さっくりカミングアウトされました
夕食後、母様に早速『癒し』の事を尋ねてみる事にします。
ちょうど父様は先生と何やら話し合っているようですので今がチャンスです。
さすがに父様にまでアンデリックさんの事を話すのは宜しくないですよね。
場所も場所な事ですし、患者(?)の守秘義務がありますよね。
父様たちが話し合っているテーブルから少し離れた窓際で母様はソファに座り刺繍をしていました。
「母様、聞きたい事があるんですけど」
「あら、ユリアナ。なにかしら?」
母様は手を止め、刺繍道具をしまうと私の話を聞く態勢をつくってくれます。
母様は決して子供の話を片手間で聞かない、母親の鏡ですね。
「母様、最近、庭師のアンデリックさんの頭なんですけど・・・」
離れてるとはいえ、同じ室内に居るので父様に聞こえてしまうといけないので少し声をひそめて話し始めます。
「金色の線のようなモノがうねっているのが視えるんです。先生は『癒し』の魔力のせいだっていうんです。母様には視えますか?」
「アンデリックさん?今日もご挨拶していただいたけど・・・何も視えなかったと思うわ」
あぁ母様には視えていないようです。
母様の場合は患部(母様曰く、体の悪い処は青くくすんだ色に視えるのだそうだ。)
そこに向って”治れ治れ”と念じながら歌に魔力を乗せると患部へ魔力が沁み込んでいって『癒し』となるのだそうだ。
・・・・え?医学知識なしですか・・・・母様。
「ええ、私には診療所の先生のような医学知識は全くないの。だからタジル先生のような優秀な先生に基本的な治療を行っていただいて、先生が『癒し』が必要という患者さんを私が治していくのよ」
どうやら診療の主導権はタジル先生にあったようです。
母様は『癒し』の力の効く範囲なら重病人だろうが軽傷だろうが同じ魔力量で治してしまうらしい。
だからタジル先生が患者の選別をし母様の体に負担の無い範囲内で多くの患者を助けられるようにしているようです。
タジル先生・・・すごい人だったんですね。
勿論、母様でも治せない病気や怪我の人もいる。
その人々の患部はどす黒くなっていてもう母様の魔力は届かないんだそうだ
その事を話す母様の顔は少し悲しげだった。
じゃあ、アンデリックさんのアレは母様の中では病気じゃない認識なのですね。
でも、私には視える・・・・違いは何?
やっぱり医学知識の有無・・・なのかな。
アンデリックさんの年齢からすると確かにあの頭髪の寂しさは脱毛症の可能性もあるけど・・・
昔の知識をフル回転です。
魔力が使えないんじゃいつまでたっても挨拶のたびにアレを視なくてはならない。
それはヤダ。気持ち悪すぎる。
薬草で何とかならないでしょうか?
血行促進や代謝の促進が必要なはずだからセンブリやニンジンのエキスあたりか・・・
「まあ、ユリアナは薬草に詳しいのね。タジル先生が医学知識もすごいって仰ってたけど前世はお医者様だったの?」
考え事をいつの間にか呟いていたようです。
・・・・ちょっとまって、いま母様変な事言いませんでしたか?
「あら?ちがうの?でもお医者様って事はもしかして私よりも年上だったのかしら・・・ふふふ、どうしましょう」
「母様・・・あの・・知ってる・・・の?」
言葉になりません。混乱しすぎて何を聞いていいのか、------母様が何を知っているのか。
「ユリアナの母親ですもの。貴女に前世の記憶が残っていて・・・多分、50年前に起きたユーテリアス国の関係者じゃないかしら・・・・という事くらいかしら」
うろたえた私の顔を見て母様が抱き上げ膝の上に座らせ抱きしめてくれます。
・・・ちょっぴり照れくさいですね。
「『癒し』の魔術師の間では時折ある話だって伝えられてるわ。幼い子供が自分の生まれる前の話をするって、でもそれは時が経つにつれ記憶は薄れ、普通の子と変わらなくなる。」
「・・・・私の記憶は薄れてきてない」
それどころか未だ鮮明に覚えている。
忘れる事なんて出来ない。
「きっとそれは今のユリアナにも大切な事だからなのよ。必要のない記憶なんかじゃない。とても大切なもの。ユリアナは隠しておきたいのかも知れないけど、今の生活の為に大切な記憶を押さえ込まないでほしいの」
「母様・・・」
母様はアラート先生から私が魔術を使うことを恐れている事を聞いて前世の事を父様や母様が知っている事を話そうと思ったらしい。
普通に暮らすのなら前世の記憶なんて有っても無くてもどちらでもいい。自分たちの可愛い娘には変わりは無いのだから。
でも記憶が辛いものなら話すことで心は少しでも軽くなるのではないか、悲しみや恐れは消えなくても記憶を共有する事で薄くする事も私たちにだって出来るはずだから・・・・と。
「私の自己満足なのかもしれないけどね」
そう微笑みながら母様は再び私を抱きしめてくれます。
私は俯いたまま顔をあげる事が出来ませんでした。
ひどく混乱して、心の中に恥ずかしさとやましさと嬉しさが入り混じっていた。
「ユリアナ、お前が誰であろうと私たちの娘には変わりは無いよ」
いつの間にか傍までやってきた父様に頭を撫でられ咄嗟に顔をあげてしまいました。
父様はいつもの変わらない笑顔で私に微笑んでくれます。
両親に促されるように私はポツリポツリと前世の話を始めました。
前世で小児科医をしていた事。
理不尽な召喚にあった事。
助けてくれた騎士、サイラス=トルクスの事。
今は英雄王となった子供たちの事。
そして自分の最期の事。
母様はサイラスと由利の結婚の話になると「きゃあ、駆落ち婚ね!ステキ」とはしゃいでおりました。
そして何故か両親と共に興味心身に聞いているアラート先生、目が輝きすぎです。
ひとつづつあの時の起きた事を話す事によって自分の中でも何かが変わっていくようだった。
ユリアナという子供にとっては由利の記憶は強烈すぎるものなのだと思う。
幼い体は膨大な記憶と感情に拒否反応を起こし、記憶は幼い体に戸惑いがあった。
いまこうして由利の人生を振り返る事によってようやく心と体に折り合いがつき始めているようだ。
私はいつの間にか涙を流しながら母様に抱きしめられていた。
泣く事は好きじゃない、おのれの無力さに嘆いたとしても何も変わらない。
涙を流すよりも自分の出来る事を迅速に行動する方がよっぽど建設的だ。
------ずっとそう思っていたはずなのに。
「大丈夫よ」そう言われ、抱きしめられる事の安心感。
庇護を受けながらただ感情に任せて涙する事が出来る事が素直にうれしかった。