序章
君たちは妖怪「天邪鬼」を知っているだろうか。
日本の民話に登場する他人の心を探る鬼だったり、毘沙門天の鎧の腹の辺りにいる鬼だったりと、古来では存在しているものとして扱われてきた。
現代の「天邪鬼」は捻くれた思想を持つもの、逆らうことをする人などと鬼の観点から外れている。
君たちの誰もが一度はこう思っただろう。
「もういいや、無理なものは無理なんだよ」
開き直った感情も「天邪鬼」の思想の一部なのだ。
そう、鬼はもともと人の中に入っていて感情を操っているものなのだ。
辺りに立ち込める鉄臭い血の臭いと肉が焼けるような臭いが混じり、周囲には散乱している雑物となった人の死体。
空は赤く染まり、白く輝いているはずの三日月は、鎌で人を斬ったかのように赤く染まっている。そんな空に火の粉が飛び、矢が飛び、人が飛び、魂が飛ぶ。勿論、死体も巻き添えにして。
それらは目が開いている状態で死んでいたり、内臓などが飛び出ていたりと非常に滑稽な死に様を現している。中にはバラバラとなった死体が顔のみで積み上げられていたり、白骨化した死体が砕けたりしている。
死体には蠅が群がり、聞き飽きたほど羽音が煩く鳴っている。
足元にはそんな死体がごろごろと転がっていて足の踏み場もない。が、俺はそんな骸に対して何の感情も見せずに顔や胴体を踏みつけて歩いていく。バキバキと骨が次々と折れていく音や、時折飛び出る赤い鮮血が自分にかかると、自分は生きていると感じて狂気染みた笑いが浮かぶ。
俺の着ている制服には大量の返り血が染み込んでいて、元の色はもう見えない。
死体の顔面と胴体を無造作に踏みつけながら、自分がモットーとしていることを頭に思い浮かべる。
死体は何も語らない。命尽きた物はただの雑物。故に殺す時も雑物となるのだから容赦なく相手を殺す。
慈悲という概念が不必要な戦争中に浮かんだこのモットーは、俺に生きる意味を与えてくれた。
死体の胴体を踏みつけると死体の口から少ない量の鮮血が俺にかかる。しかもこの死体は――
「う、うぉ……ぉ……」
まだ生きていた。まるで俺に助けを求めるかのように低い呻き声を上げながら左手を伸ばす。
冷徹な視線でその死にぞこないを確認すると、それは自分側の兵士だった。
右手と左足が無くなっており、胸のあたりには矢で刺されたような傷が見れた。顔は青白く変色し始めているため、相当な血を流しただろう。
死にぞこないの兵士はゆっくりと伸ばした左手を俺の足を掴むと、また何か言いたげに呻く。
「……あぉ……おわぁ……」
何を言っているのかさっぱり分からなかったが、俺は小さく舌打ちをすると掴まれた手を振りほどく。
慈悲は必要ない。助けも必要ない。雑物とならなかった死にぞこないは雑物となってろ。
俺は腰に下げている二挺の銃――デザートイーグルを両手に持つと、間髪入れずに銃の引き金を引く。
俺流に改造したデザートイーグルは発射時の反動を少なくし、瞬間的に連続で弾が発射できるようにしてある。
発射された弾は兵士の脳天、首の動脈、心臓、右目を的確に貫通し、鮮やかな血の華を咲かせながら死んだ。
死に対する恐怖が再び芽生えたのか、兵士の左目には微量の涙が浮かんでおり、見ているとイライラしてきたので、左目を勢いよく踏みつけた。
瞬間、地面からカチッという音が聞こえ、俺は反射的のその場から後ろへ跳び避けた。
その約1秒後、雑物となった兵士の場所から爆発が起き、死体が四方八方に飛ぶ。その爆発で親指だったり、片足だったりと雑物となった部品が飛んでくる。
あの爆発は簡易的な地雷だ。簡易的なので地面に埋めておく必要はない。死体で隠しておき、踏むか、遠隔操作で爆発させる。
地雷の爆発源にあった死体は部品は飛んできたものの、塵一つ、灰一つ残さずに消え去った。
地雷源の所を通り過ぎると少し広い広間に出て、そこでは激しい近接戦闘が繰り広げられていた。
血飛沫を返り血のように浴びた少女が、空に浮かんでいる赤い三日月を同じような鎌で、頑丈そうな鎧に包まれた剣使いと戦っている。重たそうな鎧なのに素早い身のこなしができている剣使いは、目の焦点が無く、ふらふらな状態の少女に向かって剣を振り下ろす。
間一髪というところで少女は振り下ろされた剣を鎌の持ち手で防ぎ、剣使いは踏み込まずに後ろへ跳んだ。
「ちっ、まずいか」
流石に休憩なしに戦わなければああなるか。前線に出てから約四時間。目立った傷も無いってことはあれでも一応戦えているということだよな。
俺は銃弾をマガジンに入れてセットすると、足元にあった死体を蹴って少女に加勢する。
あの剣使いは俺に気付いていないようなので、膝と剣を持っている方の肩を的確に撃ち抜く。プシャッと血が噴出し、剣使いは予想外の奇襲に戸惑いながら苦痛によって地面に膝をつく。
戦場で膝をつくということは、つまり死と同じ。あの剣使いは後数秒後に雑物となる。
「コロス……コロス……コロスゥゥゥ‼」
狂気に満ちた少女は奇怪な叫び声を上げると、赤い月光に照らされて不気味に光る鎌を横に薙ぐ。薙がれた鎌は少女の勢いの元、剣使いの首をきれいに狩り斬り、おまけと言わんばかりに狩り斬った頭を両断する。
剣使いだった雑物の体は地面にパタッと倒れ、両断された頭は死体の山に落ちる。
少女は戦っていた剣使いの気配が消えたからか、目の焦点が戻ってきて俺の存在に気付く。
「あれ、禍弦? どうしたの?」
先ほどの叫び声を上げた少女とは思えないほど、可愛らしい声で俺の存在に疑問を抱く。
「どうしたもこうしたも、フィグ。覚えてないのか?」
「え?」
疑問詞を口に出すと少女――フィグは自分の姿を確認する。血みどろのドレスに、血が滴り落ちている三日月状の鎌。他者から見ればフィグの存在は死神、俺の姿を見れば殺人鬼と思うだろう。
しかし、俺はそんな死神姿のフィグを、逆に殺人鬼のような俺の姿をみたフィグはパニックを起こさなかった。
「もしかして……またやっちゃった?」
そのやっちゃったが人を殺したことでなく、狂気に満ちてしまった方の事を示しているのはすぐに理解できた。
俺はさっきの自分側の兵士を殺した時のように殺した罪悪感は一切湧いてこない。それはフィグも同じで、狂気満ちた状態でも、今の状態でも罪悪感に苛まれることはない。
「ああ、まただ。一度撤退するぞ、フィグ」
「了解」
拠点の方へ歩き出した途端、背中に嫌な寒気が走り無意識に体が動く。
「伏せろ! フィグ!」
咄嗟にフィグの頭を掴んで一緒のタイミングで地面に伏せる。地面に伏せたことによって血の匂いが強くなり吐きそうになったが堪える。
フィグの持っていた鎌が鈍い音を立てて地面に落ちる。この音で増援が来なければいいのだが。
伏せたその刹那、俺らの頭があった場所を一本の矢が宙を斬り裂いて飛んでいき、死体に刺さる。
フィグの頭を掴んでいた手を放して、銃を構えながら矢が飛んできた方を見る。
そこには一人の弓使いが俺に向けて矢を引き絞っていた。ただ、その弓使いは戦場の素人のようで、矢を引き絞っているだけで精一杯らしく、すぐに動けるような姿勢ではない。
いくら相手が素人であれ、俺は誰だろうと殺すことに容赦はしない。命一つはそこら辺を飛んでいる蠅一匹と同等な値だ。
右手に持っている銃をその弓使いの方に向け、頭と体はフィグの方を向いて様子を確認している。弓使いが弓を発射したと同時に三発の銃弾を連続で撃つ。
一発目は飛んできた矢を相殺、二発目は左目を貫通、三発目は脳天に当てて弓使いをほぼ即死状態で殺した。
あの弓使い、戦場では素人とはいえ、弓の扱いに関しては狩猟でもやっていたみたいにプロだ。相殺した矢を見なくても分かるが、的確に俺の頭を狙ってきていた。
「大丈夫か?」
「あ、うん。平気だよ」
フィグは伏せた時に落とした三日月型の鎌『サイゲツ』を拾うと、死体の中を一歩ずつ歩く。
俺はいつでも銃弾が発射できるように弾をセットして、辺りを警戒しながらフィグの後を追う。
この約四時間での戦果は約120人殺害。使用弾丸数500ちょっと。まぁまぁの戦果だろう。
尤も、『天邪鬼』の俺にはこんな戦果はどうでもいいんだがな。
どうも、この度は「天邪鬼が導く不条理戦争」を読んでいただき、ありがとうございます。
始めての方は始めまして、そうでない方はお久しぶりです。無名の作者の真幻 緋蓮です。
前回というか、今まで書いてきた「少年軍人日」なんですが、書く気力と言いますか、ネタと言いますか、ストーリーの構成と言いますか、そんなものが浮かばなくて一旦保留にさせてください。話も少しめちゃめちゃにしすぎた感があるので。書いてた時に戻って文句言いたい気分です(笑)。
さて、今回の話ですが、ちょっと思考を変えて異世界バトル小説にしてみました。とは言ってもまだ序章であり、本編はまだ書いてないんですが。
というよりも、この話、ストーリーに出てくる主要人物の設定が少し複雑でたまに自分でも分からなくなる時があります。そのため、ここの部分何かおかしいぞと感じるかと思いますが、そこは暖かい目で私目に心の中で忠告してください。
良ければ感想、批評など書いてくれると嬉しいです。ダメ出しも多少OKですが、キツイのは勘弁を。
それではまた「天邪鬼が導く不条理戦争」の1章でお会いしましょう。
……そもそも出せるかな……。