SANTA戦争
12月24日はクリスマス・イブだ。
イブの語源はevening(夜)の古語であるevenが省略されたものである。昔、クリスマスは24日の日没から始まり25日の日没で終わるとされていた。なので唯一24日の夜だけがクリスマスの夜なので、クリスマスイブと呼ばれたそうだ。
クリスマスとはChristmasとあるようにキリストの降誕祭だ。神の子が人として生まれてきたのを祝う日。神の力が強まる日。神が唯一、降りて来る日。堕ちてくる日。
だが、24日―――クリスマス・イブはその名の通りクリスマスで唯一の夜である。太陽は地平線の向こうへ堕ち、銀の月が空を支配する。
クリスマスで唯一、イブだけが神の威光が届かない途切れた時間帯なのだ。
すなわち、一番の激戦時である。
「くそっ、弾薬が切れた! 補給はまだか!」
「撃て撃て撃て! 弾幕を途切れさすな!」
間断なく聞こえるのはもう銃弾が風をつくる音なのか手榴弾が地面を吹き飛ばす音なのか区別がつかない。ひとつだけ言えるのは、ここは戦場だった。
深夜に積もらない雪が降る中、俺は突撃小機関銃――M16A4を構えなおした。機関銃に搭載されているスコープを覗き込む。
数日前は信号が青になれば人がぞろぞろと縦横無尽に動きだすのがある種の目玉なスクランブル交差点だったが、今行き交うのは銃弾のみだ。交差点を歩けばいやでも目につく煩悩よりも一つだけ数の多い数字の看板も今この時に限っては誰も見てはしないだろう。
「各隊長、被害報告!」
「一番隊、負傷者多数。二番隊から五番隊までまだいけます!」
「六番隊から十番隊まで被害なし」
「十三番隊、被害軽微ですが押されています!」
トランシーバーから聞こえて来る報告は上々なもので任務が滞りなく遂行されている。
平日なら日常の象徴とも呼ぶべきここで銃を構えている我々は《NewDays》。またの名を《アンチ・クリスマス》。神の支配下の象徴とも言えるクリスマスの終焉を願い、新しい日々を求める武装組織だ。
狂信者どもは神などといもしない偶像を奉り、世界を洗脳しようとたくらんでいる。その勢力は深く長く、現代日本では神を信奉していない者までこの日を祝うほどである。
神による世界の支配を目指す、それが我らの敵《降誕祭委員会》の仕業である。
不気味な儀式を行い、奇妙な術を会得しそれを神の奇蹟だなどと吹聴する人外共の巣窟。世界の従属を本願とする、人類の敵。全ての者が神にひれ伏す世界、それが彼らが創りたい世界なのだ。
しかし、そんなのは間違っている。神などいない。神などに世界を支配されてたまるか。それが我々《NewDays》。
こうして銃撃戦を繰り返すのはその二つの思想がぶつかりあっている結果だ。
「よし、押しているぞ! このまま攻め落とす! 一番隊、行け!」
「Roger」
ビルとビルの隙間の路地から身を躍らせ銃を乱射する。こちらを撃っていた射手があわてて身を隠す。その間に俺を戦闘にして一番隊は、スクランブル交差点を目指して着々と足を進める。
何故、神の力が強くなる《クリスマス》―――我々《NewDays》に不利な時期に戦いを挑むのかというと、彼らはこの時期に驚異的で理解不能な力を手に入れるが、簡単な話、忙しいのだ。
降誕する神を出迎える祭事はもちろん、世界各地のクリスマスの行事の進行、子供たちへのプレゼント、とやるべきことは多い。この二日の為の組織なのだから当たり前といえば当たり前だ。
その隙をついて我々は、ここを拠点とする極東支部―――だけでなく世界各地で同胞たちがやつらの拠点を襲う、数十年来の大規模な戦術行動を起こしたのだ。
各地の状況はわからないが、ここに限って言えば順調である。敵はろくな反撃もできないまま後退していく。このままでは拠点を落とすのはそう時間がかからないだろう。
「よし、三番隊も行け! 落とせるぞ!」
指揮官の興奮した声で伝染したのか部下達の士気も上がり、ある種の熱狂的な空気が出来上がっていた。
しかし、俺だけは蚊帳の外だった。頭を占めるのは冷静な思考による疑念。不意打ちの強襲で交戦を止めて撤退に専念することにしたのか、既に銃弾による応戦は全くない。相手の撤退が鮮やか過ぎやしないか…………?
それを裏付けるようにトランシーバーから声が聞こえた。
「二番隊、壊滅! 二番隊、壊滅しました!」
「馬鹿なっ!?」
壊滅―――すなわち部隊の半数以上がやられた、という報告だろう。先程までほぼ無傷だった二番隊が、事実上の敗北。
だが、司令部が驚いたのはそこではない。
「交戦の報告すらなかったのに、こんな早く壊滅するわけがないっ」
「繰り返します、二番隊壊滅! はやく救え…………」
ぶつりと不自然に途切れたトランシーバーからの情報を信じるならば、無傷だった二番隊はたった数秒の手間もいらない交戦の報告をするよりも早く何もかの壊滅させられた―――ということだ。
この異常事態が示す事実はただ一つ。
「出たな…………!」
血が騒ぐのを感じる。部下が異常事態に騒ぎ始めるが、もう止めようなどと気はなかった。どうせすぐ、実感するだろう。
二番隊がいたのはもう目と鼻の先のスクランブル交差点。そのすぐ先にやつらが拠点としている隠蔽された偽装ビルがあるはず。
俺達、一番隊よりも先行していた三番隊が20メートル先の、昼には芋を洗うようにひしめいていたが人がいないと驚くほど広く思える問題の空間にたどりつく。
だが、そこには先達がいた。
事実上壊滅した二番隊ではない。
灰色のコンクリートと地面に落ちて溶けるまでの純白の景色の中、それはいた。白いヒゲを口元からしだれ柳のように垂らした小太りの老人。
彼のことは知らない。名前どころか巣状すらもわからない。しかし、彼と出会ったものは誰しもが彼をこう呼ぶだろう。
―――――――――サンタ、と。
灰と白の空間で、唯一赤色だけが色素を持つことを許されたように真っ赤な服装が際立っている。袖や裾には白綿の装飾が付けられて、白髪だというのに豊かな頭には服と似たような間抜けな帽子をかぶるのは紛れもないヤツラの証しだった。
「SANTA…………!」
二十メートルも先の俺のつぶやきが聞こえたのか、やつは人徳者のようなほがらかな笑みを浮かべて名乗った。
「降誕祭委員会極東支部・異端審問課(SANTA)課長ギルバード・アルクハンド」
その名乗りは俺に向けたものか、それともヤツと相対して呆然とする三番隊にか。夢から覚めたようにあわてて三番隊は銃を構えるが、もう遅い。奴は既に戦闘態勢に入っていた。
腰の白いベルトから引き抜いたのは、世界最高の威力を持つ拳銃「Desert Eagle 50AE」。女子供が使えば一発で肩が外れるほどの反動がある、人を撃つにはあまりにも過剰な凶器。それが×2で両手に収まっていた。
発砲音は一回。しかし長さは約5秒。発砲回数は8発掛けることの二。発砲と発砲の間が全くなく、弾けるような音が間延びしているように聞こえたのだ。
それに反して、三番隊の人影が倒れた音は一つではなかった。
「う、撃て撃てーっ!」
今さらながらの反撃で三番隊は小機関銃を構えて撃ち放つ。今度の発砲音は一つきりなどではない。拳銃では不可能な、大きな弾倉を備えている機関銃だからこその大量の弾丸による秒間15発のフルオート射撃。敵を蜂の巣にしようと何百にもなるだろう弾丸がうなりを上げて交差点の中央へ飛んでいく。
だが、倒れる音は一つも聞こえなかった。
「HO――HO――HO―――――!」
言葉にするのも馬鹿馬鹿しいが奴は―――笑いながら―――銃弾の雨を―――かわしやがった。かわすというより、移動。瞬きをしている間に10メートルも離れた地点にいて、次に瞬きをすると目の前に立っている。神出鬼没の移動術。
異端審問課(SANTA)(Sanctuary ’N’ Tabernacle)―――ミラのニコライが組織し残した、異形の集団。人の形をした人外。神の軌跡などとのたまい、物理法則に反した魔術・占術・錬金術を使う者。神にひれ伏さない人間を、地に這いつくばらせるための現代の魔女狩り。
その力はすさまじく、デザートイーグル二丁を片手で扱うなんて地味な技から、今のような瞬間移動じみた高速移動までこなす。
銃弾が当たらない敵にどうすることもできず、あっという間に、三番隊は壊滅する。だというのにSANTAは疲労した様子もなく、返り血を浴びでも赤い衣装がそれを隠し、敵を壊滅させた直後とは思えない。
化け物だ。
トランシーバーが何やらわめいているが無視して投げ捨てた。部下が俺を止めるような気配を感じたが、置き去りにした。雪が降る音よりも静かに、冬風よりも速く俺は疾走し、20メートルを軽々と踏破した。
道路に書かれた白線がヤツにスポットライトを当てるかのよううに向かっている―――交差点の中央にいるのだから当然だ。そこに向かって、足を踏み出す。
白線を踏んだ所でヤツは眼が三つあるかのようにこちらに気付いた。気づいたのは耳でか目でか。どちらでもいい。
彼我の距離は約10メートル。小機関銃ならば必殺の距離ではあるが、ヤツは銃弾を避ける。牽制にもなりはしない。
だから、これは邪魔である。
俺は小機関銃M16A4を思いっきり―――投げつけた。銃弾よりも大きいが比較するまでもなく遅い投擲。銃弾を余裕でかわすやつにとってはあくびが出る速度だろう。
ブーメランのように回転する小機関銃を当然、ヤツは瞬間移動じみたかわし方をせず体を傾るだけで避けた。同時くらいだろう、肩掛けヒモにくくりつけてあったピンの抜かれた手榴弾が爆発した。
腹の奥を揺らすような重低音が辺りに響く。手榴弾は空中で爆発したためにコンクリートの地面を巻き込むことはなかったが、地鳴りのような振動が靴底をつたってきた。
常人ならば即死だろう。が、ヤツはSANTAだ。常人どころか人間ですらない。背中に手を回しコンバットナイフ―――刃渡り15センチで鉈に近い―――を引き抜き、手榴弾で出来た真新しい黒い霧の中へ突っ込んだ。
視界が黒煙で満たされ何も見えない。視覚が意味なくなったが、勘は冴えていた。雪が宙でぶつかりあい混じり溶ける音しか聞こえない背後に向かって、右手のナイフを振るった。
返ってきた音は八角形の結晶を斬った音。そしてナイフとナイフがぶつかりあう独特の金属音。
すぐに体をひるがえして、もう一撃。やはり返ってきたのは、雪や風を斬る手ごたえではなく硬く力強い。
思わず離してしまいそうになる右手を抑え込み、今度は足元へ切り込む。もしかすると昆虫のように赤外線の眼を持っているのかと思うくらい正確な手ごたえが返ってきた。
全くもって役に立たなかった黒煙が雪と風によってさらわれると、現れたのは俺のナイフを拳銃のハンドル部分で受け止める赤白のSANTAだった。
「HO―――! まだ子供じゃあ、ないか」
子供―――俺のことだろう、本当に驚いたかのような表情だ。そこだけ写真にとれば間抜けだが温かい風景なのだろうが、二丁の拳銃でこちらの二刀のナイフを受け止める様は殺伐としすぎている。
不意打ちの二本目をも軽々と受け止められて、俺は悪態交じりに問いかけた。
「なんでSANTAがこんな所にいるんだ。日本中の子供にプレゼントを配るのは今夜だろう? あんたら忙しいんじゃないの?」
だからこそ、この化け物であるSANTA部隊がいない隙をうかがって襲撃をかけたのだ。それなのに、ここにいるのは、変である。もしかすると襲撃がばれていたのか、と思ったが現実はもっと悲しい理由だった。
「最近、日本は少子化だからプレゼントするべき子供が減って暇なんですよ」
「あー、サンタすらも職がないだなんて日本終わりそうだなあ」
そう言いつつも振り回されるナイフと銃の衝突は止まらない。
「だいたい、何故あなた方はクリスマスを阻止しようとするのです。神に感謝するべき素晴らしい日だというのに」
「その陰で虐げられている人がいたとしても、か? 独り身だからって肩身が狭く、映画館や喫茶店に行けなくなるような、こんな日は滅ぶべきだ」
「この降誕祭で神を冒涜するような言葉………見逃せませんね」
その時、お互いの腕が止まった。どこかで鐘が鳴る音―――24日が終わって25日が始まったようだ。しかし、一日が終わってもこの戦いは終わらない。24、5日に限った話ではない。クリスマスが滅ぶか、クリスマスを嫌う者がいなくなるまで、この戦いは続くのだ。
雪が降る深夜、スクランブル交差点で赤い服のサンタと黒い服の子供が笑った。
「メリークリスマス」
「なにがメリーだ羊野郎」
ホワイトクリスマスに鳴り響く銃音と剣戟はまだまだ続くようであった。
スクランブル交差点よりおよそ100メートルほどの場所で、綺麗にイルミネーションされたツリーの下に二人のカップルがいた。
「ねぇねぇ、まーくん」
「なんだい、みーちゃん」
「スクランブル交差点のど真ん中であの人たち何やってんの? 踊ってるサンタさんと子供?」
「ああ、あれはね独り身の非リア充が僕達のようなラブラブカップルを妬んで馬鹿騒ぎを起こしているのだろう」
「ふーん、寂しそうだね。まーくんまーくん」
「なに、みーちゃん」
「勤労感謝の日は働く日に感謝するんだよね。ならクリスマスって、何に感謝する日なの?」
「街中がカップルであふれかえるんだ。恋人に感謝をする日に決まっているよ」
勢いで書いた、後悔はしていない。
いや、クリスマスは嫌いじゃないけどね。ケーキ食べれるし。
面白かった、お前は馬鹿か、こんな暇があったら『ネコが勇者の異世界召還論』を更新しろ、などなどの感想があれば気軽にどうぞ。