く。
世界が歪んで、キラキラと光の粒子が辺りに広がる。
風が吹き荒れる。
光の奔流に呑まれながらも手を伸ばした。
……けれど。
「お…う……き…?」
光の奔流の先に。
手を伸ばした先に。
希った人はいなかった。




