第7話
百瀬ヶ淵のファミリーレストランから着替えを取りにアパートに戻る頃にはもう、日は暮れていた。春も終わりを告げて夏の足音が聞こえてくる季節だけれど、さすがにまだ、七時を過ぎると辺りは暗くなる。世間では家族で食卓を囲んでいるぐらいだろうか。全く、時間を考えろと文句の一つでも言いたくなる。
戦闘スーツを入れたバッグを担ぐと、そのまま再び自転車に飛び乗った。ヒーローにとって、戦場に到達するまでの時間がその命運を大きく左右する。勝敗の、ではない。報酬の、だ。これでまた高級外車の一つでも大破されていたのなら、俺という前途有望な若者の未来を完全に閉ざしかねない。それだけは避けなければならないから、自転車を漕ぐ足にも自然、力が入った。
指定された住所、つまりは高瀬良川の橋建設予定地に辿り着くと、悪の組織の連中がいた。いつものファッションモデル並みにスタイルのいい女幹部を中心にして円形に座り、何やら作戦会議をしているらしいのが遠目にも確認できた。建設予定地といっても本格的な着工は年が明けてからになるため、まだ資材の搬入もされていない。土地だけがパーティションで囲まれて確保されているだけの空き地で、破壊されるようなものは何もなく、まだ実害が出ていないことに俺は一先ず安心した。
そのまま一旦スーパーのトイレに駆け込むと変身を済ませた。そしてすぐに取って返す。店を出るときのレジコーナーからの視線が痛々しかったけど、そんなものに挫けている暇はなかった。
再び橋の建設予定地に戻ってくると、辺りは剣呑な雰囲気に変わっていた。どうやら悪の組織が作戦行動に出たらしい。時々、戦闘員たちのわけのわからない雄叫びが聞こえ、パーティションの間から漏れた光の中で、長い影が躍っている。まだ物的損害が出ていないことを祈りながら駆けつけると、不意に甲高い悲鳴が聞こえた。
女幹部のものではないな。直感的にそう判断する。頻繁に会っているわけでもないけど、普段耳にする声とは違って聞こえた。
それなら誰が? と考えたところでわかるはずもない。ただ、何かおかしな雰囲気を感じた俺は、物陰からこっそりと状況を確認することにした。何もわからないまま飛び出して、面倒くさいことに巻き込まれるのは避けたかった。そして、空き地を取り囲んだパーティションの継ぎ目から中を覗くと、思わず舌打ちが漏れた。
中の空き地には、夜でも作業ができるようになのか、電灯が備え付けられていた。その光の中で、女幹部を初めとした十幾つかの黒タイツ姿の人影が蠢いている。だけどそれだけなら、悪の組織が健全に悪の道に励んでいるのだといえなくもない。だが、俺は目を瞠った。
そこには一つだけ別の色があった。鮮やかな、桜の残り香を思わせるような、淡いピンク色が。
ダブルブッキング! 頭の中で叫び声を上げ、思わず目の前の鉄壁を叩く。フルフェイスのマスクを着け、全身をピンク色のタイツスーツで包んで悪の組織と対峙するそれは、変態コスプレ野郎でなければ、どこをどう見てもヒーローでしかない。戦闘員に取り囲まれながらパンチやキックを繰り出して戦う姿は最早、疑う余地はなかった。だけどそれなら、俺がわざわざ息を切らしながら駆けつけた意味とは一体、何だったのだろう。折角補給できた貴重なカロリーを、無駄に消費してしまっただけではないか。
取りあえず携帯電話を取り出すと、ヒーロー本部へとリダイヤルした。何せこういうことは初めてだったから、どうすれば良いのかを知りたかった。このまま助けに入ればいいのか、何も見なかったことにしてそのまま立ち去ればいいのか。報酬はどうなるのか。被害が生じた場合の補償は誰がするのか。それに、文句の一つでも言ってやりたい気分だった。
味気ない電子音が二度、三度と続いていく。一般的なコールセンターだったらすぐにでも声が聞こえてきそうだけれど、お役所は定時を過ぎたらもう、人はいないのかもしれない。ただ、呼び出し音だけが繰り返されていく。その間、仕方はなしに俺は、目の前で行われている戦闘を眺めていた。
良く見ればピンクのヒーローは女のようだった。ぴったりと体に張り付いた戦闘服が浮かび上がらせるラインは全体的に柔らかな丸みを帯びていて、胸元はあまり大きくはないが膨らんでいた。彼女はまだ新人なのかもしれない。戦闘員が繰り出す攻撃をまともに受けているところを見ると、戦い慣れていないことがわかる。一言で言えば、互いの動きが全く噛み合っていない。だからなのだろう。一方的に攻め立てる戦闘員たちの動きもどこか、リズムの安定しない伴奏で踊っているような、戸惑いにも似たぎこちなさがあった。両手が鋏になった悲劇の怪人が、自分の出番がやってこないのではないかという、心配げな目で見つめている。
電話は相変わらず通じない。虚しく呼び出し音が響くだけだ。本部はもう、本当にみんな帰ってしまったのかもしれない。人に仕事を投げるだけ投げておいて、自分たちだけさっさと帰ってしまう体制はどうかと思う。
目の前の状況は予断を許さないものになりつつあった。寧ろ、勝敗は既に決しかけている。
戦闘員のパンチがピンクの顔面をまともに捉えて、彼女は声を漏らした。さっきの悲鳴の正体はそれだったらしい。女の子の顔を殴るなんて酷いやつだ。グレイシスのようにモテる男でなくても、俺にだってそれぐらいの良識はある。俺は本部への連絡を諦めると、物影から飛び出した。
「何やつ!」
すかさず女幹部が声を上げると、戦闘員たちの注目が集まってくるのを感じる。俺は電灯を背にして両足を肩幅に開き、右手を空に突き出した登場のポーズを取る。今が薄暗い夜で、それも人通りが少ない場所で良かった。観客が同じように変な格好をした恥ずかしい連中だけなら、まだ気も楽だ。
「お前たち、そいつを離すんだ!」
「ふん、残念だけど、それはできない相談ね。今頃助けにきてももう遅い。こいつには改造を受けてもらい、我々の新たな怪人になってもうらうんだって、もう決めたのだからね」
女幹部はきっぱりと言い放つと、戦闘員に取り押さえられているピンクの顔を自分に向けさせた。その前に片膝を着いてしゃがむと、翼を広げた鳥をモチーフにしたマスク越しでもわかるくらい、いい笑顔をした。
「さて、一体あなたにはどんな格好が似合うのかしら」
綺麗にルージュが引かれた唇を歪めて高らかに笑う。ピンクは女幹部の傍らに控える、両腕が鋏の怪人を見て、怯えたように必死に首を振る。確かに、あんな姿にさせられたのなら自殺ものだ。だけど、ピンクの嫌がりようを見ていると、その様を見せ付けられている怪人本人にも同情したい気持ちになってくる。そこまで嫌がられるものに、彼はもうなっているのだから。
「そうはさせない」
取りあえずそう叫んでみる。すると女幹部は立ち上がり、忌々しげな目で俺を見た。「言ったでしょ。もう決めたことだって。それとも、あなたも仲間に入りたいってわけ?」
それだけは、絶対に嫌だ――申し訳なさそうに佇む怪人に悪いと思いながらも、反射的に拒絶の答えが浮かぶ。そのときの表情をどう捉えたのだろう。女幹部は不敵に笑うと、遂に号令を発した。
「お前たち、やっておしまい!」
堰を切ったように戦闘員が一斉に飛びかかってくる。先頭でパンチを繰り出そうと振りかぶったヤツの攻撃を右に避けると、そのまま脇腹を目掛けてキックを繰り出す。そんなに力を込めたわけでもないのに、足の甲が見事に突き刺さった戦闘員は、派手に吹き飛ぶともんどりうって倒れた。あの柔らかな腹の感触は、中年太りが始まっているのかもしれない。
そんな心配に囚われている暇なく、次がくる。俺を羽交い絞めにしようと飛びついてくるのをダッキングでかわすと、がら空きのボディーに二発打ち込み、そのまま回し蹴りで背後から迫っていた敵を倒した。そして、左右から同時に仕掛けてくる攻撃をバックステップでいなすと、同士討ちを誘う。
役所の研修で殺陣を学んだからなのかもしれない。戦闘はダンスみたいなものだと、常々思う。相手の呼吸に自分も合わせながら、相手が欲しがっているところに過不足なく攻撃の合いの手を入れる。そうすると相手は、まるで示し合わせたかのように吹き飛んでいく。それこそ、気持ちいいくらいに。そして、戦闘員たちも、先程ピンクを相手にしていたときと比べると心なしか、ぎこちなさがなくなって生きいきとしているように思えた。暗闇の中で光る電灯が俺を、舞台の上に立った主役のように照らしている。
最後の一人をハイキックで倒すと、女幹部を睨みつけた。目元の隠れたフルフェイスのマスクをしているものの、その意思は伝わったらしい。彼女は多少たじろぎながらも、虚勢を張るよう大きく開いた胸元を突き出した。
「凄いすごい!」
少しばかり能天気ともとれる感嘆の声を上げたピンクを目で制すると、女幹部は怪人に向けて顎をしゃくった。
「せいぜい遊んであげるといいわ」
昔、愛する人でさえも傷つけずにはいられない、両手が鋏という悲劇の青年が主人公の映画を観たことがある。あのときの彼が独り社会に出て、世間の荒波に呑まれた挙句、三十代半ばでリストラにあったのなら、そんなふうになっていたのかもしれない。怪人の風貌はそう思わせるほどどこか薄幸で、貧相だった。俺を見つめる目も、ある種の悲壮感が漂っている。
先手必勝とばかりに爪先で大地を蹴ると、弾き出されるように走り出した。不意を突いたつもりなのに、怪人は意外なほど冷静に右の鋏を繰り出してくる。それをかい潜って避けたものの、左の肩口に突然、外気の涼しさを感じた。痛みはないものの、どうやら鋏の刃でスーツが切れたらしい。
一体誰が直すと思っているのだ。布を当て、ミシンで補修する自分の姿を思い浮かべると腹が立った。そして怒りに任せて左の拳を突き出すと、今度はその先端から鈍い痛みが走る。俺の放ったパンチは怪人の左の鋏でガードされていて、鉄の塊を殴った衝撃で全身が痺れた。それでも怯まず右のパンチを返すものの、それも同様に防がれる。ついでに下から振り上げられた攻撃で、胸元が小さく破れた。なんということをしてくれるのだろう。男の俺の露出が増えたところで、誰のためのサービスシーンともなり得ないのに。
思わず飛び退いた。正直なところ、これ以上の損耗は辛い。接近戦を挑むとあの両腕の鋏で戦闘服が切り刻まれて、継ぎ接ぎどころでは済まなくなる。この衣装を作るだけの金と暇と手間を鑑みれば、それは避けたい。
「どうやら手も足も出ないみたいね」
女幹部は勝利を確信してか、高笑いを上げた。確かに、接近戦においては分が悪い。犠牲を覚悟すれば勝てないこともないだろうが、その犠牲を容認できるほど、俺に余裕はなかった。
だとしたら、残る手は一つしかない。
「なに、逃げる算段でもしているの?」舗装されていない建設予定地の地面を見回す俺を、女幹部はそう捉えたらしい。「仲間を置いて逃げるなんて、薄情なヤツだね。でも、そうはいかないから」
気づいたら、先程まで倒れていた戦闘員たちに取り囲まれていた。脱出を試みるように走ってみたけど、人の壁に押されて俺は跪く。だけど、それこそが狙いだった。
「まだ、終わったわけじゃないんだぜ」
強がりでもなくそう叫ぶと、余裕の笑みを浮かべていた女幹部が一瞬、怪訝な顔をした。負け犬の遠吠えとでも思ったのかもしれない。俺は先程跪いたときに掴んだ野球ボール大の石を確りと握ると、そのまま怪人目掛けてクラウチングスタートのような体勢から走り出した。
目の前の戦闘員を左手で薙ぎ払うと、咄嗟に思いついた必殺技名を大声で口にする。
――クレイジーアルバトロス!
途端、右腕に灼熱のアドレナリンが駆け抜けると、カタパルトから射出されるがごとく野球ボール大の石が放たれる。フォームも何も知ったことではない。だけどそれは、十分な速度をもって突き進んでいく。予想もしていなかっただろう攻撃に、怪人は呆然と立ちすくんでいる。最早、避けられないだろう。あとは、その場しのぎに思いついた必殺技名が商標登録、もしくは著作権あるいは某動物保護団体の琴線に引っかからないことを祈るばかりだ。
迫りくる石に対して、怪人は咄嗟に両腕の鋏でガードを試みた。昔、武術か何かをやっていたのかもしれない。その反応の速さには素直に驚嘆する。だけど、俺のヒーローとしての力が解放されたそれは、鉄の塊をも容易く拉げさせると怪人の腹に深く突き刺さった。
そのまま十メートルくらい石に押された彼は、苦悶の表情を浮かべたまま、力なく倒れた。
一瞬の逆転劇に、誰もが言葉を失ったみたいな沈黙が辺りを包む。
「……馬鹿な」
ようやく搾り出すように女幹部が呻くと、ピンクが言葉にならない喜びの声を上げる。そして俺が女幹部の方に向き直ると、彼女はまたいつものセリフを吐いた。
「憶えていなさい!」
淡く暗闇を照らす電灯をバックにして、自らのスタイルの良さを見せ付けるように女幹部が身を翻すと、悪の組織の撤収が始まる。そこにはドラマの撮影が終わったときのような、ある種の晴れ晴れしさがあるような気がした。
三分も経たない内に誰もいなくなり、俺とピンクだけが取り残される。俺は誰も見ていない暗闇に向けて、いつもの決めポーズを取った。別にやりたいわけではないけれど、これも決まりなのだから仕方がない。
一連の儀式を終えて、自分も帰ろうかと振り向いたところで、いきなり腕を掴まれた。ピンクだった。
「本物のヒーローの方ですよね?」
何の心の準備もないままに目の前に迫った彼女が、そんなわけのわからないことを訊いてくる。ヒーローでなければ、誰がこんな恥ずかしい格好で公衆の面前に姿を現すというのだろう。頷くと、彼女はフルフェイスのマスク越しでもわかるくらい、目を爛々と輝かせる雰囲気が伝わってきた。
「私、初めてなんです、ヒーローの人と出会ったのが。ずっと会いたいと思っていて――」
そう口走ったかと思うと、ピンクは目の前で突然マスクを脱いだ。その行動に俺は驚愕する。ヒーローにおける正体秘匿の原則、それはヒーロー同士にも適用されるもののはずだ。監査官にでも見つかれば、何を言われるかわかったものではない。それなのに、素顔を表した少女は、まだあどけなさの残る表情で、俺が何に驚いているかわからないというように首を傾げた。
だけど戸惑いは一瞬で、そして気を取り直して少女は言う。
「私、正義の味方になりたいんです」
その一言で、俺はようやく悟った。彼女がここにいたのは何も役所の手違いというわけでもなく、彼女はヒーローというわけでもなく、ただの変態コスプレ野郎だったというわけだ。
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着替えを終えると、一つ溜息を吐いた。閉店間際のスーパーのトイレには利用客が誰もおらず、心なしかそれは少し大きめに響いた気がした。
それにしても――と建設予定地で出会った少女のことを想い出す。
幼い頃にヒーローに憧れるのは良くあることだ。誰もがきっと、一度くらいはそんな経験があるのかもしれない。だけど、それを持ち続けることは難しい。夢はいつの間にか、醒めてしまうものだから。だから彼女の歳くらいまで成長した人間が正義の味方なんて口にするのは痛く感じるし、逆に羨ましくも思う。ヒーローの体質自体は病気だ。遺伝によるものなのか感染によるものなのかはわかっていない。けれど、先程の少女が本気で正義の味方であることを望むのなら、この能力は本来、彼女のような者に宿るべきなのだろう。
どうすればヒーローになれるのかと問い詰める彼女から、俺は面倒くさくなって逃げ出した。こればっかりは教えられないどころか、どうしてヒーローになってしまったのか、こっちが聞きたいくらいだ。自分がヒーローになれないのなら、せめて俺の手助けをしたいとせがまれたところで、助けてもらうことなど何もないし、おいそれと連絡先を教えるわけにもいかないのだから仕方がない。正体を隠す義務があるのだからと何度説明しても彼女は納得してくれなかったからあとはもう、理詰めの説得を諦めて逃げるしかない。だけど、今にして思えば、年下の女の子から迫られるという貴重なシチュエーションをふいにしたのは少し、勿体無かったのかもしれない。
――まぁ、過ぎ去ったことだから、そう思えるのだろう。
ちょうど店内に蛍の光が流れ始めて、俺はトイレのドアを開けた。洗面台で手を洗いながら、折角だからついでに明日以降の食料を買っておいた方がいいなと思う。内容は懐具合と相談次第だが、キャベツを半玉で我慢すれば、百円玉一枚で事足りるはず。
閑古鳥の鳴く財布の中身を確認しながらトイレを出ると、不意に電子音が耳についた。携帯電話にあるカメラ機能のシャッター音だ。それに気づいて顔を上げると、もう一度鳴った。見ると、セーラー服に身を包んだ女子高生が、俺に向かって携帯電話を突き出していた。
思わず俺は眉を顰める。突然一般人に激写される有名人の気分というものは、こんな感じなのかもしれない。
「さっきのヒーローの人ですよね?」
女子高生は物怖じもせずにそう訊いてきた。何のことはない。さっきのピンクだった。
何か上手い言い訳を考えようと視線を外すと、途端に退路を塞がれる。
「さっきから見てましたけど、青スーツの人が入ってからは誰も出てきていませんし、中には他に誰もいませんでした」
断定口調で話す内容は、残念ながら事実だった。ということは、彼女がそこでずっと見張っていたというのはきっと、確かなのだろう。それはつまり、女子高生が男子トイレの中を覗いたという告白も本当ということになる。そのことに衝撃をうけていると、彼女はもう逃げられないぞ、とばかりに携帯電話で撮った写真を見せてくる。そこには見間違いようがないくらいはっきりと、俺の顔が写っていた。
「確か、ヒーローは正体を隠さなくちゃいけないんでしたよね?」
ピンクは満面の笑みを浮かべる。ここで目を逸らしたらきっと、俺の恥ずかしい事実とともにその写真がネットの海に放されるのだろう。大きくもない胸を張る少女は、勝ちを確信しきった顔をしていた。大概こういうときには相手は油断しきっていて、窮鼠猫を噛むがごとく逆転劇が演じられそうな場面であるはずなのに、全く上手い言い訳が思い浮かばない。
そして、その笑顔の裏にある脅し文句に降参するように、俺は肩を落とした。抵抗しても多分、無駄なのだろう。
「これからよろしくお願いします」
軽やかにそう言い放つ彼女に対して、俺はそっと天を仰いだ。どうして最近こうも、厄介事ばかりが転がり込んでくるのだろう。そんな哀愁を増長させるようにただ、蛍の光が単調に響いていた。