第5話 報い
これは……またやりすぎたか……
僕は、コルデア城の謁見の間に乗り込んでいる。もうこれは殴り込みみたいなもののような気もするが。
目の前にはみんなと、そして召喚の巫女、王、騎士達がいる。
涙を浮かべながら目を見開いた後、安心した様子になった佐々木さん。
さも、僕が戻ってきたのが当然という顔をしている優馬と前田さん。
そして僕の姿を見て顔を青くしている召喚の巫女と王。
もう、これは決まりだな。
「佐々木さん、心配かけてごめん」
僕の声が謁見の間に響く。その言葉に、彼女は大きく首を横に振りながら答えてくれる。
「全然そんなことない!八代君が生きていてくれたならそれでいいの!」
「ありがとう。優馬と前田さんはあんまり心配してくれなかったみたいだけど」
「そりゃお前が死ぬなんてありえねえし」
「そうよ。むしろ死んでも私が無理やり生き返らせて死んだことを後悔するようにいたぶってあげるわ」
前田さん、ドSなんだよなー……。
まあ、そんなことより。
「やっぱり僕は死んだことになっていたみたいですね、シルフィアさん」
「ッ……!いえそれは……」
話を振られ明らかに動揺している召喚の巫女。
「そんな焦る必要はないですよ。そんな感情を表に出してちゃあ召喚の巫女としてまずいのではないかな。いつもみたいに無表情でいたらどうです」
彼女は目の前に現れた、生きているはずのない人間に対して少なからず恐怖を覚えているのだろう。
さすがに騎士たちがかなり怒っているようだな。
まあ僕には関係ないが。
「八代君、あなたにしてはやけに挑発的ね。なにかあったの」
「いえ、大したことではないよ。ちょっとばかりそこの巫女様に命を狙われて、そのせいで僕を守ろうとして騎士団の人たちが死んだというだけ」
その言葉にこの場の人間達の表情が凍り付く。
巫女と王はますます顔を青くしている。
「どうやら、王様も関わっているみたいですね」
「待て!お前に着いていった騎士たちが死んだということは、トムたちがやられたってことなのか!?あいつらは騎士団の中でも相当優秀な者たちだぞ。なぜ『神話の森』でそんなことになる……。そんな奥まで進んだのか」
僕に向かって叫びながら出てきたのは騎士団長さんだ。確か名前はカシムさんだったか。
かなり怒っているようだな。まあ巫女がここまでコケにされているし、僕が言ってることも信じられないのだろうから当然なのか。
だが、怒りで冷静さを失ってしまうのは騎士団長としてどうかと思うよ。
「いえ、僕たちは決して森の奥に進んでいたわけではありません。ただ、『血の狼』がそこにいたんですよ」
「『血の狼』だと!?そんなばかな……。そんなことがあるわけがない」
「まあ信じるかどうかはあなた次第ですよ。ちなみにそのクソ狼はおそらくそこの巫女様に召喚されたんだと思いますがね」
そう言って僕は再び召喚の巫女に視線を戻す。
どうやら先程よりも落ち着いた様子に見える。
「……タイチ様は大変危険な目に遭ったご様子ですね。それでも生きていてくださってよかったです」
「あれ、しらを切るんですね。まあ、いいですけどね」
「もう我慢ならん!我らが国の巫女をここまで愚弄されて黙ってはいられん!」
そう叫んだ騎士団長のカシムさんは剣を鞘から抜き僕の方に歩み寄ってくる。
「その罪、万死に値する。死ね!」
カシムさんはその歩みを徐々に速め、そして最後には走ってこちらに来る。
みんなはそんな騎士団長の行動に驚き、また自分とのその実力差を知っているからか咄嗟に動けずにいる。
僕はというと、全く焦りや恐怖などはなく、むしろ騎士団長への落胆の方が大きかった。やはり、この状況で冷静ではいられないんだな。
「八代君っ!」
佐々木さんの叫び声が聞こえる。
僕は迫ってくる騎士団長から視線をはずし、彼女の方を向き微笑む。
そして一言、
「大丈夫だよ」
とつぶやき、再び騎士団長に目線を移す。騎士団長はなめられていると思っているのか、先ほどよりさらに怒っているようだ。
そして彼は剣を振りかぶり、僕に切りかかった。
その場にいる誰もが、僕が切られたと思っただろう。
佐々木さんは目をつぶってしまっているし、優馬や前田さんは僕が目の前で殺されようとしていたことにさすがに恐怖していたみたいだ。
巫女や王は嫌な笑みを浮かべている。
だが、結果はその場にいた皆の予想を裏切るものとなった。
騎士団長の剣は僕の身体に届くことはかなわず、僕の目の前で停止しているのだから。
「なっ!?なんだこれは!魔法かっ!?」
騎士団長はそう言って後退しようとするがもう遅い。
「『微風』」
僕が放った初級魔法『微風』は軽々と騎士団長の身体を後方に吹き飛ばし、壁にたたきつけた。それだけで彼の意識は刈り取られてしまったようだ。
「さて、話の続きをするとしますか」
何事もなかったかのように話しだす僕に巫女と王は恐怖を感じているように見え、みんなは驚いてはいるが少し安心した様子だ。
「い、いやぁ、太一すげえ強くなってんなあ。俺じゃ全然敵わねえや」
「優馬は少し黙っててくれない?でもたしかに八代君、ほんと引くぐらい強くなってるわね」
優馬と前田さんはそんな軽口を叩けるぐらいな状態だ。
佐々木さんは何も言わない。
なんか静かな佐々木さんってちょっと怖いな。
何て思いつつ、王と巫女の方に僕は一歩ずつ歩いていく。
少しずつ近づいてくる僕に、二人はつい後ずさってしまう。
「さて、お二人にはどんな報いを受けてもらいましょうか」
「ま、待て!お主、何がほしい!?金か?地位か?なんでもやるぞ」
この期に及んで愚かな王だ。そんなものでこの場が解決するとでも思っているのか。
「王様、そんな焦らなくていいですよ。ちなみに、そんなものはいりません。巫女様も、僕の隙を伺っているようですけど無駄ですからね」
そう僕に言われ、巫女はさらに慌てる。
もうこの場にいる者たちが、皆愚かに見えてきた。
これは僕が力を得てしまったからなのだろうか。
「なあ『ジン』、この世界はこんなにも醜いもんなのか」
「そうだな、我も落胆しておる。まさかここまでとは」
どこからともなく聞こえてくる声にその場の人間はみんな驚く。
誰もいないところから声がすれば、驚きもするか。
「え、今の声誰!?」
優馬が一番いい反応をしてるみたいだ。幽霊か何かかと思っているのだろうか。少し怖がっている。
「優馬、大丈夫だ。この声は僕の契約した精霊の声だよ。まあ精霊というか、精霊王だけど」
「ッ!?そんな馬鹿な!?精霊王と契約できるものなどこの世にはすでにいないはずだ!」
巫女はここにきて初めて声を荒げた。
「お前の先祖が異世界に飛ばしたからってか。残念ながら僕がその異世界に飛ばされた者の子孫らしいのさ。どういうわけか知らんが、僕も精霊王たちの主と認識されているらしいんだよ」
「そんなことが……そんなことがあってたまるか!」
巫女はもう完全に我を失っている。
「ああ、もういいよ。『遮音』」
僕の魔法によって巫女は声が出せなくなった。これは、僕が現代の科学で音が空気の振動によって出ることを知っているからこそできる魔法である。さらに、空気の振動を制御するというのは結構難しいらしく、思いついてもなかなかできないらしい。『ジン』が言っていた。
彼女は、声を出そうとしても出すことができず、苦しそうな表情をしている。でも、僕にとってそんなことはどうでもよかった。
「さて王様、僕がここに戻ってくるのがどうしてここまで遅れたと思います?」
「そ、それは『血の狼』のせいではないのか」
「違いますよ。あんなのは一瞬で終わりました。正解は、この国を見て回っていたからです」
僕たちは元々4日間ダンジョン探索に行く予定だった。それが、僕の場合初日があんな調子だったので1日もかからなかったわけだ。だが今日はダンジョン探索の開始日からもう7日も経っている。それはこの国を見て回っていたから、という理由だ。まあ『ジン』のおかげで空を飛ぶことさえできてしまったので、さほど時間はかからなかったのだがこのタイミングにしたのには理由がある。
「なぜ僕が国を回っていたのかわかりますか」
王様は黙っている。それくらい一国の王なら思いつけと言いたいのだが、僕は人間ができているのでそこにはツッコまないことにして続きを話す。
「王様、僕がこの国を回っていたのは、国民があなたたちのことをどう思っているのか聞きたかったからですよ。聞いてみたら、それはもうひどいものでしたね。国民の支持なんてかけらも得られていない。それでよく国が成り立っていたものだと、逆に感心してしまいましたよ」
王様はただ僕の方を見ているだけで、反論もできない。
「だからね、王様。僕はちょっとだけ国民の方々にアドバイスをしたわけです。思っているだけじゃ何も変わらない。行動してこそだと」
僕のその言葉に、ここまであまりの鈍感さで気づいていなかった王様もやっと気づいたようでさらに顔色が悪くなっている。
「なあ太一、どういうことなんだ?」
……優馬もわかってないのかよ。
あ、前田さんも僕と同じこと思ってるみたいだ。ため息をついている。
「優馬、あなた本当に馬鹿だったのね。私、あなたがかわいそすぎて泣けてきた」
「なんでだよ!しゃーねーだろ、分かんないものは分かんないんだよ。そう言うお前は分かってるのかよ」
「当たり前じゃない。あなたじゃないんだから」
「じゃあ何なのか教えてくれよ」
そう言う優馬に対して大層面倒くさそうに前田さんは話す。
「太一君はね、国民に革命を促したのよ。ホント恐ろしいこと考えるわよね」
そう。僕は前田さんの言う通り、国民に革命を起こすことをすすめたのだ。もちろんそんな言葉に耳を貸す者なんて最初はいなかった。だけど、僕が風の精霊王と契約していることを伝え、その上で色々話してみると、意外にもすんなり行動に移ってくれたのだ。集まった国民の数は、およそ3000万人。この国の国民の半数ほどが集まったことになる。その国民たちが帝都に集結しているわけだ。
「だが、そんなもの騎士団が動けば……」
「あ、王様。そんな悪いこと考えちゃだめですよ。なんて、もう騎士団の人たちほとんど寝てもらっちゃってますけどね。彼らも少しはお休みが必要だったでしょうからよかったんじゃないかな」
王様はこの状況すべてに絶望しているようだった。
「さて、じゃあこの城から全員出ましょうか。国民の方々とご対面です」
そうして僕たちは皆そろって城から出た。
「こう見るとやはりすごい人数ですね」
僕はつぶやく。
「リアスさん、ここまでの人数をまとめてくださりありがとうございます」
「いえいえ、旦那のおかげでここまでできたわけですから、そんなことおっしゃらないでください」
彼はリアスさんといい、王様がその能力を妬み地方に左遷され領主をしていた人だ。彼が最終的にこの国民たちをまとめてくれたのだ。感謝しなくてはな。
「さて、そこの騎士さん。もう城には誰もいませんね」
「は、はい。私で最後でしたので誰も残ってはいません」
僕も一応風の探査魔法(音波によるソナーのような魔法)で確認していたが、念のため聞いておいたわけだ。
「さて、それではこの忌々しいお城にはさよならをしましょうか」
「「「え」」」
その場にいた人たちは誰もが皆唖然とした声をあげ、皆止めようとしたがもう遅い。
「『竜巻』」
僕が放った上級魔法の『竜巻』によって、城は跡形もなく崩れ去った。
その光景に皆口を大きく開いて、驚いている。いやあ、この人数が騒然としているというのもなかなかおもしろい見世物だね。
「……八代君、あなたお城が勿体ないとか思わなかったの」
「全然」
ここから先はリアスさんに丸投げした。彼ならうまくやってくれるだろう。
そうして僕たちは4人で今後の事を話すつもりだったのだが……。
「佐々木さん、少しは僕の話を聞いてくれても」
「知らない!八代君のバカ」
とまあ佐々木さんがこんな調子で全く話が進まない。これはダメだと優馬も前田さんも二人してどこかに行ってしまうし。
「なんだかよくわからないけど、僕が悪かったよ。だから少しは話を」
そんなことを続けて数十分、ようやく佐々木さんが話を始めた。
「……なんであんな危ないことしたの」
ようやく話をしてくれたと思ったが、はて何のことか。危ない場面なんてなかった気がしたけど。
「私、団長さんに八代君が殺されちゃうかと思った。私は、八代君が死ぬなんて嫌だよ……」
「佐々木さん、僕は生きているよ。だから大丈夫」
「うん……だけど無茶だけはしないで」
「わかった。ありがとう」
佐々木さんは僕のことを本当に心配してくれているんだな。僕も、少しは勇気を出さなきゃ。
僕は柄にもなく心臓の鼓動が高まっているのを感じながら、勇気を振り絞って声に出した。
「舞」
僕は彼女の名を口にした。彼女はハッとしてこちらを見上げる。
「八代君、今名前……」
「いや、そのダメかな?」
「ううん!すごく嬉しい!」
彼女は満面の笑みを浮かべてくれる。ああ、この笑顔久しぶりに見るな。
「私も……太一君って呼ぶね」
「うん」
僕たちは、なんだか気恥ずかしい感じになってしまったけど、そうして一歩前に進めたのではないかなと思う。
「これからもよろしくね、舞」
「うん。こちらこそよろしくね、太一君」
後になって分かったことだが、この一部始終は優馬と前田さんに全部見られており、初心すぎだろって笑われたのだった。
少しずつ読んでくださる方が増えていることが非常にうれしいです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。