彩音と富村 3
「この喫茶店か?」
「うん、そうだよ」
二人は喫茶店「リトルボーイ」に入っていく。別に物騒な意味でこんな名前ではないことを先に言っておこう。外側はなかなかしゃれている感じの店である。微妙に寂れているのは気のせいだ。
中に入ってみればなかなかきれいなもので、客も多少入っている。多分知る人ぞ知る喫茶店なのだろう。祐二は中を見回す。すると知った顔があった。我らが相談部員、新キャラの登場だ。
「お~い。綾瀬~」
祐二はウェイトレス姿の女性に手を振る。実際距離はかなり近いが。
綾瀬と呼ばれた女性はツインテールの栗色髪で、本名は綾瀬みゆき。気の強そうな整った顔が特徴だ。そう、彼女もまた祐二の相談部の一員なのだ。相談部の中では一番新参であるが。
綾瀬その整った顔を途端に赤く染めながら祐二に迫る。
「な、なんであんたがここにいんのよ!!」
今にもかみつきそうな剣幕で祐二につかみかかるが、真っ赤な顔のせいでどうにも説得力がない。祐二は無言で、後ろで少しふくれっ面をしている彩音を指さす。
「まさか・・・彼女!?」
綾瀬は勝手に一人合点しいきなり崩れ落ちる。祐二は綾瀬のいきなりの変貌に戸惑う。
「ええ~っと~~~~そうか、こうすれば良いんだ」
そしてとりあえず同じ高さにひざまずき、肩を抱く。
「あれは俺の妹だ。彼女なんて居るわけが無いじゃないか」
祐二は綾瀬の目を見据えて言う。
「ほんとに?」
祐二は少し笑いを浮かべる。
「ああ、ほんとだ」
「祐二・・・・」
綾瀬はほんわかとした顔で祐二を見つめる。
そして二人の間によく分からないフィールドが形成される。名付けるならピンクフィールドか?
そのピンクフィールドの形成に我慢できなくなったものが居た。
「兄貴!!!」
彩音は焦った様子で祐二の肩をつかみ思いっきり引っ張る。
「あら~!?ゲボァ!!」
いきなり吹き飛ばされた祐二は何が起こってるか分からないまま喫茶店の壁にたたきつけられる。
「・・ちょっと!!祐二が死んじゃうじゃないの!!」
フィールドを邪魔されなおかつ祐二を傷つけられた怒りから、綾瀬は無謀にも彩音に戦いを挑む。
「いいじゃねえか!兄貴争奪戦と洒落込もうか!!!」
彩音もおっさんくさいことを言ってノリノリで相対する。ていうか兄貴争奪戦って何だよ。
二人はゆっくりと差を詰めていく。そして彩音がまず動く。ゆっくりと体制を低くし、祐二に見せた縮地を使おうとする。だがその二人の間に割ってはいる者が居た。それはさっき吹き飛ばされた祐二だった。綾瀬は祐二の超人的肉体のことを知らないので開いた口がふさがらない。祐二はこういった。
「俺は生きている。それだけで十分だろ?」
そう言って喫茶店の席に座る。この局面で使う言葉では全くないが祐二の自信満々な顔に彩音も綾瀬もはぁ、と答えることしかできなかった。
「兄貴はいろいろ罪作りだね」
メニューを開き食い入るように見つめている祐二に彩音が呆れがちに言う。
「確かにな。ハハハ」
笑いながらページをめくる祐二。綾瀬は厨房に戻ったようだ。
「本当に自覚があるのか?」
彩音は怪訝な顔で祐二に尋ねる。
「罪って言うのは俺が銃刀法に違反してることか?」
祐二は少し彩音の方に目線を向ける。
祐二はかなりの武器マニアで、しまいには刀を自分で調合した合金で鍛えたりもしている。しかもその刀は鉄を切れる。
彩音は顔を押さえてため息を漏らす。
「いい、何でもない」
「そうか、お~い!ミセスアヤセ~~!」
ドタドタと大きな音を立てて綾瀬がものすごいスピードで祐二に迫る。
「誰がミセスよ!!!!」
綾瀬は今にもかみつきそうな剣幕で怒鳴る。
「スピードは良いんだが接客が駄目だな。修行してこい」
祐二は手でシッシと追い払うそぶりを見せる。綾瀬はその手を笑顔で掴む。
「接客態度が悪くて悪かったですね。お客様~~」
綾瀬の顔は笑顔だがその中には般若が潜んでいる。なぜなら耳を立てなくても聞こえるほど祐二の手がきしみをあげているからだ。
「馬鹿な・・・・この女にここまでのパワーがあったとは!!!」
祐二はバトルマンガの敵のように心底驚いている。綾瀬は笑顔のまま祐二に顔を近づける。
「それ以上私を挑発すると・・・・分かる?」
祐二は珍しくコクコクと焦りながらうなずく。祐二も怖いものは怖いのだ。
「済まなかった。じゃあ注文して良いか?」
祐二が下手に出ながら質問をする。綾瀬はいつもの笑顔に戻り、紙を取り出す。
「良いわよ」
「彩音は何にした?」
彩音は祐二の持っているメニューを取り上げる。
「ああん」
「気持ち悪い声出さないで」
祐二の頭に綾瀬のげんこつが降る。
「グボォ!!」
そのまま祐二はテーブルに突伏した。彩音と綾瀬はそれを無視しながらやりとりを続ける。
「私はオムライスを頼むわ。兄貴はカレーを見てたからカレーで良いわね?」
祐二はいきなり起き上がり
「大盛りでな」
と言ってまた突伏した。
「んまい!!!」
テーレッテレー!!とてもうまそうに祐二はカレーを食べる。何と一分で食べ終わってしまった。だが彩音が食べ終わる方が早かった。
「兄貴よく食べたね~」
彩音は肘をつきながら祐二を見つめる。
「俺には別腹しかないからな」
「それは逆に少ないんじゃないかな?」
「こまけえことはいいんじゃよ。ところでお前」
そう言って祐二はカフェオレを一口。
「その歳でオレンジジュース改めオランゲジュースかよ」
彩音を指さしながら笑う祐二。彩音は顔を赤くして反論する。
「うるさい兄貴!!私はコーヒーなんて飲めないの!!」
祐二は自分のカフェオレを差し出してほれ、と彩音の顔に近づける。
「これはお子様の彩音にも飲めるかふぇおれというやつだ。甘いから飲んでみろ」
祐二はこのとき気付いていなかった。厨房にいる綾瀬の存在に。彩音は顔を真っ赤にしながらカフェオレを受け取る。
「あ、兄貴が言うんだったら・・・飲んでみるよ」
そう言って口に近づけた瞬間。
「お客様。店内での不純異性交遊は控えていただきます」
綾瀬がコーヒーカップを取り上げていた。
「兄妹」
祐二が自分たちを指さして言う。だが綾瀬はそんなこと聞こえていないようだった。
「なのでこのコーヒーカップは回収させていただきます」
それだけ言って綾瀬は行ってしまった。
「なんだったんだ?あれ?彩音どうした?」
彩音がとても残念そうにしているのだ。理由は聞くまでもない。
「兄貴の口づけが・・・・」
「口づけがどうかしたのか?」
彩音は聞こえたと分かった瞬間顔を真っ赤にし手をばたばたさせる。
「い、い、いいいいいやあ何でもないないないナッシング!!?」
もはや何を言っている分からない。だが祐二は祐二だった。
「そう言うときはもっとクールに決めるんだ。なんでも、ないさ」
祐二は歯を輝かせダンディーに言う。なにげにかっこいい。
「もういいや兄貴は」
彩音はそれだけ言うと席を立つ。
「あ、おい会計はお前だぞ」
祐二も席を立ち彩音に言う。
「分かってるって。兄貴はそう言うところだけはシビアなんだから」
彩音が本日何度目か分からないため息をつく。その後厨房の奥から奇声が聞こえてきた。明らかに綾瀬の声だった。
「兄貴、今日はなんだかんだ行って楽しかったぞ」
彩音と祐二は二人歩きながら夕日を背に受ける。
「俺はただ疲れた。まあ、時間を無意義にするのも悪くない」
祐二節と名付けようか。
「兄貴は素直じゃないね。まあ、それが兄貴なんだから」
この日一番の笑顔を見せながら彩音は祐二に向かって言う。祐二も少し焦りながらこたえる。
「あ、うん。それなら・・いいんだけど」
二人の影は長い。夕日は暖かく彼らを見送った。
次は麗花過去編 2です