恋の花咲く事もある
俺は車を持っていないから、電車で行く事になった。
駅で待ち合わせ。
時間きっかりに現れた彼女は、淡いグリーンのTシャツにジーンズ。
長い髪をポニーテールにした、ラフな格好だった。
フェスティバル会場は広いらしいから、きっと歩き回る事になるだろう。
楽しみにしているのが分かり、嬉しかった。
会場に着き、チケットを買う。
彼女の分も、と思ったら、隣の窓口で、自分で買っていた。
奢って貰って当たり前。という態度でないのも好ましかった。
手を繋ぎたかったけれど、彼女は両手で大きなバッグを下げていた。
・・・女の子は荷物が多いからなぁ・・・
広い会場には入場者も多く、天気が良いのもあって暑い。
一休みしようとジュースを買えば、そのお金まで出そうとする。
「このぐらい、奢らせて?」
と言うと
「ありがとう」
と、申し訳なさそうにお礼を言った。
・・・謙虚だなぁ・・・
そろそろ、お昼の時間。
何処かで食事でも、と思っていたら
「あの・・・簡単な物なんですけど・・・」
あの大きなバッグの中身は、お弁当だった。
初デートで、彼女の手料理。
天にも昇る心地を味わうのと同時に、何で荷物を持ってあげなかったんだ!と、自己嫌悪に陥った。
空いたベンチに座ってお弁当を広げる。
おにぎりに玉子焼き、唐揚げ・・・
どれも一口サイズに作ってあり、食べ易い。
そんな、さりげない心遣いも嬉しかった。
「ゴメンね、気付かなくて」
食べ終えて席を立つと、彼女の荷物を持った。
「私が勝手に持って来たんだから・・・」
と、申し訳なさそうに俺から荷物を受け取ろうとする。
その差し伸べられた手を、俺は握った。
驚いた様に俺の顔を見る彼女。
「手、繋ぎたいんだけど・・・良い?」
彼女は恥ずかしそうに微笑んで、頷いてくれた。
繋いだ手は柔らかく、とても温かかった。
それからずっと、駅で別れるまで、彼女と手を繋いでいた。
後ろ髪を引かれる思いで、彼女に荷物を返す。
「今日は、とても楽しかったです」
「俺もだよ・・・また、会ってくれる?」
彼女は、はにかみながら頷いた。
人混みに紛れてゆく彼女の背中を見送って、また、電車に乗った。
・・・やっぱり、車が欲しいなぁ・・・
それからも、メールでの遣り取りは続いていたが、会おうとなると、なかなか難しい。
仕事も忙しくなり、メールでさえ、以前ほど頻繁に出来なくなっていた。
けれど、そのメールが、忙しい毎日の支えにもなっていた。
そんな中、やっと2回目のデートの約束を取り付けた。
今度は水族館。
前回の様に駅で待ち合わせて、今日は駅のパーキングへ連れて行く。
「車、買ったんだ」
新車のミニバン。
勿論、助手席に乗せるのは、彼女が初めてだ。
驚いた顔をしていた彼女は、車に乗ると
「新車の匂いがするね」
と、ニコリと微笑んだ。
水族館に着くと、また彼女は自分でチケットを買おうとする。
「いや、俺が誘ったんだし・・・俺に払わせてよ」
そう言うと、また申し訳なさそうにお礼を言われた。
「実は、デジカメも買ったんだ」
彼女と一緒に写真を撮りたかった。
けれど、彼女は一瞬表情を曇らせた。
・・・写真、苦手なのかな?
手を繋ぎたかったけれど、なかなかその切っ掛けが見付からない。
強引に手を握ろうかとも思ったけれど、その隙も見付からなかった。
それでも、並んで館内を見て回るのは。
楽しそうな、その横顔を見つめていられるのは、幸せだった。
・・・結局、写真は撮れなかった。
帰り道、俺は緊張していた。
出来るなら・・・そろそろキスがしたい。
もし、その気になってくれたなら、このままホテルにだって・・・
・・・その為に、車を買ったのだから。
「・・・あのさ・・・これから何処か行く?」
取り敢えず、食事でも。
そう続けようとすると
「あの・・・今日、友達と晩ご飯食べる約束しちゃったの」
・・・えっ・・・
出鼻を挫かれてしまった。
友達と駅で待ち合わせている、と言う彼女を、駅のロータリーで降ろす。
「今日は、ありがとうございました」
そう言って、彼女は人混みに紛れて行った。
・・・まぁ、彼女と会うのは、今日で、まだ3回目だったんだし・・・
思った以上に落胆している自分に気付き苦笑する。
『今日も、とても楽しかったよ。次は、いつ会えるかな?』
メールを送り、彼女の事を想いながら帰宅の途に就いた。
・・・今日は、返事がいつもより遅い。友達と、話が弾んでいるんだろうか・・・
返事は深夜、日付が変わる頃に来た。
着信音に、ケータイに飛び付く。
開いたメールに、俺は愕然となった。
『ごめんなさい。好きな人がいます。だから、もう会えません。』