複雑な思いなのです
その後もレニー君に請われるまま色々な事を話した。
と言っても魔術学院については殆どがアラート先生の受け売りなんですけどね、私自身も学院はおろか王都にも言った事もないんですから。
魔術については私の主観がかなり入ってしまった話になったからこれからのレニー君の将来の選択に変な影響が出ないか若干心配ではあります。
男爵家を辞する時、レニー君に
「ユリアナ様は僕より1つ下とお聞きしました。だから再来年にはユリアナ様も学院に御入学されるのですからあちらでまたお会いできますね」
そう言われとっさに返事が出来なかった。
お嫁に行くから学院には入学しないんだよってただそれだけの事だったのに・・・見てしまったものだから、不安げに揺れるレニー君の瞳を・・・それが封印したはずの過去の記憶を呼び戻そうとしていたから。
「残念だが彼女は学院には入らない。オレの婚約者としてユーテリアス国に行くことになっている」
私とレニー君の間を割って入り、ガーディが代わりに答えてくれ助かったのですが・・・なんだか少し冷たい声になってますよ・・・なんなんですか?
ああ・・・レニー君はびっくりした顔になりながら次第に残念そうな不安そうな顔になってきました。
多分、学院は貴族の子女が多いって話を聞いて不安になったんですね。
ちゃんと友達が出来るかとか・・・顔見知りの私が1年後には入ってくると思えば不安も少なかったのかもしれないのに・・・
「ごめんね。せっかくお友達になれたのに・・・私、もうすぐ他国に行く事になるから・・・。でも、学院には色んな子がやってくるんだよ。きっとレニー君と気の合う子だっているだろうし、私の兄様も通ってるから、手紙でレニー君の事を伝えておくね。きっと助けてくれるから」
不安そうなレニー君の事は心配だったけれど、これ以上私にはどうする事も出来ない。
レニー君は今回の事で精神的に強くなってきている、だからきっと大丈夫。
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「ユリはレニーと学院に行きたかった?」
帰りの騎馬の上、不意に頭上から声をかけられ振り返ってみれば少し困ったような悲しげなガーディの顔がありました。
先程から何か考えていたようで、会話もなく馬を歩かせていたのですがどうして急に・・・?
「何?急に・・・?まあ、何事もなければ魔力判定で学院に入学する事は確実だったから、色々調べてたしね。学校なんて久しぶりの経験だから少し楽しみではあったよ」
うん。それは本当。
ただ、魔術が使えないから変な目で見られそうで不安ではあったんだよね・・・
学院には兄様も通ってるし、王都にも行った事がなかったから見てみたかったしね。
「今からでも遅くない・・・かな。婚約の件は取りやめよう。“陣”を俺に移せばユリがユーテリアス国に住まなくてはならない理由は無くなる。ライナス達に会うだけなら伯爵を通じて訪問することだって可能なはずだ。」
ちょ・・・ちょっと待って、何故急にそんな話になるんですか?
「ガーディ、ちょっと止めて、馬から降りて座って話をしよう」
なんだか深刻な話になってしまいそうなので、とりあえず馬からは降ろしてください。
慣れない馬上で後ろを振り向きながらする話じゃなさそうですよ。
丁度いい具合に道は川沿いを通っていたのでそこで馬を一休みさせながら木陰でじっくり聞こうではないですか。
「どうして急にそんな事を言い出すの?」
正面を向き合いながら問い詰めてみればちょっと居心地悪そうに目を逸らされてしまいましたよ。
しかも何か後ろめたい事があるのか・・・正座は土の上では痛いのではないですか?
「ユリはレニーが好きだろう。なんだか嬉しそうに見つめてたし、何としても仲良くなりたそうだったし、再来年に来るのかと聞かれた時は応えれなかった・・・言いたくなかった?俺と結婚するって・・・レニーの方ががいいのか?」
ジッと見つめられて正座をしているせいでしょうかなんだか捨てられた子犬のように見つめるのは止めてください。
いやいやいや!ガーディさん何か誤解されてますか?
私がレニー君を好きって・・・それってレンアイノスキトイウコトデスカ?
6歳の子供相手にそれは犯罪ですよ~!!って自分も5歳児だから問題ないのか?
いや!そういう事ではなくて~!!なんでそうなるんですか?!
レニー君はユリアナである私にとって初めての患者で・・・いや、確かに天使みたいな子供だから抱きしめたい~とは思いましたけど!身体の状態を聞きたかっただけだし!・・・何よりレニー君の苦しみがガーディとだぶってしまったから・・・
レニー君を通して昔のガーディを見ていた。だから苦しみに歪むのではなく笑う顔を見たいと思った。
・・・・それに、レニー君のすがるような不安げな瞳がもっと以前の記憶を呼び覚ましたから・・・もう、2度と叶う事の無い願いを・・・
レニー君に恋愛感情は全くない事を力説しながらもあの時の私の気持ちを説明していくうちに身体を持ち上げられ何故かガーディに抱きしめられていました。
小さなこの体ではいとも簡単に膝に乗せられてしまうのはちょっと悔しいですよ。
「オレ、ユリがこの世界に戻ってきてくれた事が嬉しくて一刻も早く自分の元に連れて行きたいって思ってた、今までのユリの生活の事とか気持ちをちゃんと考えてなかったんだ。さっきレニーの問いに躊躇したユリを見てその事に気付いた。」
「レニー君の問いに答えられなかったのはそういう事じゃないんだよ。あの時の瞳が似てたから・・・こちらの世界に召喚される前に担当してた子の瞳に」
由利がこの世界に召喚されたあの日、小児科で担当している男の子の手術日だった。
難しい手術ではあったけど手術の担当の先生は腕の良い信頼のおける先生だったからきっと大丈夫。
前日に不安で眠れずにいるその子にそうやって声をかけていた。
「由利先生も手術に立ち会ってくれる?」
不安そうに見つめてくる瞳に「勿論、麻酔の前にも会いにくるし、術中も見てるよ」と微笑みかけた。
それなのに当日、気付けば“陣”の中央にいた。
もう戻れないのだと。
あの時の約束を守る事が出来ないのだと。
自分の力ではどうする事も出来ない・・・だらか記憶の片隅に思いを追いやっていたのだ。
由利の人生には理不尽な事への憤りとか絶望、諦めが多かったと思う。
そんな人生を終え、ユリアナとして生まれ変わっても記憶は由利のまま・・・その時は今度こそは平穏な人生を歩む事を願った。でも、ガーディと再会し、あの時の魔導師が生きている事を知って由利の人生はまだ終わってないのだと思った。まだ、守らなければならないものがある。
由利の時は力もなく守れなかった大切な・・・
「“陣”をオレに移せばユリは此処で平穏に暮らせる。はじめはそうするつもりだった。」
「私は平穏に生きるつもりは無くなったよ。“陣”の事を知らなかった以前はもう少し大きくなったら国王となったライナス達をこっそり見に行こうとか思ってたけど、今はユーテリアス国で自分のすべき事をしたい」
父様や母様には申し訳なく思う。
慈しんで育ててくれたのにたった5年で両親の元から離れる事になってしまったから・・・それでもいまはガーディと共にありたいと思う。
そう告げてみればガーディは子供の頃のように破顔した。
「ユリは絶対に危険な目にあわせないよ。魔導師だろうと何だろうとオレが守るから、だからこれからの人生は共に生きて欲しい」
真剣な顔で見つめられ、なんだか恥ずかしいです。
ああ・・・でも、こんな頼もしいも言えるようになるなんてガーディもやっぱり大人になっていますネ。
しかし、その口ぶりはなんだかプロポーズのようで変ですよ。
思わず言い返してみれば
「オレの言葉ちゃんと聞いてた?」
と、肩を落として項垂れてしまいました。
失礼な!ちゃんと聞いてましたよ!そりゃあもう、感心して感動してしまいましたとも!
それなのになんでそんな大きな溜息つかれないといけないんですか?