ジャンピングババアの身勝手な試み
皆さんよくご存じの、ジャンピングババアです。誰ってあんた知らないの?何メートルも飛ぶことが出来るババアだよ。そんなに飛んで何の意味があるのって、あんたそれじゃワシの存在意義がないだろ。
都市伝説とまではいかないけれど、その筋の人には知られているこのワシ。今日はちょっと昔話に付き合ってもらうかね。あれは・・・ちょっとボケちゃって何年前か忘れたけど、5メートルくらい余裕で飛べた頃の事だよ。
とある日の真夜中、ワシは対戦相手を捜していたのさ。走る車に追いついて飛び越える快感が忘れられなくてねぇ。それからというもの軽四、軽トラと飛び越えて来たのさ。だがね、今日は決意が違うんだよ。車の王様であるキャンピングカーを飛び越えたいんだよワシは。
しかしあれだ、この通りは滅多にキャンピングカーなんて来やしない。あまりに来ないからちょっと便所にでもと思ったスキに目の前を通り過ぎて行っちまう。だから今日は事前に便所にも行って来たから準備はバッチリじゃい。
おっ、噂をすればなんとやら。ターゲットが現れたわい。それじゃあ赤信号に変えてスタートラインに立つとするかの。
「あっそういえばお父さん、この通りって」
「おぉ。ちょっと怖いな」
ありゃりゃ老夫婦かい。これじゃああんまりスピードを出しそうにないねぇ。でもまぁ今日の目的は飛び越えることで追い抜くことじゃないからね、遅くても仕方あるまい。ジイさんの方はともかく、バアさんはワシに驚いて泡とか吹かなきゃいいけどね。
「おと、お父さん!ばばば、ババアが!ババアが!」
おお、その驚いた表情いいねぇ。・・・・その前にワシの方が何百歳も上だけど、お前さんだってお年寄りじゃろ!
ちょっと助手席を覗いたらそれかい。そんなんじゃワシ、簡単に飛び越えちまうよ!あっまだ赤信号になってないのに発進するたぁいい度胸だ、パトカーに見つかっちまいな!
「お父さん!もっとスピード出して!出し、出せ!」
「出してます!」
バアさん命令形かい。しかしアクセルをベタ踏みとはジイさんやるね。おっと、ジイさんなんて言って失礼だったかの。しかし今日のワシは覚悟が違うんだ、負けられないよ!
「ババア振り切ったか?」
「まだババア来てます!もっと早く走って、踏め!」
「お前さんだっていい歳じゃろ!」
「キャア!ババアが!」
「だからババアって言うんじゃないよ!」
何度言えばわかるんだこのバアさんは。いやバアさんは余計かの、ワシの年齢からしたらまだまだ若いか。しかしお嬢さんという歳でもないだろうに。
おおお、まずい。余計なことを考えていたら追いつけなくなっちまうわい。本気を出すしかないの!
「ババアがサイドミラーに!」
「幽霊なのに鏡に映るのか!?」
「ワシは妖怪だ!」
「ババア!」
だからババア言うんじゃないよ!うおぉぉ、キャンピングカーって思ったよりも速いわい!しかし百キロババアと戦ったこともあるワシが負けるわけにいかん!
「ババアは!?」
「いないわ!鏡にはもう映っていない!」
「ふ、振り切ったのか?」
そんなわけあるかい。車がワシに勝とうなんざ何百年も早い。後ろにピッタリくっついてるんだよ。
もういいや、飛んじまおうか。よぉし、勢いをつけて・・・・ちょっとジイさん、蛇行運転をするな!そんなんならいつまで経っても飛び越えやしないよ。
「お父さん!前!赤!」
「バカモン!ブレェーーキ踏めぇぇぇ!」
あ。
あっちゃ〜、ガードレールに激突しちまったよ。生きてるか?
「う、うう」
息はしているようだが、ケガを負っているね。悪いがワシは妖怪、救急車を呼ぶ術を持っておらん。自力でなんとかがんばってくれんかの。
それにしても、こんな夜道でそんなスピード出すからこんなことになるんだよ、黙ってワシに飛び越えさせてくれたらよかったのにねぇ。あぁそうだ、助手席のバアさんは元気か?
「ば、ババア」
「おお、バアさんも大丈夫そうじゃの」
何度言ってもわかってくれないからもうお前さんもバアさん呼ばわりじゃい。イヤならワシをお姉さんとでも呼ぶことじゃの。
それにしても今日も目標を達成できなかったわい。もう少しのところでクラッシュしちまった。しかし飛び越えることは可能そうじゃったの。次こそは絶対に飛び越えてみせる。見ておれ百キロババアめ。
「お前はいつまで経っても飛び越えやしないね」
「なっ、お前は百キロババア!」
いつの間に現れたんだこのババア。まぁといっても相手は妖怪、音もなく現れるなんて当たり前のことか。しかし聞き捨てならない一言を吐いたなババア。
「なんで飛び越えられないなんて言うんだよ」
「お前は絶対に飛び越えられないね」
このババア、ワシと歳は変わらないのに姉さんを気取りやがって。言っておくがワシは一度もババアのことを姉さんなんて思った覚えはないからね。
「車と並行して走ってどうやって飛び越えるっていうんだい」
「なんだってぇ?」
「正面から突っ込んでいかないと飛べるわけがないだろう」
「ば、ババアに言われたかないね。そんなことは百も承知」
「じゃあどうして並行して走ってたんだい?」
「ババアに関係ないだろ!」
「ババア言うな!お前だってババアだろがい!」
「うるさいね!ババアにババアって言われたかないんだよ!」
「それはこっちのセリフじゃ!」
もう小うるさいババアとは付き合いきれん。こんな馬鹿らしい口喧嘩を続けたら朝日を迎えちまうよ。明日の為に力を蓄えておかなきゃいけないんだワシは。言っておくが一緒に銭湯なんざ行かないよ。家に帰って寝るわい!
「ババアにはもう付き合っておれんわ!」
「じゃあ勝手にどこへでも行けばいいじゃろ!」
「言われなくても行ってやるわい!」
ワシは百キロババアを飛び越えた。
突然浮かんでしまいましたジャンピングババア。読んでいただき、本当にありがとうございました。