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怖かった時の話  作者: 氷見


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ネコにしつこくつきまとわれた話

タイトルと内容は少し違うかもしれない

小学生の頃の夏休みの話。

玄関を出て、自転車をしまってある倉庫へ向かうと、いつもの猫が目に入った。

ものすごく安易な「ノラ」という名前でウチの家族に呼ばれていた。


名前で察しはつくだろうけれど飼い猫というわけではない。近所を自由に歩き回り、ときどき我が家に上がり込んでは餌を食べたり、昼寝をしたりする。おそらく他に2,3件回っている家はあり、そこでは別の名前で呼ばれていたであろう、半分野良の猫だった。地域のボス猫だったかと思うが、この話には関係はない。


特にノラに好かれていたわけではないけれど、家に来た時に撫でたり抱いたりするのを許してくれる程度の信頼はあったのだけど、その日は様子が違った。


ノラは私の姿を見るなり、猛烈な勢いで駆け寄ってきた。その時点ではそれが好意的なものではなく敵対的なものだと気付かず、しゃがんだところで引っ掛かれた。


一瞬、何が起きたのかわからなかった。機嫌が悪いときに触ろうとしてひっかれた経験はあったが、向こうから駆け寄ってきていきなり攻撃された経験はなかった。

(何で!?)と思いつつも落ち着かせようとすると、次いで噛みつかれた。さすがに噛みつかれたのは初めてだった。


この時点で異常を感じ、逃げるように倉庫へ駆け込んだ。普段は雨が降っていない限り扉は開けっ放しだが、急いで扉も閉めた。


何だったんだ?もしかして、またたびでも持っていたのだろうかとも思った。またたびを持っていると「それを寄越せ」とばかりに少し凶暴になるところがノラにはあったからだ。とはいえ、駆け寄ってきてひっかき、噛みつくというのはおかしなこと。


機嫌が悪かったとして駆け寄ってきてまで攻撃してくる意味もわからなかった。どう考えても納得できないおかしな事態だった。ただ、その時点では「何だったんだ?」と少し思考してその程度。自転車を出して倉庫を出ようとする。


が、扉の向こうから聞こえてきた鳴き声が、その行動を強制停止させた。


低い声。


それは怒っている時に出す鳴き声だ。怒っているからといって誰もいない場で鳴くことはしない。猫が鳴くのは「誰かに聞かせる」ためだ。つまり「オレは怒っているんだ」と誰かに伝えるための鳴き声。どう考えても倉庫に向けての鳴き声。そう、明らかに倉庫の中の私に向けて鳴いていた。


倉庫に逃げ込んで尚、ノラは私を解放してくれるつもりはなかったようだ。一体何が気に喰わないのか、何を怒っているのか全く見当がつかなかった。


その時点で恐怖を感じた。猫に恐怖を感じたのは初めてのこと。物理的な攻撃への恐怖ではない、ノラの執拗な態度に。猫が「怒り」で人間を追跡するという話など聞いた事がなかったからだ。


猫が怖くて倉庫に閉じこもる。言葉にすると情けないが、その恐怖は体験してみなければわからないだろう。倉庫に閉じこもる以外の選択肢などありえない程の恐怖と考えてもらえればいい。


やがて、鳴き声が聞こえなくなった。

もういなくなったのだろうか。


(やっと諦めたのかな?)

そう思ったと同時にテレビの心霊番組や恐怖まんがを思い出してしまった。


こういう場合、安心したその瞬間…恐怖の演出が入るんだよな。諦めてホントにどこかにいなくなるパターンなんてまずない。

ただ、そんなことを考えたものの、すぐに自分でバカげてるなと思った事は覚えている。そう思いたかった、笑い話にしたかったのをよく覚えている。

そう、いくら何でも、現実にいる猫と恐怖を「演出」した番組や漫画を同列に考えるのはおかしい。仮に相手が猫ではなく幽霊であったとしても、幽霊が恐怖を演出してくるわけもない。


『だからノラが私を安心させたくて気配を消して…待ち構えているなんてあるわけがない』


その考えは私に安心感を与えてくれる。それでも念のためにと横開きの2つの扉を左右にほんの少しだけ開けてみる。もし、ノラが待ち構えていたとしても入ってこれないように、ほんの少しだけ。


わずかに隙間を作り、外を見る。


目が合った。


ノラだ。


ノラが倉庫から少し離れたところでこちらを見ていた。

瞬間、ノラが駆け寄ってくる。


ノラが入れるほどの隙間ではない、それでも焦って扉を閉めた。


こうなると完全に恐怖に支配されてしまう。現実ではあり得ないとしか思えない事が起きたのだから。


ノラが「もう安全だよ、出てきてもいいよ」とばかりに鳴きもせず気配を感じさせないためか、倉庫から少し離れた位置で待ち構えていた。


心霊番組で見た、作り話のような体験談。

安心したところで、何かが現れる。

トイレの個室に逃げ込み、何故か音がしなくなる。安心してそっと外を見れみると外でも中の様子を伺っていた。あまりにもありがちなチープな演出。


だが、今起きたのは、まさにそれだった。


猫によりそれが行われた。


もう怖くて外を見ることもできないし、何も考えたくなかった。何故こんな事が起きているのか、そんな事考えている余裕もなかった。ただただ誰か倉庫の近くに来て助けてくれるのを待ち望んだ。


その日のことをはっきり覚えているわけではないものの、その時点で記憶では家に家族…少なくとも母はいたはずで、大声を出せば気づいてもらえるはずだったが「声を出してノラに聞かれる」のはまずいんじゃなないかとそんな発想をしたのを覚えている。何故そんな発想に至ったのかは全く記憶にないが。


結局、静かにただただ待ち続けた。「もう倉庫の中にはいない」と騙されてくれないだろうかと願いながら。諦めてくれることはもう全く思えていなかったから。


どれほどの時間が経ったのかはわからない。


もちろん、倉庫の外から猫の鳴き声はない。猫の気配も感じない。が、それは「状況が変化していない」だけともいえる。それでもいつまでも閉じこもってもいられない、そう考え始め、安心が欲しくて、もう一度だけ扉を開けてみることにした。


心霊体験の再現ドラマなどで「一度怖い思いをしているのに何でわざわざそんな事をするんだ」と思う行動をとる登場人物。けれど、怖いからこそ確認をして「何もなかった」という安全が欲しくなるのだと思う。そこだけは再現ドラマの中でも「人間のリアル」なのではないかと思っている。怖い思いをしたくて冒険をするんじゃあない。安全を確認したいだけなのだ。


隙間から外を覗くと視界の範囲にノラはいない。

だからといって諦めてくれたんだなどとは思わなかった。少なくとも見える範囲にはいないというだけ、それでも安心感を得たのは記憶にある。


選択肢はその時点で頭に2つあった。「家に戻る」「予定通り自転車を出す」。どこに何をしに自転車を出すつもりだったのかは記憶に残っていないが、家に戻るという選択肢があった時点で大した用事でもなかったのだろう。


自転車を出した場合、帰宅時に待ち構えられていたらまた怖い思いをする。

そう思えばすぐに選択肢は1つになった。


倉庫から玄関までは、五メートルほどのわずかな距離。もしどこかにノラが隠れていたとしてすぐに玄関に駆け込めるはず、そう考え周囲に視線を配りながら倉庫の外へ出ると同時に玄関に駆け寄る。


そのときだった。視界の端に、何かが動いた。


ノラだ。一体どこにいたのか、どこで倉庫を見ていたのか。ずっと見張っていたのか、偶然気づかれたのか、それはわからない。ただ、確かな事はノラが再び私をロックオンしたという事だ。駆け寄ってくる。


急いで玄関の扉を開け、家の中へ飛び込んだ。倉庫から玄関が近いのが幸いした。

倉庫と違い家は「現実感」があった。外にノラは相変わらずいるのだろうが、恐怖の世界から解放された感があった。ようやく安心した。


居間では、母がくつろいでおり、より安心を感じさせてくれた。


事情を説明しようかと思った。ただ、何から話せばいいのかわからなかった。


ノラが執拗に憎悪を向けてきた。あまりに異常すぎて説明のしようがなかったし、しても軽く流される。もし、真剣に取り合ってくれたとしてもだから何が変わるというわけでもない。


結局、外出をやめた理由ぐらいは言わないといけないということで、ただ起きた「事象」をそのまま

「ノラに噛まれた。何か機嫌悪かったみたい」

そう伝えるにとどめた。

母は、それを聞いて何か言ったと思うが何を言ったのかは覚えていない。

その日は、もう外に出なかった。


そして、翌日。

ノラが、いつものように餌をねだりにやってきた。

昨日のことなど、何もなかったかのように。


私の姿を見ても駆け寄ってくることもない。

私は少し怯えながらも手を伸ばし撫でてみる。ノラは嫌がる様子もない。いつもと同じだった。


その後も、ノラは何事もなかったかのように我が家へ出入りした。

その日にあったような異常な態度をその後一度も見せることはなかった。


あの日、ノラに何が起きていたのか。何故あのような行動があったのか。今でもわからない。

ネコという生物がそのような行動をとることはあるのか、調べたこともない。



多分、これが人生で一番の恐怖体験。

「まあそういうこともあるんじゃない?」じゃすまないぐらいに、その時は怖かった。ホントにノラなのか?何が起きてるんだ?っていう。

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