1章 天邪鬼の少年
天邪鬼はその捻くれさにより常に孤独。しかし、それは彼ら自身が望んで孤独になったもの。従って彼ら故の独特な考え方が生まれて世界に広まった。
君たちの考え方の中には天邪鬼が考えた考え方が含まれているのかもしれない。そう確信した君たちに言えることはただ一つ。
鬼は君自身なんだ。
この世界は退屈だ。
この世界は不条理だ。
そんな考えを俺――天笠禍弦は学校の屋上で一人、空に浮かぶ雲を見ながら思った。
この世の中は憲法だの法律だの人々の自由を奪ってそれを監視しているし、一向に国を動かそうとしていないお偉いさんは雨風凌げる立派な場所で政治というおしゃべりをしているだけだ。何をそんなに毎日話す必要がある。国を変えるという意識が無いならさっさと辞表して失せやがれ。
軍だって訓練だとほざきながら、ただの体の体操をしているようなもので、実際に災害が起こっても誰一人として即座に対応ができない。「自分は人の命を助けたいから軍に入りました」だ? 馬鹿らしい。そんなものはただの虚像だ。自分が立派に活躍している姿を夢に見ているただの妄想だ。
学校だって必要とする意味が分からない。確かに学習することは生きる意味にとって必要だが、最低限でよくないか? 何が応用問題やって頭を鍛えるとかこの主人公の気持ちになってこの文章の意味を答えてくださいとか関係ないことばかり教えてるんじゃねぇよ。
そもそも学校ってまだ育成しきれてない社会人、つまりは学生を監視するために作られた施設だろ。そんなところに収容されるのなら外へ飛び出して好きな事をやるだけだ。
……って言ったって無駄か。俺だってその収容所とやらにいるんだもんな。
今俺がいる所は私立泉陵高等学校。いわゆる普通の私立高校だ。
泉陵市、つまり俺が住んでいる市は他の市とは違ったクソッタレな市作を施行していやがる。それは満18歳以下の学生の『強制高校』という市作だ。
社会に出るには中卒だけでは不十分すぎるという頭のネジが吹き飛んだ市長が発案した。これが施行されたことにより、泉陵市に住む満18歳以下の学生は中学を卒業しても高校へ強制的に入学させられる。家族の都合や精神の異常など、特殊中の特殊な事例だけはその市作を避けれるらしいが今のところ、そういう人物は一人としていないらしい。平和すぎるだろ。
おかげで俺もその市作という強制的な道を歩かされたわけで、行きたくも無い高校へ入学させられた。
しかも強制的に高校へ入学させるんだから学費などは市が払うはずなのに、市は払うどころか自分たちで負担しろという。勿論、暴動は起こった。主に主婦たちが『強制高校制度反対』という旗とかを作ってデモを引き起こした。傍から見ていたが、あまりの必死の演説とかで笑い死になりそうになった。
このデモにビビった市長は警察を派遣、デモの主要人物とその取り巻きを逮捕してデモは収まった。未だに怒りを覚えている人はいるだろうが、そんな怒りを覚えるぐらいなら働いて金を稼いだ方が数倍いい。
おまけに泉陵市にはこの高校一校しかないわけで、当然ここに進学する人がほとんど。
建物はそこら辺の高校よりはるかに大きく、敷地面積もこれほどかと思わせるほど広い。「我が市は学力に力を注いでいる。他の劣った高校よりは遥かにレベルの差が違うんだよ」というウザそうな顔をしながら市長が言ってる姿を想像してしまった。末期症状の一歩だろうか。
配属された教師も市長に洗脳されているのがほとんどで、授業について行けない生徒たちには拷問と恐れられるほどの説教と課題が待っている。「ついて行けない生徒は落とす。立派な社会人になれない社会のゴミだということを自覚しろ」というのがこの学校の方針だ。……クソだろ。校長まで市長に洗脳させているとこの方針を見た時に思った。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みが終わると伝える聞き飽きたチャイムが鳴り響く。今頃、校舎の中では5時限目の授業のために教室を移動してたり、駄弁っていた話を止めて授業の準備をする生徒だらけだろう。
だらけじゃない。しかいないんだ。一人を除いて。
真面目すぎて思春期の少年少女なら誰でも持っているだろう授業に対する欲望というものが無い。この授業メンドイから最初の5分間くらいはサボろうとか、授業を受ける気が無いから眠るといった欲が無い。
寝る人はいないし、授業に遅刻する人もいない。真剣な顔つきで黒板の文字を板書する姿はまるで教師が生徒に洗脳の言葉を唱えているみたいだ。
そこまで真面目に勉強して何になる。真面目に勉強して、テストでいい点取って喜ぶ。俺は真面目に勉強して、テストでいい点取って、親に叱られるというのが最高のテンプレだと思っている。
99点取って親に見せたらビンタされて「何故100が取れなかった。こんな問題如きで躓くなんて情けない」と叱られて親に怒りを覚えるその表情が実に面白い。
そう考えると5時限目の授業に参加する気力がなくなった。学校が終わるまでここで昼寝でもしながら時間を潰そうとするか。俺に授業は必要ないからな。洗脳される義理はない。
雲をずっと眺めていると次第に眠気が襲ってきて俺はそのまま眠った。昼の太陽は眩しいが、暖かいため快適な睡眠が送れそうだ。
「各隊、指揮を保て!」
「何をぐずぐずやっている! そんな連中、お前ならすぐに殺せるだろうが!」
「我が国のために命を捧げよ。戦場の死こそ国王様の意思」
……何だこれ。人間のようで人間じゃない連中が殺し合いをしている。
ある人は銀色に輝く剣を携えて敵と思わしき人に向かって斬りつける。不意を突かれた敵側の人は体から真っ赤な血が噴き出してそのまま倒れる。が、まだ微かに息はあるみたいだが、銀の剣は倒れた敵側の人の体を一突きで貫く。喀血した敵側の人はもう動かなくなった。
ある人は遠くから弓を構えて戦っている味方の人を援護しようとしている。放たれた矢は狙いを誤って味方の頭にグサリ、矢先が脳を貫いているみたいで、戦っていた味方の人は目を開けながら倒れる。予想外の出来事にラッキーと思った敵側の人は矢を放った見方側の人に突撃、手に持っていたサーベルと思わしき刀で斬りつける。弓でサーベルを防ぐことはできないわけで、深々と刃は体を断つ。血が噴き出して弓と矢筒が落ち、弓を使っていた味方側の人は倒れて動かなくなった。
ある人は何やらぶつぶつと小難しい言葉を話している。手には何かを表現しているような形を組んでいる。言葉を話し終えたというよりは唱え終わったようで、組んでいた手を戻して両手を垂直に上げる。すると足元から漫画のような魔法陣が浮かび上がり、赤い光の球が集団で群がっている人に向かって飛んでいく。その光の球が集団に入ると爆発を引き起こし、集団は火事のような炎に全身を包まれて、よろよろと動いている。やがて炎に包まれた集団のうちの一人が倒れると、それに続いて二人目、三人目が倒れて、三十秒も経たないうちに集団の全員が炎に包まれながら倒れた。
敵側の人の数が少なくなると大将と思わしき白いドレスを纏い、三日月のような鎌を持った人が味方の人の最前に立った。
「残りは私が引き受ける。全隊、後ろへ下がれ!」
勇ましい声とは裏腹にどこか可愛げな声が混じった声の持ち主は、陣の最前に出た人だった。どう考えても年齢が少し低い少女の声だ。
少女は鎌を構えると残りの残敵に向かって地形をものともせずに進んでいく。
少女の奇襲に気付いた敵側の人は慌てふためいて冷静な判断ができず、隊を混乱させていた。少女は鎌を振り被ると、慌てて武器すら構えてない敵側の人に向かって振り下ろす。
いともたやすく簡単に両断されてしまった人の体は、断面から体中の血を地面に流す。骨や内臓までもがきれいに斬られ、その断面も肉や皮膚のあたりと全く同じだった。
斬った鎌には血が滴り落ち、敵側の人を威圧するには十分すぎるほどの材料となっている。
「ひ、ひぃぃ!」
「た、助けてくれぇ!」
少女のその姿に恐怖する人もいれば、助けを求める人もいる。
だが、少女には慈悲の心が無いような感じで敵側の人を見下し、目が追い付かないような速度で走り出す。
少女に敵わないと思った敵側の人は背を少女に向けて一目散に逃げようとする。が、少女の速度には敵わないようで、一人、また一人と体を鎌で両断され、最後に一人は体を両断するのではなく首を斬り取った。
首は一度目をパチパチさせると数秒のうちに動かなくなり、体はピクリと動いて前に倒れる。
斬られた首はまるで見せしめにと言わんばかりに鎌の先端に突き刺し、少女は自陣に向かって高らかに叫ぶ。首の断面と突き刺した部分から血が流れ出るように出るが、少女はお構いなしに叫ぶ。
「見よ! 我が軍の勝利である!」
傷ついたり、疲れて休んでいた人たちが活気を取り戻し、少女に向かって歓声を大声で上げる。
少女は鎌に突き刺した首を無造作に鷲掴みして取ると、頭上に放り投げた。
投げ上げ運動の法則で落ちてきた首を少女は鎌で一刀両断する。シンメトリーとなった顔からは脳が生き物のようにうねりながら地面に落ち、目玉がポロリと落ちる。
少女は細いその足で落ちた脳と目玉を踏みつける。奇妙な感触の脳は血飛沫を飛ばし、目玉はプチッという音を出して平ぺったくなった。
少女は持っていた鎌をグルンと一回転させると、隊を引き連れて撤収した。
目を開けて一番最初に飛び込んできたのは雨が降りそうな雨雲だった。俺は自分が何をしていたのか、寝ていた体を起こして考える。
腕に付けている時計を見ると時刻は午後四時半過ぎ。……どうやら俺は三時間くらいここで眠っていたということか。
にしてもさっきの夢は一体何だったんだ? 人間に近い人種が剣で斬ったり、弓矢を使ってたり、魔法らしきものを発動させていたりと訳が分からない。
ただ、唯一分かるのは、アレは「戦争」というものだ。命令されるがままに戦って国のために死んでいく。そんな考えもこの退屈な世界の歴史にあったな。死にゆく人々は何を考えているのかさっぱりだが、死が近づいているのに後悔とか懺悔とかそんな感情は必要ない。死を受け入れてこの世界から抹消されるのが本来の死というものだ。ましてや戦争なんだから死にたい奴だけ戦うようなのもだ。
ただ……こんな退屈な世界じゃなくてあんな生き方も悪くはないかな。こっちよりも人が無条件で殺せるから。
ちっ、変な夢のせいで変なこと考えてしまったじゃねぇか。雨が降ってきたら面倒だからさっさと帰るとするか。
俺は屋上の扉を開けて自分の教室へ向かう。
行内には掃除を終えて部活という集まりに向かう連中や、下らないことを話しながら下校する生徒でごった返していた。教室に残って予習をする奴もいれば、帰る気がまだ無いように教室で花を咲かせている奴もいる。
階段を下って自分の教室へ向かう廊下を歩いていれば聞こえてくるのは俺に対する風評。
「うわ、天邪鬼だよ」
「今日見てないと思ったら授業サボっていやがったな」
「ねぇ、何なの、あの天邪鬼。さっさとこの学校からいなくなってほしいんですけど」
今日も今日とて俺に対する風評は耳障りなほどに聞こえてくる。お前らは俺が気に食わなければ俺に関わらなければいいのに、そうやって陰で物を言うから俺が関わってなくても関わるんだよ。俺のことはほっとけばいいんだよ。
天邪鬼というのは俺に付けられているあだ名というよりは蔑みの言葉と言った方が正しいか。学校随一の捻くれ者だから天邪鬼という至極簡単な付け方だろう。
無造作に教室の扉を開けると、数人の生徒が俺の登場に体をビクッと震わせ、目線を合わせ無いように話を戻す。窓側の席にある俺の机から自分の鞄をひったくるように取ると、そのまま何もせずに俺は教室を出た。
下校する人ごみに紛れて学校を出ようとすると、校門前にややこしい教師がいるのを確認できた。
三津坂葉菜。勝気な女性教師で俺のクラスの担任で生徒指導部顧問。この学校生活中、何度も舌打ちを漏らして殺したくなった教師だ。
三津坂は遠目で俺を見つけやがるとゆっくりと歩いてこっちに近づいてくる。まるで誰をも逃さないその眼光は三津坂の陰口「メデューサ」に合っている。
下校する生徒が何だと思いながら俺に近づいてくる三津坂を見つめ、三津坂は俺に近づくと表情を鬼のように変えて怒鳴る。
「おい、天笠! 一体どこで何をやってたんだ! お前は何をしていたのか分かっているのか!」
突然の怒声に、巻き込まれたくない生徒たちは足早に俺から離れていく。中にはざまぁみろと吐いて逃げるように帰って行った生徒もいる。
しかしまぁ、よく俺のことを待っていましたね。普通なら放送や生徒に頼んで俺を呼び出すはずなのに、こうやってご本人様直々に登場とは余程貴方も暇なんですね。
で、一体どこで何をやっていた? 屋上で変な夢を見ながら寝ていただけですが。
何をしていたのか? 別に勉強する必要は俺にはないから授業をサボっただけですが。
分かっているのか? そんなもん、自分でやっているんだから分かっているに決まってるじゃないか。
「お前には何しにこの学校に来ているのか分かってるのか! 分かってないならこの学校から去れ!」
おいおい、何を矛盾したことを。去れと言われても去れないこと自体、教師であるあなたがよく理解できているでしょ。
『強制高校』で、退学はおろか転校もできない。それくらいガキでも分かる。
「何か言ったらどうだ、天笠!」
じゃぁ、お望み通り何か言って差し上げましょう。
「黙れ」
短く、的確についた言葉は一瞬だけ三津坂を止まらせた。が、三津坂もそれで止まるような奴じゃない。
「黙れとは何だ! 教師に向かってその言葉の吐き方は! 目上の人に対する敬意というものをお前は理解していないのか!」
「敬意? はっ、そんなの俺にあると思っているのか? クソ教師」
「なっ、あ、天笠!」
「敬意というのは相手を敬うことだろ? 相手を敬って何になる。人間という生き物は常に自分の位置は世界最大となっていると思い込んでいる生物だ。そんな人間が、自分の地位を下げてまで人に仕えるということは断じてない。尊敬とかそんな言葉があるが、あれは自分の地位は相手の地位より下ですよと相手に思い込ませるためのものでしかないんだよ」
「あ、ああ言えばこう言って……」
ぐうの音が出ない教師に向かって俺は顔を見ずに歩き出す。
「故に俺は教師に対して敬意という概念を持ち合わせてない。何をしようと俺は何物にも見下されず、常に自分が一位という考え方で生活する」
「あ、お、おい! 天笠!」
ちょっとした勝利感を感じて口元がにやける。誰が何と言おうと俺の議論は正論だ。
呆然と立つ教師を後にして俺はゆっくりと学校を出る。
どうも、無名の作者、真幻 緋蓮です。
またまた短い内容でこの第1章を終わらせてしまいましたが、いかがだったでしょうか。
あの戦争シーンの内容ですが、俺独特の妄想などが入っているため、「え? これはこうならないだろ」とか「これはあり得ない」というシーンがあると思います。それはもう一度言うように俺の妄想なんでスルーしてください。
さて、物語の主人公「天笠禍弦」君ですが、彼の考え方は俺と若干同じなんですね。禍弦君の考えの文章の中には俺の本音も含まれているので、共感しながら再度読み直してみてください。
それでは第2章でまたお会いしましょう。読んでくれた読者に最大の感謝を。