夢じゃない時の対処法7
斎希が消えた。
ものの見事にベッドが空だった。
「え、ちょ、どこ行ったの斎希!」
「とりあえず家の中を探そう! 外には出てないと思うし!」
「俺、一階を見てくる」
家の中が一気に慌ただしくなった。
サンドイッチを作って食べた後、斎希の部屋に戻ったら斎希の姿が無かったのだ。
外に行ったとは考えにくい。
なぜなら、この家は台所の正面を通らないと玄関にはたどり着けない造りになっているのだから。
「ど、どうしょう。本当に透明になって消えちゃったの!?」
茶奈が真っ青な顔で桜樹の服にしがみつく。
突然の親友の失踪。
三人は驚愕した。
「靴はある。下にはいなかった」
一階から戻ってきた連夜から絶望的な事実を伝えられる。
「あたしたちの部屋は?」
「……戻って来るときに確認したけどいなかった」
茶奈のちょっとした望みも一瞬で消えた。
「や、やっぱりあの時病院に連れて行けば良かったんだ……!」
青い顔で震える茶奈。
桜樹も連夜も硬い表情で沈黙する。
ちょっと目を離した隙に斎希が消えた。
身体が透明になっていたから、移動している可能性は低かった。それは分かっていることだった。
それでも……一縷の望みに縋りたかった。
「ねえ、どうするの。斎希のこと、警察に言う?」
「いや、それはやめた方がいいかも」
「俺も同感だ」
「どうして!」
「警察に言っても信じてもらえる可能性が低いから。下手すると、僕らが疑われて殺人未遂とか言って捕まる」
桜樹が溜め息混じりに言う。
警察に捕まるより、今はするべきことがある。
警察になんか、頼っている暇がない。
「じゃあ、どうすんの」
茶奈が目尻に涙を浮かべる。
不安なのは彼女だけじゃない。
桜樹も連夜も唇を噛み締めている。
「……決まってるよ。さっきの続きをやるんだ」
それでも、桜樹は声を絞り出す。
「……何か、分かるかもしれない」
連夜も淡々とした口調で同意する。
「それが最善の策だと思うの?」
茶奈は厳しい顔で問いただす。
「分からない。でも、そう信じなくちゃ、やってられないよ?」
桜樹が肩をすくめる。
茶奈は呆れた。
「……そんな軽く考えてる桜樹が羨ましいな。駄目だな、あたし。そう言う考えが出来ないの」
乾いた笑みが茶奈からこぼれる。
「いいんだよ、茶奈はそれで。僕らは本当だったらやっては駄目なことを、自己満足でやっているだけなんだから」
ゆっくりと服を掴んでいる茶奈の指を丁寧に剥がしていく。
「……なあ」
連夜が二人に呼びかけた。
「斎希の本、此処には無いと思うんだけど」
頬をかきながら、思いついたように呟いた。
「……はい?」
「……え?」
桜樹と茶奈がポカンとする。
「…あいつ、こっちに引っ越しするとき大事な物は実家に残してきたって言ってた気がする」
「「それを早く言えええええええええ!」」
桜樹と茶奈が絶叫する。
「いや、でも。確信が無かったし」
「無くてもそう言うことはちゃんと言う! そっちの可能性があるなら、そっちにも人数割いたのに!」
確かに、斎希のノートは全部此処に置いてあるわけではない。
いくつか実家に残してきた可能性も十分ありえる。
もし、実家の方に目的のノートがあった場合、此処を探すのは時間の無駄である。
「連夜、桜樹! 直ぐに里帰りの準備するよ! 後、読んで無いノートも持てるだけ持って! 電車の中で読むから!」
茶奈がテキパキと指示を出す。
「急にやる気出しちゃって」
桜樹が茶奈の態度に苦笑いする。
「……さっきの態度の方より、こっちの方が茶奈っぽい」
「まあね」
苦笑した桜樹は本棚をひっくり返そうとした茶奈を見て、目を丸くした。
「ちょ、茶奈、なにやってんの!」
「え? いや……一冊一冊出すの面倒くさいからさ」
「待て待て待って」
桜樹は額に手をやった。
連夜でさえしかめっ面をしている。
「……」
「……連夜、これのどこが茶奈っぽいって?」
「……前言撤回する」
茶奈のテンション的にはいつも通りに見えても、やっぱりネジがどこか外れているようだ。
いつも以上に行動がバカになってる。
「……まあ、いつものことじゃね?」
「いやいやいや。天然の域を越えてるよ、茶奈の行動」
いつものこと、とさらりとスルーする連夜を桜樹は諭す。
「連夜、アレは絶対普通の茶奈じゃないからな」
茶奈を指差す桜樹。
「アレは『ちょっとアレな茶奈』だからな?」
「そうなのか?」
「そうなの」
連夜はちょっと首を傾げ、桜樹は厳かに頷く。
「あー……お取り込み中失礼ですけど、人を勝手に狂人みたいに言わないでくれる?」
「え? 違うの?」
「違うに決まってるでしょ! なにその無駄に爽やかな笑顔!」
「……へえー、そーなんだー」
「連夜もなにその見事なまでのその棒読み!」
茶奈が完全否定する。
本棚をひっくり返そうとするのを諦めて腰に手を当てて、片足に重心を置いた。
「あー……でもまあ、次の方針はあたしが言ったことでいいでしょ?」
「賛成?」
「いいんじゃね?」
「そこ! 確認し合わない!」
こそこそっと小声で聞きあう二人に向かって指摘する。
「まあ、いいんじゃない? 今のとこ。それで消えた斎希はどうする?」
桜樹が重要な部分を躊躇わず口にする。
「その原因追求の為に実家にもどるんでしょ?」
茶奈がさも当然のことかのようにけろりとした口調で言う。
「……斎希のことはその後でどうにかしよう」
連夜もそれに同意する。
あまりにも自分達に起きた出来事──正確には斎希──が現実離れしていて、全員常識が斜め七十四度くらいずれている。
このままだと、いずれは本当に常識外れになってしまうだろう。
でも、その根底に在るのは三人の斎希に対する優しさである。
桜樹はそわそわした。
身体が早く斎希を探しに行きたいとでも言うかのように。
チラリと斎希の眠っていたベッドを見る。カラッポのベッド。
「───必ず」
見つけるから。
それが子どもの頃からの自分の役目だから。
今度もきっと見つかる。
遠い遠い昔からの決まり事のように見つけるから。
「待っていて、斎希」
心の中で誰にでもなく誓う。
勝手な誓い。
相手のいない誓いはただの傲慢。
そっと唇から零れる言葉は斎希の為に。
「はーやーくーじゅーんーびー」
携帯電話を取り出した茶奈が唇を尖らせる。
「俺、さき部屋戻る」
「あたしもー。桜樹も早くー」
茶奈に急かされ、桜樹は右手を上げる。
「分かってるって」
「あー、それならいいけど。じゃあ、一時間後、玄関前に集合ね。電車、二時間後に最終便がでるっぽいし」
茶奈が携帯電話をいじりながら提案する。
桜樹と連夜は目を点にした。
おいおい。ちょっと待て。
「茶奈、それならもう明日にしようか?」
「はあ? なんで?」
「……今最終便乗っても、ローカル線の乗り換えが走ってるとは限らない」
「…………」
茶奈の動きがぴたりと止まる。
そしてぷるぷると震えて……
「し、知ってたよ! 知ってたんだから! ただあたしは、明日直ぐ家を出られるように荷物を集めて置こうと、ね?」
あたふたと言い訳を並べ立てる茶奈に、桜樹は圧力をかける。
「うん。本当は?」
爽やかながらも腹黒さを含んでそうな桜樹の笑みが静かに、茶奈に対して「本当は地で間違えたんでしょ?」と問いかけてくる。
「ううぅ……桜樹の意地悪ー!」
桜樹の腹黒い笑みで見つめられた茶奈は呆気なく負けて、顔を真っ赤にして斎希の部屋からダッシュで出て行った。
「……うわー、ひでえー」
連夜が半眼で桜樹を見る。
「連夜には言われたくないかも。斎希と似たようなことやってるじゃん」
ニヤリと笑う桜樹。
連夜はばつの悪そうな顔をしてくるりと体を方向転換させる。
「……俺も準備」
そして部屋へと逃げていった。
結局、後に残されたのは桜樹一人。
桜樹は斎希ベッドを振り返った。
そしてベッドそっと近づき、膝をおる。
枕に顔を寄せて、斎希の温もりを探すように顔を埋める。
「もうちょっとだけ、待っていて」
それだけ呟くと、何事もなかったように立ち上がって、二人の後を追うようにしっかりと前を見て部屋を出て行った。




