助けたい命
母様が魔術を込めた矢をそろえながら「そろそろ父様達は到着したかしら」などと話していましたがなにやら外が騒がしくなってきました
なにかあったんでしょうか?
まさかこちらに魔獣が来た・・・とか?
心配になって外の様子を見に行こうとしたら突然目の前のドアが開きサイザンさんが駆け込んできました
いった~い!地味にドアに鼻をぶつけました。鼻が低くなったらどうしてくれるんです
「おっ、お嬢!すまん、そんなところに立ってたのか」
鼻を押さえる私に気づいたサイザンさんがあわてて謝ってきました
まあ、いいです。でもノックぐらいはしましょうよ
あ、サイザンさんは自警団の団長をしている方です
唯一の王都出身者で、王都騎士団出身者なのです
昔、父様の部下(父様が騎士団出身なのも驚きですが貴族の子息は騎士団に入団する事が多いのだそうだ)をしていて父様が領地に引っ込む時についてきたらしい
もともと田舎暮らしに憧れていたらしくって嬉々として畑仕事をしている処をよく見かける
「伯爵夫人、伯爵より火急の手紙がまいりました。急ぎ披見願います」
サイザンさんは母様に駆け寄ると片膝をつき、手紙を掲げ差し出す
さすが騎士団出身者だけあって動作は洗練されている
普段は人の事を「お嬢」とよんでは身分の事など気にしない大雑把な人ですが自警団の皆には信頼されて人気がある
「まあ、大変。急いで男爵家に行かなくては。サイザン様、男爵家に魔獣が現れ怪我人が出ました。魔獣は旦那さまとアラート先生により捕縛されましたが怪我人はかなり危険な状態なようです。私が今からまいりますので馬の用意と護衛をお願いできますか」
伝書鳥を飛ばし届けられた手紙を読むと母様はあわててサイザンに男爵家へ向かう旨を伝え騎乗には邪魔になるドレスを着替える為メイドを呼び部屋を出て行ってしまわれました
母様のあわてようからすると患者はかなり危険な状態にあるようです
サイザンさんも母様と自分の騎乗する馬を用意するために厩へ向かって行きました
私もこのままじっとはしていられません
急いで診療所に向いタジル先生から増血効果のある薬草や鎮痛作用、麻酔作用のある薬草を分けてもらいます
魔獣相手での怪我人なら出血している可能性があるのできっと必要となる筈です
母様が『癒し』の魔術を使うにしても経過で必要となる場合もあるのです
「母様、私も連れて行ってください」
薬草鞄を下げて母様の元に直談判です
「お嬢、遊びに行くんじゃないだぞ。向こうはどんな状態かわからないんだ。子供がついて来る処じゃない」
サイザンさんが窘めますが此処は聞き入れられません。どれだけの怪我人が出てるか分かりませんが母様だけでは対処できないかもしれないじゃないですか
タジル先生は診療所があるので連れてはいけないんですから自分が行くしかないです
じっとなんてしてられません
「サイザン様、この子を貴方の馬に乗せてもらえますか」
「しかし・・・」
「この子はきっと皆さんのお役に立てますわ」
母様は微笑みながらもきっぱりと言い切り、私をサイザンさんの方へ促します
サイザンさんは盛大にため息をつきながらも主の命令に従い私を連れて行ってくれるようです
連れて行ってくれるのは嬉しいんですが、首根っこを捕まえて馬に乗せるのはやめてくれませんか
私、猫の子じゃないんですから、洋服で首がしまってくるしいです・・・
*****
男爵家では野戦病院さながらの騒ぎになっていました
父様達が到着する前に魔獣は現れたのだそうだ
大型犬の魔獣だったそうだ。男爵家では魔獣の対策が間に合わず村人の数人と男爵家の使用人の多くが怪我を負った。
そして------
「やはり魔獣はレニーを狙ってきました。あの子の魔力に引き寄せられたのでしょう」
私たちを出迎えてくれた老男爵は少し疲れた表情でレニー君がいる部屋に案内してくれます
老男爵の話ではレニー君はかなりの深手を負っているようです
連れられた部屋は入った瞬間に何やら重苦しい空気を感じました
ベットで眠る男の子、きっとあの子がレニー君なのでしょう
ベットの脇にはアラート先生が、そして少し離れたところに中年の男女がひと組・・・脅えた表情で立っていました
母様はすぐにベット脇まで行くとレニー君の症状を視ます
「・・・・ごめんなさい。私の力では・・・もう」
力なく首を横に振る母様の横に付き私もレニー君の状態を見ました
レニー君は助かる状態ではありませんでした
右わき腹を魔獣に噛みちぎられたのでしょう、肉がえぐれ内臓の損傷も見られます
かなりの出血もあり、いまだに息がある事の方が不思議な状態です
「もういいのです!これがこの子の運命だったんです!やはりこの子は天に還る運命だったんです!」
部屋の隅で脅えていた男性が声を上げます
きっとレニー君の両親なのですね
「あんな力をもって・・・きっと生きるべき命ではなかったのです」
レニー君の両親は魔術を恐れたという、未知なる力を持つ息子を恐れていた
だからって・・・生きてはならない命なんてない
ベットで眠るレニー君の息は荒く、出血の為か顔は真っ白だった
覗き込むように見つめる私に気づいたかのようにレニー君は微かにその瞳を開けた
『イキタイ・・・シニタクナイ』
彼の青い瞳と視線が交わる時、頭に響く声が聞こえた気がした
レニー君の声だったのかもしれない
まだたった6年・・・生命を受けてそれだけしか生きていないのにこんな形で何故死ななければならないなんて
『タスケテ・・・シニタクナイ』
助けたい・・・このまま死なせたくない
体中に巡る己の魔力が心に反応しているのが分かる
助けられる?助けるチカラがほしい・・・もう昔のような思いはしたくない
-----助けたい
「----スキャン----皮膚、真皮裂傷---小腸破損---」
レニー君の患部が手に取るように視えてくる・・・自分の魔力が両手に溢れ出てくる
母様と同じ金色の光。不思議な事なのだけどいまならこの力の使い方が分かるような気がする
「----止血---細胞活性----損傷部修復----」
患部に手を当て患部付近の血流を一時凍結させ、魔力を込め細胞を活性化し急速な細胞分裂を繰り返させ欠損した小腸を再び作り上げる
「血管及び神経修復----破損部復元---真皮、皮膚修復」
ちぎれた血管、神経を慎重に修復、元の位置に繋げてゆく
内臓の時と同じように皮膚を作り上げ、見た目は元通りに戻っていった
一時止めていた血流を元通りに戻す・・・修復した血管からの出血は無いようだ
レニー君の顔に赤みが戻っていった。うん、呼吸も先程より良くなって、脈もほぼ正常・・・
「先生、レニー君はかなり出血しています。増血までは出来そうにないので持ってきた薬草を・・・」
隣にいたアラート先生にそうお願いした事までは覚えているのですが
どうやらその直後、気を失い倒れてしまったようです