夢じゃない時の対処法4
桜樹はふと、ノートから顔を上げた。
「んー、お腹すいたな」
ぐぐぐーと腕を上げて筋を伸ばす。
「そうだな」
「連夜ー、なんか作ってー」
「……なんで俺が」
ムスッとした顔を上げ連夜が、文句を言いながらも立ち上がる。
「サンドイッチでいいか?」
「そうだね。お行儀悪いけどっ!」
茶奈が親指を立ててグッド! とやっている。
まるで今までやるなと言われてたことが出来て嬉しそうな子供のようだ。
「なんでそんな喜ぶんだ……?」
「ご飯を食べながら本を読む! お行儀悪くて、お母さんとかに怒られたこと無い?」
「んー、やる必要無いからやったこと無いな」
「俺もだ」
えー、と茶奈が心外そうな顔をする。
「皆一度は通る道だと思っていたのに」
「……そう思っているのはお前だけだ」
「でも、斎希とかやってたじゃん。漫画とか読みながら朝ご飯」
茶奈がノートの今まで読んだページに人差し指を差し込んだ状態で、一旦閉じて、持ったまま立ち上がる。
「あー、床に座ったまま読んでたから首が痛い。斎希ってば、よくこんな状態で本を読んでたな」
「ていうか、斎希の書いてる話……読み切れてないんだけど」
「俺もだ」
「あたし、いくつか読み切ったよ?」
本棚に入っているノートは午後三時を過ぎた今でも、全然読み切れていない。
このペースでいくと、目的のノートを探すのにどれくらいかかるのか。
「……とりあえず、一旦休憩にしようか。目が疲れる」
「……そうだな」
「うんうん、サンドイッチだよね」
ジト目で桜樹と連夜が、茶奈を見る。
茶奈はその視線に気付いて、慌てて視線を逸らす。
それからあれ? と首をかしげた。おかしいな、この役目、というか食い意地の張ってるのは斎希のはずなのに。
なんだか、役目が変わってる。
斎希がいないのってこんな調子狂うんだと、改めて気づかされた。
最近はサークル仲間の家に泊まりっぱなしだったせいもあるかもしれない。それでも、違和感がぬぐえない。
連夜がドアを開けて廊下に出る。
「あ、ちょっと待って」
桜樹は自分が読んでいたノートをパタリと閉じて立ち上がり、斎希の眠るベッドに近づく。
「何してんの?」
桜樹が立ち上がったのにドアの方ではなく、斎希の方に近づいたのを見て、茶奈が尋ねる。
「いや、状態が悪化してないか確認するだけ」
桜樹は斎希に視線を落とす。
先ほどと同様に色が薄い。頭の後ろに枕が見える。
しかし、悪化しているようには見えないので、少し安心した。
「桜樹、斎希ならたぶん大丈夫」
「うん、そうみたいだね」
「あー……そう意味じゃなくて」
「はい?」
何が言いたいんだ? と、いう顔で桜樹がキョトンとする。
「いや、だから。あたしたちが何もしなくても、斎希ひとりで何とかしちゃう時がよくあるじゃない。今回も、そんな気がするから……」
あぁそうだな、とは言わなかった。……言えなかった。
茶奈の言ってることはあながち外れてはいない。けれど。
「……今回は起こっていることがアレだから、客観的になりすぎるのが、不安なんだ」
客観的に見ることが悪いわけではない。むしろ良いと思っている。
しかし。
「心配もあるんだ。僕、こんなに斎希のそばにいて、会話をしないなんてことが、なかったからさ……」
一緒に過ごした中で、斎希がお喋りじゃなかったことは一度も無い。
桜樹に会えば必ず何か話しかけてくる。
話し始めは斎希だが、話しているウチに、桜樹が話の主導権を持ってしまったこともしばしばあるが。
「お喋りしたいなぁー……」
桜樹はポツリと呟く。
その瞳がとても寂しそうで。
見ているこっちまで何かが足りなくなって、寂しくなる。
キィ……
ドアの軋む音。
連夜がどうすることも出来ないで、手持ち無沙汰なのだろう。
「……桜樹」
「なんだい、連夜」
「サンドイッチ作るから、手伝え。斎希の分も作る。アイツのことだから、起きたらお腹空いたとうるさいだろうからな」
茶奈が連夜の顔を目を丸くして見る。
照れているのか、連夜の目はせわしなく動いている。と、茶奈のと目があった。
「……先に下に降りてるぞ」
くるりと身を翻して、連夜が階段を降りようと廊下を進む。
茶奈はその背中を見て、ちょっと微笑んだ。
あのひねくれ者の連夜が、素直になっている。
何時からだろうか。
皆がちょっとずつ変わったのは。
ほんの少しの変化だから、ふとした瞬間に気が付く。
茶奈はちょっと面白くなった。
不謹慎だけれども、こんな状態に斎希がなったおかげで、二人の不思議な一面が見られた。
「桜樹、行こうよ! 斎希の好きな卵サンドを作ろう?」
「え? ああ、うん」
茶奈も斎希に近づくが、斎希の様子を見る為じゃない。
立ち止まりやすい桜樹を引っ張るためだ。
本来は斎希の役目だけれど。
「アルバイトってコトで」
「はい?」
「ううん、何でもないよ?」
桜樹の右手を掴んで、無理矢理立たせる。
───斎希ってすごいな、って思っただけなんだよ?
茶奈の心境は桜樹には伝わらない。




