2章 天邪鬼の日常
死を感じたことはあるかい? それは自分に対することかあるいは相手に対することか。それは僕にも分からない。君しか分からないから。
相手に対することだとそれは立派な殺人者へと1歩を踏み出したことになる。そしてあらゆる手段から逃れようと様々な考えを模索、推理する。
それは天邪鬼の考えの一部なのだ。
徒歩で家に帰った俺は鞄を玄関に放り投げるとリビングのソファーに寝っ転ぶ。
やや薄暗くなった空には後5分ほどで太陽が沈み、夜の帳が下りてきそうだ。そのせいで俺の家の中も若干薄暗い。
俺の家には俺しかいない。親は海外の方へ仕事の都合だとか旅行だとかでいないし、ジジィやババァもいなければ兄弟もいない。そう、完全に孤独なのだ。
だが、その孤独が俺にとってはありがたすぎるほどちょうどいい。何をやっても叱られないし、自分の自由が利くまま行動することができる。そんな自由を俺は自分から失うほど甘くない。
机の上に転がっているのは俺が闇サイトで手に入れた本物の銃。その引き金を引けば並大抵の人間は殺せると思い、即座に購入した。しかも2丁。
銃の種類は基本的な銃となっているデザートイーグル。色はシルバーに、1つの銃だけはサイレンサーが付いている。初めの頃は音を殺して引いただけなのに肩を痛めて壁に投げつけて金の無駄遣いをしたなと後悔した。その後、いろんなネットのサイトをサーフィンしたり、銃に詳しい闇サイトの人と交流したりして銃の扱いにはだんだんと慣れてきた。
そしてある日、俺は死にたくなるような退屈さで、俺の家の前を通った人を銃で殺した。
その時には後悔とかそういう感情は一切なく、ただ単に俺でも人を簡単に殺せるんだと感じた。
人を殺したということはすぐにサツにばれてしまう。俺は闇サイトの人から教えてもらった痕跡の消し方を実行し、俺は逮捕されず、その人が死んだ事件は迷宮入りとなったらしい。サツも最近は緻密に調査しなくなったからかもしれないが。
その日の翌日、学校という収容所へ向かう前の朝食時、テレビのニュースを見ていたらたまたま俺が殺した人のニュースがやっていた。どうやら殺したのはそこそこの金を持っていた人だったらしい。
俺はそんなことを心の片隅にでも留めておいて少し焦げたパンをかじって収容所へ向かった。
……懐かしいな。この銃を手に入れてから約2年。メンテなどはたまにしているのでそこまできれいじゃないが、それでもかなり耐久性がある。実際、1つの銃の方は俺仕様に闇サイトの人から改造方法を教えてもらって改造したので耐久性は上がっている。
銃弾は闇サイトの人がどこからか俺の住所を入手したらしく、毎週のように銃弾を送ってくれる。そのおかげで俺は銃弾を切らさず、人を殺し続けれる。
昨日は誰も殺してないが、一昨日はデパートのトイレの中で1人殺した。勿論サツにばれないように証拠の隠滅などは完璧に。
今日は誰か殺せるかなとサイレンサーが付いている銃の方を手に持ち、それを眺める。その感触はずっしりとした重たさに冷たい金属の鼓動。そして不気味にうっすらと浮かび上がる狂気に満ちた笑顔。
殺人の快感を知ったら二度と普通の人間には戻れなくなると聞いたことがあるが、まさに今がその状態だ。そういう意味では今日見たあの謎の夢の中に行ってみたく思える。
とにかくまずは腹ごしらえだ。
ソファーから立ち上がり、冷蔵庫の中身を適当に漁って適当に食べる。料理なんてできるわけないのでおかずは冷凍食品、飯は昨日炊いた余りを食べている。
食べ終わった皿を適当に洗って適当に片付ける。その後は何もすることが無い。また退屈な時間が戻ってくるだけだ。
ピンポーン。
最後の皿を片付けた時、家の中にインターホンの音が鳴り響く。こんな時間に誰だよとイラつきながら玄関の扉を開ける。するとそこには見たくもない人間が立っていやがった。
「こんばんは、天笠。少し時間貰うぞ」
そういってきたのは数時間前に口論をした三津坂だった。俺は三津坂に聞こえないくらい小さく舌打ちをすると声を低くして来た理由を問い詰める。
「何しに来やがった」
「天笠の学校生活での行動についてだ。本当なら君の両親とも話がしたいんだが、いないみたいだから天笠に厳重注意をするだけにする」
「帰れ。そしてとっとと失せろ」
「目上の人に対してそういう言葉を使うんじゃない。私以外にも後ろに一人いるのだからな」
「は!?」
三津坂の後ろには、何回かテレビで見て殺したくなった人物――泉陵市長の渡栗誓郎が秘書を連れて俺の家の門でもたれていた。
「やぁやぁ、君が泉陵高校の天邪鬼、天笠禍弦君だね?」
青年よりは少し老いた声には迫力があり、少し威嚇されているようだった。
その圧倒感にひるむほど俺は柔くない。
「そうだとしたら?」
「何、簡単な事さ。君に一発喝を入れようと思ってね」
わざわざそのためだけにこの家まで来るということはクソ教師もクソ市長も随分と暇なんですね。何故校長や秘書はこういう社会の問題児の行動を止めようとしないのか未だに謎だ。
「しかし、この場では少し近所迷惑になるかもしれないな。天笠君、少し夜風に当たりながら散歩でもしようじゃないか」
「断る。クソみたいな人間と散歩なんてまるで強制的に命を削られる毒の沼を進んでいるようなもんだ。市長様も散歩するほど暇なんなら自分の業務でも済ませたらどうなんだよ?」
「はっはっは! 噂に聞いた通りの捻くれもんだ。だからこそ喝を入れたくなるんだよ」
高らかに笑う市長の笑い声は何処か不気味な感覚を肌で感じる。絶対何か企んでいやがるな。
そもそも殺したい相手がこんなに簡単に自分の前にいるんだ。もはやこれは殺す絶好の機会じゃないのか? これを逃したらいつこの機会が来るか分からないんだぞ。
だとするなら、ここはこの散歩の話に乗って隙を見て殺す戦法が尤もだろう。なら――
「もう一度訊こう、天笠君。私達と夜風に当たりながら散歩でもしないか? この市の改善点とかがあれば言ってほしいんだけどな」
来た。相手は一度断られたら最後にもう一回聞くということをしてくる。相手が本当に来るか来ないかという確認の意を込めて。
予想通り確認の質問が来たので、適当にさっきの発言を誤魔化して散歩に参加する言葉を発する。
「ちっ、分かったよ。一緒に毒の沼を渡るのは趣味じゃないが、この際だ。この市の事についてボロクソ言ってやる」
「私に対してじゃなくてこの市に対してか。実に面白い。聞いてあげよう」
よし、乗っかった。普通に説教されるだけじゃつまらねぇからな。こっちからも何かしらの事を言って少しでも殺されるという注意感を逸らさないといけない。だからこの話に乗っかってくれることは俺の殺害計画の一歩になる。
「その前に少し準備をさせろ。テメェらが来るとは予想外だったし、少し肌寒いからな」
「構わんよ」
俺は一旦家の中に戻ると銃の中に弾が入っているかどうか確認して服の中に忍ばせる。そして自分の部屋へ行き、証拠隠滅道具を上から着るパーカーの中に忍ばせる。後は持ち前の頭脳を生かしてどこで殺害をするか考える。
突然来たということは散歩の内容も決まってないだろう。三津坂もまさか自分まで市長と一緒に散歩するとは思わないはずだからな。俺が玄関へ行くと市長は「さて、散歩をすることにしたのはいいが、どこに行こうかな」とか言い出すだろう。この時に俺は殺害に絶好の場所を言ってそこに市長を三津坂を呼び寄せる。
その場所は俺が住んでいる住宅地から少し離れた場所で人通りが全くと言っていいほど少ない。おまけに車も通れなければ電気も無く真っ暗な場所だ。殺害するには申し分ない。
ある程度話を聞いて怒号を聞かされることになるだろうが、それは殺害することと比べたらまだ安い方だ。そしてあらかた俺に対する注意が薄れたところで市長と三津坂を一発で仕留める。悲鳴を上げてもその殺害場所から住宅地まで声が届くことはない。後は足跡や硝煙反応などの証拠を道具を使って隠滅すれば計画完了。
予想外の事態に関してはその時に対処すれば問題ない。アドリブなんてそんなものさ。
さて、殺害計画の開始と行こうか。
俺が玄関に戻ると市長は待っている間に一服済ませたかったのか、煙草の臭いが広がっていた。市長の手にはもう煙草はない。燃え殻はどこにあるのか探してみると、市長の足元にあった。踏んづけて火を消してそのままの状態にしたのだろう。
市長とはいえ常識を考えるべきだろ。ま、俺が言えたキリじゃねぇけどさ。
「お、来たね。さて、言い出したとはいえ、どこを歩こうか決めないとね。どこかいい場所はないかね?」
予想通り。やっぱり突発的に考えたことはその場で処理するしかない。
ここは俺の狙い通りに事を進める。
「少し遠いが、この住宅地から少し離れた場所にある高速道路沿いの玄祓川の堤防とかどうだ? 今の時間帯なら誰もいないだろうしな」
「ほう、夜風に当たれるとは贅沢な散歩になりそうだな。分かった、そこにしよう。いいよね、三津坂君?」
「私は構いませんよ」
「それじゃあ、行こうか。君の話を聞きながら」
秘書はどうやら俺の家に残るみたいだ。ま、何かされてたら問答無用に殺すだけだから問題ない。
市長と三津坂が歩き出す。俺は上に着ているパーカーから手の感覚だけで証拠隠滅道具の場所を確認しながら二人の後をついて行く。
空には鎌の刃のように鋭そうな三日月が輝いていた。
玄祓川はこの泉陵市を流れる大きな川で、河原には畑があったり公園があったりと自由度が高い河原となっている。高校の連中らはこの道を通学路としている奴らが多く夕方あたりには高校生しかいない。
何でこの俺がそんな所を散歩ルートにしたかというと、上でも説明した通り住宅地から離れているので銃声音はおろか叫び声の一つも聞こえない。高速道路がある分、車やトラックの走行音でかき消すことも可能だ。ま、サイレンサーは付けて打つため、銃声音はそこまで気にはならない。
もう一つは証拠隠滅がしやすいことだ。基本的に道具があれば隠滅は可能だが、土や水があると尚いい。死体の処理に困ったら川にでも流せば問題ないからな。
市長のくだらない政策談や三津坂が思っている俺への愚痴といったことを、片方の耳で聞いてそれを即座にもう片方の耳で聞き流す。
にしても何で大人ってこんなにも話のネタが浮き出てくるんですかね。ある程度の結論まで行ったかすぐに話を切り替えて別の話に移行する。その話が連鎖のように広がるとネタは尽きなく無くなり、別れるときについつい話し込んでしまう。情報網というのはここまで驚異的な事なんだと身に染みる。
「そういえば、あの事件は解決したんですか?」
「あの事件って……ああ、デパートの事?」
「そうです。一昨日の事件だったので警察はもう事件の要望を掴んでいるのかと」
何を話しているのかときたら、内容は俺が一昨日デパートで人を殺したことじゃないですか。これは少し耳に入れておく必要がある。
「いや、警察も事件の足跡が追えないって言っているようだよ」
「ど、どういうことですか?」
「被害者は脳天を銃弾の一発で貫かれて即死。弾の大きさや形から察するに少し大型の拳銃。候補はたくさんあるらしいけど、警察はデザートイーグルという拳銃がそうじゃないかと言っている」
へぇ、なかなかやるじゃん。弾だけで銃の種類を特定するなんてな。
「でも、銃が使われたのなら硝煙反応が出るはずなんじゃ……」
「不思議な事にそれが出なかったんだよ。機械で探知しても値は0を指しているし、靴跡などの現場に残る証拠も一切ない」
「それは……不思議ですね」
「あと、被害者の関係を確認してみたところ、被害者は殺害さるような関係は一切ない。これは秘匿情報だからあまり話したくないけど……」
「市長、大丈夫ですよ。私も元刑事ですし、ここにいるクソ坊主もその話を聞くことになりますが、誰かに言いふらさないよう、徹底的に監視しますから」
そういや、三津坂の自己紹介の時に刑事とかなんとか聞いたことがったけど、それマジな話だったのかよ。
で、俺を監視するだって? バカな話だよ。教師なんだから授業は行わなければならないし、24時間監視されるわけもない。そもそも俺にその話を言いふらす相手がいると思いで? いなくはないけどさ。
市長はスーツの胸ポケットから手帳を取り出してページに書いてあることを読む。
「被害者は一人暮らしで交際中の相手はいない。母親と父親の3人家族で、両親は東京の方で仕事をしている。友人関係は、1ヶ月ほど連絡を取っておらず、電話、メールの履歴も更新されていない」
「ということは無差別に銃を撃ったという事か?」
「そのようだと警察は考えているらしいよ。2年前の社長殺人だって今でも無差別と考えているらしいからね」
あの事件、本当に迷宮入りしたんだな。この話で確信がついた。
「社長殺人といえば、天笠。社長が殺されてたのってお前の家の前だったよな」
「ああ、そうだよ。ったく、変なこと思い出させやがって」
「あの社長、首に銃弾が当たって死亡したらしいんだが、その時銃声音は聞こえなかったか?」
「知らねぇよ。その時ぐっすりと夢の中だわ」
「そうか、銃声音でも聞いてれば迷宮入りから脱出できると思ったんだがな」
銃声音は撃った俺でさえも聞こえなかったぜ? サイレンサーの消音効果にかなり驚いたな。
ま、でも元刑事がここに犯人がいるなんて思いもしないだろう。ボロが出ないように俺は気を付けないといけないわけだが。
そんな話をしていると堤防で絶好の殺害場所に着いた。さてと……
「ちょっと下に行かねぇか?」
「気味からそんな提案が来るとはね。川の流れの音も聞きながら散歩するのも悪くない」
堤防の坂道を下って川岸に移動する。その後ろを市長と三津坂がついてくる。
川岸には柵が設けられており、誤って飛び込まないような形状となっている。それでも、野球ボールやテニスボールは楽々通り抜けれるほどの隙間はあるのだが。
「いやー、じてゃこの柵ね、結構予算がかかったんだよ。お隣の市とも相談して2ヶ月の交渉の末、やっと作ることができた物なんだ」
厄介な事をしてくれる。これじゃ、殺した後に死体を川に捨てることができねぇじゃねぇか。持ち上げようとしても殺した時に出てくる血が服に着く。死体はこの場に放置か。
「なるほど、河原の護岸工事をするとは聞いてたが、この策を作るためなのか。市長、意外ですね」
「それは僕がかい? 心外だなぁ、そういう風に見られてたなんて」
「『強制高校』は生徒泣かしでもあり平行に教師泣かしでもあるってのは知ってますよね?」
「おや、そうだったのか。これは教師たちには申し訳ないことをしたねぇ」
生徒の事はお構いなしですか、このクソ市長。
「それで、ここに呼び寄せたってことはなにかあるのかい? 天笠君」
ニヤリと笑って2丁の銃を静かに手に持つ。
「ああ」
180度回転して市長と三津坂の方を向く。顔は下を向いて。
「とは言っても一言だけだけどな」
2文字の。
「その一言が市に対する助言だとありがたい」
つくづくありがたい奴だよ。こうやって殺せるんだからな。
「そうだなぁ、簡潔に言うのなら――」
両手に持っている銃を露わにし、銃口を脳へと向ける。
「死ね」
ズギュンというサイレンサー付きの小さな銃声音とともに弾丸が発射され――脳天を貫く。
「「え?」」
市長を三津坂はその言葉だけ言うと地面に倒れて頭から血を流して動かなくなった。
銃弾の貫通から察するに即死だな。
計画完了。
後はいつもの処理をするだけだ……。
とある城内――
「姫様、先ほどの凱歌、とても勇ましかったでございますぞ」
「ありがとう。でも、戦力がかなり減少したわ。さらに兵を増やすしかないのかしら……」
「その点は大丈夫でございます。私奴にお任せください」
「そう、なら頼んだわ」
「御意にございます。それと姫様、一つ提案があるのですがよろしいですかな?」
「何かあるの?」
「はい、別世界の人間を我が世界に連れてくるというものです。別世界の人間ならこの世界にない武器を持っていたり戦闘力を持っていたりするでしょう。そのような人間を我が軍の戦力とすればこの戦争に打ち勝てるのではないかと思い、提案させていただきました。いかがいたしますか?」
「有能な戦力が無い今、その方法に頼るしかないのか……。ううん、考えてる暇はないわ。その方法に頼るしかない」
「召喚の儀式の準備はすでに完了しております。いつでもいけますぞ」
「分かったわ。儀式で連れてくる人間は決まっているのかしら?」
「左様。儀式の準備中にいい人材を見つけたので固定しておきました」
「なら、早速取り掛かるわよ」
「御意」
場内を歩く二人の影。その影は暗闇へと姿を消した。
どうも、お久しぶりです、無名の作者、真幻 緋蓮です。
何か月ぶりの投稿か分かりませんが、遅くなって申し訳ございません。
さて、今回の話なんですが、もはや主人公が主人公の王道展開を一切していませんね。でも、この話はそういう話なので不思議でも何でもございません。
様々なシーンですが、私自身が妄想で考えていることなので、ありえないこともあるかと思いますが、これはフィクションです。あまり気にしないでください。
それではまた。いつ投稿できるか分かりませんが遅れないように善処いたします。