今以上に綺麗になってないで
結婚式の二次会に出席するのだ。皆、それなりの格好をしている。
長い髪をアップに、余所行きな化粧をして、胸元が大きく開いたドレススーツを着た彼女は、そこだけ輝いて見える程、綺麗だった。
俺と目が合うと、ちょっと困った様に微笑みながら、固まったままの俺に近付いて来た。
「お久し振りです」
フワリと良い匂いを漂わせながら、彼女は、1年前と変わらない、はにかんだ笑みを浮かべた。
「あ・・・ひ、久し振りです」
思わず、彼女の胸元に視線が行ってしまう。
そして、後悔した。
その見事な白い胸元には、紅い痣の様な、真新しい痕が刻まれていた。
・・・アイツが彼女を呼び捨てで呼ぶ。
彼女がそれに応えて俺に背を向ける。
アイツに彼女が寄り添うと、アイツは俺をチラリと見て、彼女の腰を、グイと自分に引き寄せた。
ヒールの高いパンプスを履いている彼女は、よろめいて、アイツに凭れ掛かる。
そんな彼女の耳元に、アイツが唇を寄せる。
彼女は真っ赤になって、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、アイツに微笑んだ。
・・・一体これは、何の罰ゲームなんだ?
新幹線の中で、俺は最悪の気分だった。
席が皆バラバラで、アイツらと別の車両だったのが、唯一の救いだったのかもしれない。
隣には、幹事が座っていた。
「・・・なぁ、アイツのカノジョが彼女だって、知ってたのか?」
「・・・あぁ・・・実は色々、事情は聞いてる・・・」
聞けば俺以外、みんな知っていたらしい。
俺が彼女に振られた事も。
・・・俺は、ピエロだったってワケだ・・・
「・・・そういえばアイツら、いつ頃から付き合ってるんだ?」
「え?・・・確か、もう1年は続いてるって言ってたぞ」
その台詞に愕然となる。
・・・つまり、アイツが彼女の『好きな人』で。
アイツは俺に、彼女とヤったかどうか訊いて来て。
恐らく、その時にはもう、アイツらは、付き合い始めていたんだ・・・
情けないやら悔しいやらで、もう溜め息しか出ない。
でも、彼女をアイツから奪い取るなんて事は、俺には出来そうもなかった。
二次会は、立食パーティー式のラフなものだった。
新婦側の友人も沢山来ていたが、どの女の子よりも、彼女は輝いて見えた。
ウェディングドレスを着た新婦よりも・・・
常にアイツに寄り添い、アイツに微笑みを向ける彼女。
そんな様子を見ていられなくて、俺は、出された酒をガブガブと飲んでいた。
「花嫁のブーケトスです!幸せのお裾分けが欲しい方は、真ん中にお集まり下さい!」
司会者の呼び掛けに、女の子たちが集まる。
彼女も、その中に居た。
新婦は、彼女にニコッと笑い掛けるとクルリと後ろを向き、彼女の方にブーケを投げる。
ブーケは宙を舞い、彼女の腕の中に落ちた。
「おめでとうございます!一言、スピーチをお願いします!」
司会者にマイクを渡された彼女が、スピーチを始める。
「・・・さん、ご結婚おめでとうございます」
彼女が、ペコリと新郎新婦に一礼した。
ホントに一言だな、と一瞬思った。
けれども彼女は、言葉を続けた。
「私も今、お付き合いをさせて頂いている方が、いるのですが・・・」
彼女が、チラリとアイツに視線を向ける。
友人たちがヒューヒューと囃し立て、アイツを彼女の隣に押し遣る。
会場内の熱が、一気に上昇する。
「私もお二人の様に、幸せになりたいなぁと思いました」
マイクを持つ右手の薬指に、銀色の指輪が光る。
「本日はご結婚、誠におめでとうごさいました」
割れんばかりの拍手の中、彼女がマイクを司会者に返すと、すかさず司会者は、マイクをアイツに差し出す。
「一言どうぞ!」
アイツは照れ笑いを浮かべながら
「期待に添える様、頑張ります」
と、彼女の肩を抱き寄せた。
・・・スピーチとしては、出来過ぎだろう。
二次会の出し物としても、これ程の演出はないだろう。
なかなか鳴り止まない拍手の中、俺は、呆然と立ち尽くしていた。
予想以上の盛り上がりを見せた二次会。
このノリのまま、三次会へ向かうと言う。
俺は、もう心身共に疲れてしまい、帰る事にした。
「お前らは、この後どうすんの?」
幹事に、そう尋ねる。
「ん~・・・取り敢えず三次会まで行って、最終で帰るヤツと・・・どっか泊まって、明日は東京見物するってヤツもいるよ」
・・・そうか・・・折角、東京まで来たんだもんな・・・
「アイツらは、もうホテル予約してあるらしいし」
その台詞に、思考が停止する。
「結構、いいトコ泊まるらしいぜ?温泉付きの・・・」
おれも嫁、連れてくりゃ良かったよ~。
なんて、幹事の残りの台詞は、もう耳に入って来なかった。
新幹線のシートに、グッタリと身を預ける。
・・・アイツは、俺が欲しかったモノを手に入れたんだ。
あの笑顔も、手の温もりも・・・
彼女の胸元に残された紅い痕。
それを今夜も、アイツは彼女に刻むのだろうか・・・
今更ながらに気付く。
俺はまだ、彼女の事が好きなんだ。
忘れてなんて、いなかった。
この1年間、ずっと想い続けていたんだ・・・
一人、声を上げて泣いた。
他の乗客に見られるのも構わずに・・・
それから1年後。アイツが彼女と結婚するのだと聞いた。
出来ちゃった婚らしい。
おれらの中で、父親になるのも一番乗りだってトコも、アイツらしいな。
なんて、俺に教えてくれたヤツは笑っていた。
俺にはまだ・・・春は来ない。