別に
「だって約束してないじゃん」
どうして彼が、こんなに怒るのか分からなかった。
「早めに言ってくれたら予定入れなかったのに」
今日は、友人と会っていた。昼前に待ち合わせて、ランチをして、買い物をする。途中でカフェに入り話し込んでしまったから、気付けば夕方だ。家に帰ると彼がいた。携帯に連絡がきたけど、外にいるからと短い返事をしただけ。彼はわたしに、一度しか連絡を寄越さなかった。今から行く、と。
「わたし、友達と出掛けてるよって言ったよね」
ランチの途中で、彼からメールがきたのだ。わたしは、今日は帰りが夜になると返事をした。それ以降、彼から連絡は来なかった。だから、わたしはあまり気にすることもなくいたのだ。
「俺より友達の方が大事なの」
彼は時々、こうやって拗ねる。それで、女子高校生が言うような台詞を言う。わたしはいつも、それに困っていた。だって、わたしが何と言ったって、彼の機嫌は直らないから。
「比べられないよ、どっちも大事だもん」
「嘘だ、俺より友達を選んだじゃん」
「先に約束してたからだよ」
「俺、昼から待ってたんだけど」
会話が成り立たない。これはきっと、平行線なのだ。わたしが折れない限り、収まらない。
「ごめんね。待っててくれたのに」
そう言うと、彼は黙った。
「お腹空いてるでしょ? 何か作ろうか」
「別に」
「じゃあ何か飲む?」
「いらね」
わたしは目の前に座る子供を、いつまであやせば良いのだろうかと思った。こうして、いつだって気分一つで、わたしを困らせる。せっかく楽しい気持ちで帰ってきたのに、台無しだ。好きで付き合って一緒にいるはずなのに、いつからか、わたしはどこか義務感のようなものを持ってしまっていた。
「わたし買い物行ってくるから」
冷蔵庫の中には、食材が何もない。近くのスーパーに行って、食べるものを買ってこよう。わたしが立ち上がると、彼は何も言わずに此方を睨んだ。
「行ってくるね」
わたしの言葉に、返事はない。きっと、買い物から帰って来たって、このままだ。玄関で靴を履いて扉を閉める。冷房の効いた室内と違い、空気が暑い。陽が落ちているのに、まとわりつくような暑さだ。遠くで蝉が鳴いている。
「疲れた」
このまま帰らないで、消えてしまおうか。
スーパーとは反対側へ足を向ける。彼はきっと、わたしを睨んで何も言わない。そればっかりだ。今になると、嫌だったことばかり思い出す。どうしてだろう。こういう時は、楽しかったことを思いだすはずなのに。
失ってから気付く、なんてことは、大事なものの時だけだ。
「さよなら」
言葉にすると幾分かすっきりした。彼はどんな顔をするだろう。
「さよなら」
もう、戻らないよ。きっと彼は、わたしを睨んで何も言わないだろう。だからわたしは、笑っているのだろう。大事なものを選ぶ、それはあなたが言ったこと。
だから、さよなら。




