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あわの記憶

作者: あざらシ
掲載日:2026/10/07

新ストーリーとなります。

今回は短編です。


 おはよう、こんにちは、こんばんは。

当たり前の挨拶、当たり前の日常。ずっと続くと思っていた当たり前は必ず誰かの手によって壊されるとあの戦火を前に知った。さて、これは誰の記憶(思い出)か……。


「――しょう!――師匠……」

 遠く広い空に向かって元気よく羽ばたく鳥たちの声に混ざり、誰かが彼女を呼ぶ声がかすかに聞こえる。風に揺られてなびくカーテンの隙間から太陽の日差しがうっすらと肌に照らされるのを感じ、ひと時の平和に身をゆだねていると——

 

「マシロ師匠!!」

「——!」


 つんざくように聞こえてくる大声に叩き起される。閉じられたカーテンを無理やり開けたことによりまぶしい日差しに刺される。一時の平和に包まれながら気持ちよく寝ていた所を邪魔され、思わず不機嫌な表情を浮かべながら声の主に視線を向ける。


「やっと起きましたね、もうお昼ですよ。早く顔洗ってきてください!」

「うーん、ツムグ……もうちょっと寝かせろ……」

「ダメです!今日こそは市場まで出て、食料を買い足しておかないと……」


 のそっとだるそうに起き上がった彼女——マシロはこの戦乱の世で己の願いを叶えるため旅をしている。

 そして未だに独り言を呟く目の前の弟子——ツムグもマシロと共に旅をしている大事な仲間だ。


 ——キュウウウウ


「わっ!そういえば、火をつけたままだった!?……あ〜とにかく!師匠は早く支度してくださいね!?」

「はぁ……分かったから、早く止めてこい」

 

 リビングの方からお湯が沸騰した音がけたたましく鳴り響き、その音で我に帰ったツムグは慌ただしく部屋を出ていく。

 

「あいつ、いろんな意味で逞しくなったな……」


 その後ろ姿を呆れながらしばらく眺めていると思わず苦笑いを浮かべてしまうマシロ。


 この世界では泡晶を巡って大きな戦争が長きに渡り、現在も続いている状態だ。

 

「争えば多くの人が死に、また多くのものが無くなる。ほんと……世の中どうしようもないな」


 マシロは全てを失った。かつて大好きだった故郷の思い出も何もかも。そして彼――ツムグもその一人である。


「あの子も私も、どれだけ強く恐れられていても、無力な人間に過ぎない……」


 吐き出すように静かに呟くマシロは、ふと昔の出来事に思い馳せる。

 

 あれは数年前の出来事、旅をしていたマシロはとある島に流れ着いた。そこはまだ戦争に巻き込まれておらず、人々の活気も溢れていた。だが、裏路地に一歩でも踏み入れればさっきまでの雰囲気とはまるで違った。

 盗みやぼったくりという犯罪に手を染めながら必死に生きる者、食料の奪い合いや殺し合い、そこだけが別の世界とでもいうように荒れ果てていた。


「何処も人が住めるような場所じゃないな」


 不安定な足場を慎重に歩いていく。わずかな光さえも届かず、闇に覆われた裏路地では明かりなんてなんの役にも立たなかった。まるで、この世界のどこにも自分の居場所がないとでもいう様な重い空気を感じる。光はなく、永遠と続く闇の中をただ歩き続けているようだ。


「……まるで、この暗闇が私の最後だと言っているようだ」


 嘲笑うように自分を卑下する。

 握りしめた拳には数えきれない人を犠牲にしてきた証が今もまだ消えずに残り続けている。

 戦争を無くすために踏み出した十年前、かつての仲間たちと共に多くの戦場をかけてきた。その間もマシロの決意が揺らぐことは一度たりとも決してなかった。

 しかし、増え続ける死者に守れたはずの命を蔑ろにする仲間たちに耐えられず、かつての長に刃を向け、裏切った。

 その後、王国派に降伏してもらうよう交渉を持ちかけたが、現王にすら会えなかった結果がマシロの心に重くのしかかる。

 戦争を止められると思われた方法も王国派からすれば所詮はただの夢物語、叶わぬ現実を突きつけられた気分だ。


「情けない、何のためにここまで来たのか……!」


 悔しくて思わずくしゃりと顔を歪めるマシロ。進まないとと焦る思いとは裏腹に重い鎖をつけられたように震える足に、思うように動けぬ体、どうしようもない息苦しさに囚われだんだんとマシロの瞳に光が失われていく。

 その時、誰かが目の前を走り去る姿が目に入る。一瞬だったそれは、まるで小さな光の道標のようで、マシロの思考を一気に現実に戻してくれた。


「今のは……「——!」」


 マシロの声に被さる様に何やら大通りの方から言い争っている声が聞こえてくる。

 なるべく目立つような行動はしたくなかった。しかし、何故か行かないと後悔してしまうような気がした。

 単なる思い過ごしか、それとも呼ばれているのか……。


「……行ってみるか」


 そうして薄暗い路地を抜けた先にその光景を見た。感情を全て削ぎ落としたような表情、何度も殴られ、蹴り飛ばされても叫び声一つ上げない、まるで壊れた人形の様な少年と目が合う。

 空っぽの様な姿は昔のマシロにそっくりだが、瞳の奥底には希望の灯火が微かに光り輝いている様に感じ取れた。

 ――行かなくては

 マシロの胸の奥で謎の使命感が溢れ出てくる。同情?哀れみ?いや、そんなものじゃない。もっと別の何かだった。

 そうして彼女は自身の剣を始めて誰かを守るために引き抜いた。もう、彼女に迷いは感じられなかった。


 

「この泥棒が!二度と悪さ出来ねぇようにしてやる!」

 ――痛い

「なんて汚い子供なのかしら……近寄らないでちょうだい」

 ――いたい

「ほんと、これだから親無し子は……」

 ――ずっといたいのが治らない

 

 ドカっと殴られる音が段々と遠退いていく。

 生まれた時から何も無かった。ずっとひとりぼっち。

 それでも生き続けたのは何故なのか、そもそも何故少年は生まれてきたのか、何のために?その理由を無意識にずっと探していた気がする。

 少年は薄れゆく意識の中で、ただひたすらに相手の怒りが治まるのをじっと待つ。

 しかし、何時まで経っても終わらぬ痛みに今まで耐えてきた心がポキリ、ポキリと折れていく音がして、次第に何も感じなくなっていく。

 

「……でも、もういいや」


 全てに諦めたような力無き声が、泡のように弾けて消える。忘れさられた願いに未練を残しつつ、次は平和な世界に生きたいと焦がれながら少年はゆっくりと瞼を閉じていく。そのまま迫り来る怒りという凶器に向かって他人事のように眺める。


 「かぁさん、とぅさん……」


 見たこともない、いるかもわからない存在にすがるようにゆっくりと深い眠りに身を委ねようとした――その時


 ――キン!


「こんな幼子に刃を向けるとは……世の中落ちたもんだな」

「な!お前は……処刑人!反逆派にいるのではなかったのか!?」

「ほう?こんな所まで私の噂が流れているのか……安心しな、命までは取らないさ」


 綺麗な金髪をゆらりとなびかせ、大きな大剣を振るい相手に威嚇するように突きつける。立ち姿に厳格さを纏う彼女の瞳はまるで全ての色を溶かしたような綺麗な虹の光を映し出していた。


「――おい、子供。大丈夫か」

「……??」


 まるでその言葉が理解できないとでも言うように目の前の少年は落ちかけていた意識を彼女に向けながら首を傾げる。その姿を見て悔しそうに顔をしかめた彼女は悟った。この少年は今までずっと一人で耐えてきたのだと。誰も助けてくれず、求めず、ずっと——。

 そんな尊い命が先程、消えかけていたのだと。

 

「お前は……生きたいか?それとも、死にたいか?」

「いきる、しぬ?……ぼくは、じぶんのゆめをかなえたいな」


 マシロは知っている。この戦乱の世界で苦しんで、悲しんで、絶望に飲まれて生きることを諦めた人々のことを、このままでは少年がいつか同じ末路を辿ることになってしまう。

 今まで何人もそういう人を見てきた。助けようとも助けられなかったことだってあった。そういう偽善の行為が無駄だということも理解している。だが、マシロはこの少年を見捨てたくない。それは昔の自分と重ねているのか――あるいは……。

 

「……私の名前はマシロ、私の幸せを取り戻すために色々な所を旅している者だ。少年、もし行き場を無くして困っているのなら、私と一緒に来ないか?」

「お姉さんについて行けば……ぼくのゆめ、かなえられる?」

「……ああ、少年が望むならきっと——」


 そう言うと彼女――マシロは勢いよく立ち上がり、少年に手を差し伸べて声高らかに宣言する。


「よし!今日から私はお前の師匠だ。私が、お前に足りないものを教えてやる。そして何時か……お前の夢を叶えに――一緒に行こう、ツムグ」


 少年は初めて虚ろな表情を歪め、驚いたように目を大きく見開く。その表情に満足したとでも言うようにマシロは豪快に笑っていた。

 

 ――ツムグ(ぼく)は初めて、この綺麗な世界の色を知った。



「……懐かしいな、そう思うとツムグも成長したものだ」


 その後、ツムグを弟子に引き取ったマシロは彼に一から色んな知識や戦闘技術、泡晶具の使い方を叩き込んだ。ツムグは学んでいく中で自分の好きなもの、嫌いなもの、やりたいことを理解していくようになり、次第に感情を取り戻すことに成功した。夢までの道のりは遠いが、昔よりも笑顔を見せてくれるツムグにマシロは満足していた。


「師匠〜!早く来てください!昼餉冷めちゃいますよ〜!」

「ああ!今行くよ!」

 

 昔の思い出に馳せているとなかなか降りてこないマシロに痺れを切らしたツムグが彼女を呼ぶ声が部屋に響き渡る。

 ペタペタと冷たい廊下を歩き、目当ての部屋の前まで行き扉を開けると少しむくれた顔を浮かべながらも嬉しそうに出迎えてくれるツムグが目に入る。


「もう!遅いですよ師匠!早くしないとお店閉まっちゃいますよ〜。急いで食べて出かけますよ!」


 早く早くと急かすようにマシロを呼ぶツムグ。

 

「おいおい、何もそんなに焦らなくても……ここにはもうしばらくの間、滞在していく予定だろ?」

 

 そんな彼に仕方ないと諦めたように苦笑いを浮かべる。

 現在滞在しているこの島は、未だ戦に巻き込まれていない数少ない安全地帯の一つ。一昨日まではずっと野宿続きで疲れていた体は、この島についてから限界が来たのか昨日まで死んだように眠っていた二人だった。

 

「そう言って、この前の島でもギリギリまで買い出しせずに居たせいでここに来るまでに相当苦労したじゃないですか!?」


 マシロより回復するのが早かったツムグは昨日の夕方ぐらいには次の目的地の確認や、市場の様子を軽く確認がてら出かけていた。

 そんなしっかり者のツムグに前回の旅の失態を指摘され、思わず視線をそらしてしまうマシロ。

 

「ああ、そういえばそんな事もあったな〜」

「忘れないでくださいよ〜〜!」


 手をひらひらさせ誤魔化すように笑うと明らかに不機嫌な顔を向けられる。

 

「ははは!すまない。ならば、早く食べてしまおうか」

「——!いただきます!」


 マシロの声を合図にツムグは弾かれたように手を合わせた後、勢いよく食べ始める。

 過去を振り返っていたからなのか、かつての面影がないツムグを見て思わず呟いた。


 「本当に、お前と出会えてよかったよ」

 

 マシロの心からの本音を唐突に吐き出されたツムグは不思議そうに見つめ返した。


 「急にどうしたんです?」

 「いや、昔のことを思い出してな……成長したな、ツムグ」

 

 急に褒められたツムグは照れくさくなり、誤魔化すように再び食事に意識を向ける。そんな姿を微笑ましそうに眺める。


 この時間が、この幸せがずっと続けばいいのにと懇願してしまう程にマシロにとってツムグの存在はかけがえのないものとなっていた。

 ツムグに出会わなければマシロは今ここにいなかっただろう。未来を進むことは一度立ち止まってしまえば、その先の道が分からなくなってしまう。そんな暗く、深い闇の中を一人、ただひたすらに歩き続けた。

 あの日、マシロは限界だった。変わることのない戦果に救えなかった多くの命、中には見捨てた者や自ら奪ってしまった者もいた。

 ——そうしないと生きられなかった。それはただの言い訳にしか過ぎない。それでも、失った命を背負うことで前を進めていた。立ち止まる恐怖を理解していたからだ。


 「私はあの日、ツムグに救われた」


 止まりかけた思いを進ませてくれたツムグは、マシロに救われ恩師として慕っているが、マシロにとってツムグは太陽であり、希望であった。


 「師匠?どうしたんですか?今日はちょっと変ですよ」

 「……いや、何でもないよ。さて、早く食べて市場に行くぞ!」


 いつの間にか食べ終わっていたマシロはお皿を重ね、立ち上がりキッチンへと消えていく。


 「ええ!?ちょっとまってください師匠!お皿は僕が洗うので師匠は大人しく——」


 ——パリン!

 ツムグが言い終わる前に食器の割れる音が鳴り響く。


 「ツムグ~!」

 「ああ〜!言ったそばから何やってるんですか師匠!」


 軽い説教をしながらツムグもマシロの元へ急いで向かう。ほんの一時のやり取りが、彼女たちにとって新たな思い出となる。

 長く、終わりの見えない争いに必死であがき続ける彼女たちは、いつか争いの先にある平和を夢見て、世界にあふれる記憶の泡たちに囲まれながら進むのだ。

 例えそれが二人にとって過酷な選択が待っていたとしても——。


 市場は大勢の人で賑わい、人々が行き交う度に色とりどりの泡晶が辺りを包み込む。

 中には生活用の泡晶具や、武器・武具に付与する用の泡晶を売り出している専門店もあり、ここが今までよりも、大きな貿易島だと改めて実感する。


 「これだけ大きな市場だとしばらくは食料に困らなさそうですね」


 嬉し気に声を弾ませ、目を輝かせるツムグ。

 

 「流石、王国の流通島とまで言われているだけはある」


 その隣を感心したように呟き、フードを深く被り直しながら歩くマシロ。

 

 この島は最も王国に近い。貿易を中心に様々な商品が市場に出品されており、ここでしか手に入らない商品も数あることから、自然と人が沢山行き交うようになった。そのため、1番情報収集にも最適な島であり、その分人に言えない裏事の噂も多々。

 マシロは今までの旅路で、多くの戦場に乱入し、止めてきた。その所為か、反逆派と王国派どちらともに顔が割れており、見つかればタダでは済まされない。己の強さを過信しすぎた結果だった。


「師匠、しっかりフードを被っててくださいね?素顔がバレては狙われてしまうので」

「わかっているさ。しかし、強き者が世界を制す……とはよく言ったものだな。本当に出来たら苦労しないさ」

「……これもよく言う“運命“なんでしょうか」

「さぁな、だが運命だとしても抗ってやるさ」


 余裕そうに鼻で笑い、呟くマシロ。そんな面倒な立ち位置にいる自分が、身元が割れてしまえばツムグを巻き込んでしまう。そんなことは絶対に避けたいと改めて強く決意するようにフードの端を強く握りしめる。

 そんなマシロを余所にツムグは初めて見る光景に目を輝かせていた。


 「見てください師匠!泡晶火が売ってありますよ!」


 泡晶、それはこの世界の人々が扱う特殊な力。しかし、特殊故、皆二つ以上の力は使うことができなかった。

 このままでは力の持ち腐れ、何とかして大勢の人間がより多くの力を使えるようになるのか、当時の偉い研究者達が考え抜いた結果、その力を具現化させ、それぞれが”使えない力“を自由に扱えるようにと開発された。

 その一つが炎を扱う——泡晶火と言われている。その他にも、水や土、風等様々な力が使える。これを一貫して泡晶具という。これらはこの島のメイン商品物とされ、広く取り扱われている。

 

 「泡晶火は旅に貴重な火種だからな。買っといて損はないだろう」

 「はい!ぼく買ってきますね!」


 一言マシロに声をかけた後、一目散に駆け出したツムグ。

 

 「あ、おい!……まったく、せわしない奴だ」


 静止の言葉をかける前に走り去ってしまった後ろ姿を呆れつつ、諦めたように笑うマシロ。

 

 「いったい、あの性格はどこから来たのやら……」

 いや……今が本来のツムグなのだろうと納得するマシロ。

 いつの間にか来た時よりも人が増え、ツムグの姿もすっかり見えなくなってしまう。

 このままではいずれ人の波に攫われ、迷子になってしまうと危惧したマシロは広場へと足を向けた。

 歩いて行く道中、ふとマシロは妙な気配を感じとる。そして、微かな違和感が浮かび上がってくる。

「今日はやけに人が多いな……何かイベントごとでもあるのか?」


 そうこうしている間もどんどん人が増えていき、お昼にしては妙な賑わい方をしていた。

 念の為にとマシロは辺りを警戒しながら進んでいく。

 ——ドンっ!

 周りに意識を向け過ぎていたせいか、近くにいた気配を感じ取れず誰かとぶつかってしまう。

 

「ッ!——すいません」

「——!」

 

 マシロが軽く謝罪をすると、こちらを見た途端何やら慌てた様子でその場を急いで去っていく。

 あまりにも怪しい動きに、見逃せるはずもなくマシロは気づかれないように気配を消しつつ後を追う。



 ——一方、数分前にマシロと別れたツムグは泡晶火の他に使えそうなものはないか物色をしていた。


「うーん、泡晶水も買っておこうかなぁ……」


 独り言を溢しながら選んでいると、他の買い物客の噂話が耳に入ってくる。


「最近、隣の島に反逆派に寝返った者がいて処刑されたらしいわよ」

「知ってるわ〜なんでも、泡晶を規定以上使ったにも関わらず、そのまま隠蔽工作しようとしたらしいわね」

「隠そうとしても泡晶の色で分かっちゃうから無駄なのにねぇ」


 泡晶はとても便利なもの。だからこそ、その身に受ける代償も大きい。それは、この世界に生きるものとして皆が十分に理解している。だからこそルールが定められたのだろう。しかし、ルールを定めればそれに反発するものは自ずと訪れる。少しでも規定を超えることが王国派としては処分対象になるのだろう。


「泡晶か……僕にはまだ、力が存在しないから皆の気持ちが分からないや」


 この世界にはどんな人も一つは泡晶の力を使えるのだが、ツムグはマシロと出会う前から今までずっと力を使えた試しがなかった。一度、マシロの泡晶で調べてみたが、本当にツムグには何も無く、まっさらな透明のようだとマシロは呆気にとられていた。


「結局、あれからもずっと泡晶が使えなくて、師匠も随分困り果てていたなぁ」


 情けない自分に思わず肩を落としてしまう。マシロみたいに強い力があればと嘆いているツムグの耳に、更に驚くような情報が入ってくる。


「そうそう、この間東近くの島が反逆派によって落とされたんですって!」

「いやねぇ……王国派は何してるのかしら?」

「仕方ないわよ!ほら、そろそろ後継者を決めなきゃじゃない。それで忙しいのよ!」

「もうちょっと、市民のことも考えて欲しいわよねぇ……あの辺の島民達、大丈夫かしら?」

「さぁ……?次の国王様はちゃんとした人がいいわねぇ」


 元々、軍事力や戦争のための資源は王国派が有利だった。しかし、仲間を増やし続ける反逆派の中には王国派から寝返った者もいれば、小島の長もいた。そのため、反逆派も着々と力を蓄えている。

 そんな中、王国派は次の跡継ぎを決めるのに大忙しといった様子。もし、その隙をついて狙った反抗ならば、反逆派の勢力がどんどん成長していき、終いには王国派は殲滅させられるのでは——。

 そこまで、考えたツムグに嫌な予感が走る。


「このままだと近いうちに大きな戦争が起こるかも……もし、そうなれば——」


 大きな戦には多くの犠牲が伴う。ツムグは戦争後の一部を知っている。


「師匠……」


 不安を抱えるツムグはふとマシロのことを思い浮かべる。彼女の旅の目的は反逆派と王国派の戦争を終わらせること。もし戦争に参加することで目的が果たせるのならば、強い彼女は必ず戦場へと繰り出すだろう。

 本当は、人一倍争い事を好まないマシロは強すぎる力のせいで、負わなくていい傷を負うだろう。

 ツムグにとってそれはあまり好ましくないことだった。例え、それしか道が無かったとしても、これ以上己の師が傷つくところを見たくなかったからだ。


「そもそも、どうして師匠は戦争を止めようとしているんだろう……?」


 それは今までの旅で深く考えなかった疑問だった。マシロにとっての旅の目的、それは本人にしか分からない。

 マシロのことを考えるあまり、余計に彼女が心配になっていく。ツムグは急いでマシロの元に戻ろうと忙しなく足を動かし歩き出す。


 ツムグが先程マシロと別れた所まで戻ると、そこに彼女の姿は無かった。


「まったく、師匠はどこに行ってしまったのだろう……あの歳で迷子とか……ないですよね?」


 不安になるツムグは行き交う人々をしばらく観察した後、重い足取りでマシロを捜索しに行く。


「もう!世話のやける師匠ですね!」


 思わずと言った愚痴を零しながら必死に足を動かし、探し回るツムグ。

 人の流れに飲まれながらも必死に抗い、途中何人かに聞き込みを入れつつ、ようやく最後に見たという目撃情報を頼りに歩いていくと広場に行き着く。

 水が静かに流れる噴水を中心に、談笑する人や通りかかる人達。そんな周りにも目もくれずツムグは己の師匠を探し続けた。しかし、そこにもマシロの姿は何処にも無かった。



 いつの間にか日は落ちていき、周りにいた人は少なくなり昼間の賑わいとはうってかわり、辺りは静けさに覆われていた。

 あの後、どんなに探し回っても結局、マシロを見つけることが出来ず、途方にくれたツムグは最後に見たという広場でマシロが戻ってくるのを待ち続けていた。


「師匠……どこまで行っちゃったんですか?」


 辺りが静かになるにつれツムグは不安に駆られる。

 まるで世界に自分しかいないような錯覚にさえ陥ってしまう。もしかしてマシロに何かあったのでは、このまま彼女に置いていかれるのではないのか。

 ツムグは心細くなり、思わず俯いてしまう。思考も段々と卑屈になっていくばかりで、彼を現実に呼び戻してくれる存在は誰もいなかった。


「また、一人ぼっちになるのかなぁ……」


 かつてのトラウマがよぎる。何も無かったあの日々に戻ってしまうのかと思うと、何故か胸が苦しくなる。


 いいようのない不安を抱えながらも待ち続けることしばらく、ツムグが諦めて先に宿に帰ろうとしたその時、暗がりの先に誰かがこちらに歩いてくる気配を感じとる。


「あれは……!し、師匠!?」


 じっくりと目を凝らしてみると、それはフードを外し、綺麗な金髪を靡かせる女性——マシロが神妙な面持ちでやってくる。


「マシロ師匠!今までどこに——」

「……」


 嬉しさと安堵を滲ませながらも怒っていますといった声色で近づくツムグ。

 途端——ガシッ!とツムグの腕を強く握りしめる。

 困惑するツムグにマシロは目もくれず、彼の腕を無理やり引っ張りながら早足で歩き出した。


「ちょっと……師匠!?ど、どうしたんですか、急に?」「……」


 今までにないほど緊迫した雰囲気が二人の間に漂う。

 こんなに必死な彼女をツムグは見たことが無かった。いつもは明るく能天気でだらしないが、とても強くて明るく頼もしい存在だった。そんないつも見ていたマシロとうって変わり、まるで別人になってしまったように感じられた。


「し、師匠……フード、してなくていいんですか?」

「……ああ」


 周りの視線が痛々しい程に突き刺さり、人々が警戒しているのを感じ取る。自分の素顔を晒していても気にもとめずにマシロは素っ気ない返事を返しつつ、ただ歩き続けるだけだった。

 いつもと違う彼女にこの時のツムグにはただ着いていくしか出来なかった。


 ——宿に到着すると、マシロはそうそうに荷造りを始め、出立の準備に取り掛かった。


「え、師匠、なんで荷造りをしているんですか?出立はまだ先の予定ですよね?」

「……ツムグ、予定変更だ。今日中にこの島を出るぞ」

「出るって、そんな急に!?……師匠!変ですよ!僕がいない時に何があったのか説明してください!」

 

 そんな彼女に驚き、思わず声を上げてしまうツムグ。更に返された返答に再び動揺を隠せないでいると、有無を効かせぬ圧でマシロはツムグに言い聞かせる。


「いいから!……いずれ話す。早く準備しろ」


 何も言えなくなったツムグは渋々と身支度を始める。そんな彼を何やら複雑な気持ちで眺めるマシロ。

 ツムグが出ていくと張り詰めていた警戒を少し緩め、長いため息が出る。


「はぁ……ツムグを巻き込みたくは無かった」


 マシロの呟きは誰に届くでもなく、静まり返った室内にこぼれ落ちていく。

 

 マシロはあの後、気が付けば路地裏に足を踏み入れていた。しかし、件の人物は何処にもいなかった。

 剣を抜き取り、戦闘の構えをとり周りを警戒しながら歩いていると、どこからともなく強い風が吹くと共に泡晶が絶え間なく流れついてくる。


「泡晶?すごい量だな」

 

 感じた異常の正体は、この膨大な数の泡晶だったのだろう。見た事のない量に圧倒されながらも納得し、剣を納め、改めて泡晶を観察してみるマシロ。

 すると1つの疑問に辿り着く。


「この泡晶、色が濁っている?……この近くまで反逆派が来ているのか?」


 しかし、そんな気配は一切感じなかった。怪しみながら、先を進むと——ブワッと

 どこからともなく風が吹き荒れ、マシロは思わず目を瞑ってしまう。


「ッ!——ここ、は」


 ぼやける視界の中瞬きを数回し、ゆっくり目を慣らしていくと、広々とした廃村がマシロの視界いっぱいに広がっていた。


「この島に、こんな場所があったなんて……」


 射し込む光がまるで別世界に迷いこんでしまったように映し出す。見たことの無い光景に心が踊り、マシロの好奇心が刺激される。

 するとそこへ先程の泡晶がチラホラと流れてくる。まるで呼んでいるみたいに感じたマシロは従うように泡晶が流れている先に向かって歩き出す。


「……静かだ」


 どんなに歩いても人の気配が一切感じ取れない。生活跡は残っているが、どれもこれも壊されボロボロのまま放置されている状態だった。

 進めば進むほど足場は悪くなっていき、思った以上に広く歩くのもやっとだった。そして、ようやく辿り着いた場所にはこじんまりとした遺跡が佇んでいた。


「!な、こいつは——!?」


 そこでマシロは先程の人物と対面する。しかし相手は——泡晶に呑まれかけており、意思疎通が出来る状態ではなかった。

 おそらく昔、この廃村に住んでいたものだろうか、と考察を巡らせていた時、マシロの顔に泡晶が当たり、見事に弾けて消えた。

 その瞬間——


「その後は、無我夢中でここまで帰ってきたのか……あの場所にツムグがいなくて良かったが、根本的な解決にはなっていないな……どうしたものか」


 己が見たもの、感じたもの、全て嘘ではなく現実なのだと嫌でも理解してしまう。そしてあの時見えた泡晶の記憶、あれは世界の真実と言っても過言では無い。今マシロが出来ることはたった一つ、王国派にこの真実を伝えることだった。これは運命か、はたまた必然か、それは本人達にも分からなかった。


 太陽が沈み、夜の暗がりが辺りを包み込んだ。

 すっかり静まり返った市場の中を物音を立てないように静かに移動するツムグとマシロ。

 傍から見たらすごく怪しまれるのだが、何せマシロの素顔がバレて大事になる訳にはいかない。二人は辺りを警戒しつつ、島の出口へと向かう。


「……よし、ここまで来れば大丈夫だろう」


 島の門を抜け、森に入った途端マシロはひと息ついた。それを合図に続いてツムグも張り詰めていた空気を吐き出して全身の力を抜く。


「はぁー……それで、師匠は何を隠しているんですか?そろそろ話してください」


 訳も分からぬまま連れてこられたツムグにとっては謎だらけだった。そもそも、あの島を出た理由もマシロがあんなに焦っていた理由も分からないのだ。

「ああ、そうだな——軽く歩きながら話そう」

 ツムグはいい加減教えて欲しいとマシロを問いただし、渋々といった感じでマシロはことの詳細を説明し始めた。


「始まりは私がとある遺跡を見つけてしまったことからだ

 おそらく、あの島には島民すら知らない遺跡が存在する。

 私は誤ってそこに足を踏み入れてしまった。瞬間、まるで違う世界に来てしまったのかと錯覚させられた。それ程に異常な場所だったさ、あそこは」

 冷静に、だが表情は強ばっており少し震え混じりに淡々と話し始める。マシロがあの時感じたもの——神々しさの中に逆らえぬ程の凄まじい恐怖。その様はツムグにもひしひしと感じさせるほどだった。


「私は、そこで古代の王に会った。いや、亡骸に会ったというべきか……王は、誰かに全てを伝えるために待っていたのかもな。彼の記憶を泡晶が見せてくれた。」

「あれは——この世界の本当の歴史だった。泡晶と人間達との関係を教えてくれた。泡晶の本当の使い方も。

 この情報を現王との交渉材料にすれば……おそらく王国派と反逆派の争いを無くす鍵になる。

 あの記憶は王国派の後継者にも関わるだろう、きっと王様はこの取引に応じてくれるさ」


 そう話すマシロは恐れながらも、長き旅路の終止符を打つための方法を見出したように闘志に燃えていた。

 そんなマシロがツムグにとって今までで一番恐怖した瞬間だった。

 自分は誰と話しているのだろうか、本当に戦争を終わらせられるのだろうか、様々な不安が溢れる中でマシロに何かあった時がツムグにとっては一番怖かった。

 だが、今の彼女を止める手段をツムグは持っていなかった。そして確信する。ああ、彼女は真実を知っておかしくなってしまったのだと。


「……師匠は本当に、戦争を終わらす為ならなんでもするんですね」


 悲しそうに呟いたツムグの声は誰にも届くことなく静寂に溶けていった。

 自分に力がないことを物凄く後悔したのは後にも先にもこの瞬間だけだった。


 歩き続けることしばらくすると、ようやく王国への入り口が見えてきた。円形状に取り囲む高い壁が、この世界で一番安全性が高い場所だと感じさせられる。


「見ろツムグ、あれが……王国だ」

「……師匠、本当に行くんですか?今ならまだ引き返せます、もっと別の方法を——」

「時間が無いんだ!」


 必死に引き留めようとしたツムグの言葉を遮るように鋭く叫び声を上げるマシロ。

 マシロにとってこの数年間、ツムグと出会うまでは辛く、苦しい道のりだった。それがようやく終われるという喜びと夢が叶う嬉しさに歓喜していた。

 マシロにとって絶好のチャンスだった。それを邪魔されるのならば容赦なく返り討ちにしてやろうと考える程には我を忘れているようだとツムグは思う。


「……早く行こう、戦争を止めるために」

「……は、い」


 道中、二人はずっと無言で森を抜けた。今までに感じたことの無い重い空気が流れる中、向かう先は王国島。

 通称、世界の始まりともいわれている島である。人々はここから生まれ、様々な島をこしらえ繁栄していったとされている。

 そして、ここからが二人にとって長い旅への終わりと始まりだった。


 王国島の門前には入国調査をする軍服の二人組が門番として立っていた。世界にとって最も位が高いもの達が統べる島なだけあってセキュリティも頑丈なことから流石というべきだろう。

「戦争の影響だな、以前より警備が厳重になっている」

「師匠、王国島に来たことが!?」

「お前と出会う前に一度だけな。戦争を止める様、現王に告発しに行ったんだが……追い返されてしまった」

 当時の記憶を思い出し、悔しさが隠しきれていないのか少しだけ顔をしかめてカラカラと苦笑いをするマシロ。

「なら、この島に入れたとしても交渉できるかどうか……」

 一筋縄では現王に会うことが難しいと悟ったツムグは不安気にマシロの方に視線を向けた。しかし、マシロの表情は一切変わらず、何やら余裕の表情を浮かべている様子。

「今回こそは大丈夫だ。きっと上手くいく」

 何か策があるのだろうか、と考える内にいつの間にか門前まで来ていた。


 ——ガシャン


「そこなフードの二人組、この島に何用か?」


 厳格な態度に鋭い眼差しの中にほのかな威圧を感じる。思わず背筋が伸び、冷や汗が流れ緊張が身体を駆け巡る。


「えっと……」

「用がないのなら改めよ、ここは子供の遊び場ではないのだ!」


 真っ向から怒鳴られ、すっかり押し黙ってしまったツムグ。そんな時——ポンっと何やら頭に重みを感じた。

 その正体はマシロがツムグの頭に手のひらを乗せていたからだ。そして安心させるように一撫した後、庇うようにマシロは前に出て門番と対峙する。


「……後継者問題で取り引きをしに参った。現王に会わせて欲しい」

「——!何!?そんな者居るはずが無い、デタラメを言うな!……さては反逆派の差し金だな?王家の後継者問題に漬け込むとは……!」


 マシロの言葉に更に警戒を強めた門番の一人は声を張り上げ、警戒を強める。更には持っていた槍をマシロに向かって突きつけ威嚇する。

「王の暗殺を企んでのことだろう!?今すぐにでも排除してくれる!」

「——っ、違う!私は現王と取り引きするために来た!今度こそ、戦争を止めるために」

「黙れ!貴様ら反逆派が考えること何て丸わかりだ!」

 二人の威圧に圧倒され周りが怖気付く中、一人だけその光景を傍観しつつ、こちらを観察する者がいた。

 そう、もう一人の門番だ。彼は何やら納得した様子で一歩前に出てマシロとツムグの前に立ちはだかる。

 

「——うむ、通って良いぞ」


 彼が一言、そういうと緊迫した雰囲気が一気に散っていく。言い争っていた二人は思わず驚愕といった表情を浮かべ、彼を見つめ返す。

「た、隊長!いいのですか!?こんな怪しい奴ら……」

「良い、心配ならワシも着いて行こう」

「ですが……」

 未だに渋る門番に隊長と言われた彼は鋭い睨みを効かせ、有無を言わせぬように圧をかける。

「——何か文句があるか?」

「い、いえ!……ありません」

 圧倒的強者の睨みを真っ向から受けた門番は黙り込んでしまう。

 その様子を満足そうに頷き、改めて二人に視線を向けた隊長は未だに怯え震えたままのツムグと状況が読めず混乱しつつも警戒を続けるマシロに向かって安心させるように柔らかく微笑み返す。

「驚かせてすまぬなぁ……それではお二人さん、王の元まで案内しますよ」

「あ、ああ……よろしく頼む」

「お、お願い……します」

 こうして急展開に困惑しつつも、隊長に従うしかなかった二人は何とか当初の目的を成功させることができた。

 お互いに顔を見合せ、安堵の表情を浮かべ隊長に心の中で感謝しながら門を潜り、王国に入る。

 見渡す限りどこかの貴族達で溢れかえっている中、取り引き目的といった島民がチラホラといた。

「うわ〜!師匠、凄いですよ!前の島もそうでしたが、ここも色んな人で賑わっています!」

「おいツムグ!嬉しいのは分かるが少し声がでかい。周りに聞かれるだろ」

「あ、すいません……」


 先程の怯えとうって変わり、楽しげに目を輝かせたツムグは興奮を抑えきれず、思わず大声でマシロに話しかけてしまい、慌てた彼女はすかさず注意を促す。その光景を隊長は微笑まし気に視線を向ける。

「あ、すまない。騒がしかったか?」

「いえいえ、仲の良い姉弟だなと思っていた所です」

 その視線に気がついたマシロが隊長に詫びを入れた所、嬉しそうに受け答えした彼の返答に驚きつつもマシロはすぐ否定した。

「いや、こいつは私の弟子なんだ」

「ほぅ、そうでしたか……それはすみませんでした。とても仲が宜しかったものですから勘違いしてしまいました」

 片眉を上げつつ謝罪を述べる隊長に苦笑いを浮かべながら気にしないというように片手をあげたマシロだった。

「ですが、余程お互いのことが大切なのですねぇ」

「え、それはどういう?」

「大したことではありません。貴方方の周りに浮かぶ泡晶が何よりも暖かい色をしているからですよ。お互いが大切で、かけがえのない存在なのだと」

「泡晶で、そんな事が分かるのですか?」

 今まで言われたことがなかった言葉に少し、嬉しさが込み上げてくる反面、泡晶の知られざる力を目の当たりにしたことでマシロは好奇心が抑えられず、つい聞き返してしまう。

「長く生きていれば、今まで知らなかった世界が見えてくるというものです」

「そう、なんですか……」

「ええ、彼に力は無いようだが、他人が浮かべる泡晶に好かれているみたいですなぁ」

「そんなことまで、わかってしまうのか」

 他人の力をみることが出来るのは自身の持つ泡晶が三つ以上ないと出来ない技だった。

 マシロやツムグの力、増してや周りに浮かぶ泡晶の残滓を見破ることが出来たということは、この隊長はマシロが今までに出会ったもの達よりも強者に食い込む。

「貴方を、敵には回したくないな」

「ええ、そうですなぁ……儂も貴方方とは戦いたくない」

 しみじみといった感じで頷く隊長に、引き気味で苦笑いを返すマシロ。周りに夢中だったツムグはそんな二人の会話を知る由もなく不思議そうに首を傾げた。

 王宮に到着し、謁見の間まで通されると隊長にしばらく待機するように指示が下された。

 周りは黄金の装飾に包まれ、ふかふかのソファと豪華なシャンデリアが置かれており、物珍しさに辺りを物色するマシロと落ち着かないといった様子でソファに座りソワソワしているツムグ。

「凄いですね〜、僕こんなに豪華な所初めて見ました!」

「流石貴族、前回はここまで通されなかったからなぁ。どれもこれも金になる代物だ」

「師匠、うっかりで物を壊さないで下さいね!?」

「大丈夫、大丈夫!」

 お互い軽口を言い合い待つこと数十分、——コンコンッと扉の方から軽くノック音が聞こえてくる。それに応えるように返事をするとガチャッと扉が開かれ、一人のメイドがお辞儀をしながら迎えに来る。

「会合の準備が整いました」

「……行くぞ、ツムグ」

「は、はい!師匠!」

 それを合図にマシロの雰囲気が真剣なものにガラリと変わり、ツムグも慌てて気合いを入れ直し、後に続いていく。

 

 広い廊下を抜けた先に大きな扉の前へとたどり着いた。

 緊張が走る中、案内のメイドは重い扉をゆっくりと開け放った。ギーッという音と共に目の前に広がる光景に圧倒される。広々とした室内に薄暗いカーテンに仕切られた玉座が一つ、そこに腰掛ける一人の人間。寂しさを感じさせぬ威厳を前に息を飲む二人。そう、あの方こそが現王なのだ。

 

 長い沈黙が続き、意を決してマシロは震え混じりの声で話しかける。


「この度は私の取り引きに応じて下さり、ありがとうございます」

「……要件を」


 一言返された言葉には凄まじい重みを帯びていた。これが王国を築くものの威厳なのだと嫌でも分かる。

 一度深呼吸をし、覚悟を決めたマシロは負けじと王を見つめ返し、面と向かって要件を告げる。


「今行われてる後継者問題について、有力な情報を提供しに参りました」

「え!?」

「ほぅ?そやつは本当に王に相応しい人材か?」


 マシロの声が広い室内に響き渡る。その言葉に驚きを隠せないツムグと興味深いといったように尋ねる王。

 まるでチャンスだというように、マシロはすぐさま泡晶で王とツムグを閉じ込める。それに焦った近衛兵が一斉に動き出したが、時すでに遅し。三人の姿は瞬く間にその場から消えてしまった。


 急に視界が変わり、驚き固まってしまったツムグと反対に冷静を保ち、成り行きを見守るように眺める王。


「……これは一体どういうことかな?」

「し、師匠……どうしてこんな事——」


 問い詰めるように二人はマシロを見る。だが、閉じ込めた張本人は相変わらず強い意志を感じさせる瞳を王に向けていた。そして、一歩前に出て物語を語るように話し始める。


「突然の不敬、申し訳ない。だが、これには訳がある——王よ、この泡晶の記憶を持って貴方と交渉がしたい!これより見せるは世界の本当の真実。これと引き換えに戦争への降伏を私は求める!」


 そういう高らかに宣言したマシロは遺跡で見た記憶を泡晶に浮かび上がらせ、二人に見せた。


 ——これは遥遠い記憶、始祖の王族達が犯した罪の話。

 その昔、この世界は小さな国が収めており、人々はまだ泡晶の力を知らず、皆が手を取り合って穏やかな日々を築き上げていた。


 ある日、一人の旅人がこの国へと辿り着く。道に迷い、疲れ果てていた彼を、人々は暖かく迎え入れ、王も客人として手厚くもてなした。


 やがて旅立ちの日になり、旅人はお礼として皆に小瓶を差し出した。その中には、透明な液体が静かに揺れていた。

 ガラクタを渡されたと勘違いし、皆ガッカリとした様子を浮かべていた。


 そんな皆に旅人は安心するよう見本を見せた。

 小瓶から一滴、液体を口に含み、指で小さな輪を作る。皆がその光景を不思議に眺めていたその時——ふっと息を吹きかけた瞬間、無数の泡が舞い上がり、その輝きと共に巨大な火柱が天へと昇った。


 誰もが息を呑んだ。強い力に皆が戦いていると旅人はゆっくりと告げた。


『この力は外なる神が与えて下さった奇跡、一滴飲めばこの通り、自由自在に自然の力を使えるのです!ですが、飲み過ぎにはどうか注意を——力には代償が伴いますので』


 そう言い残して去っていった旅人に皆は感謝した。

 これでこの国は更に豊かになる!暮らしがとても楽になる!次々に喜び合う人々は、旅人がした様に力を使った。次第にこの力を【泡晶】と名付け、人々の暮らしに馴染んでいった。


 しかし、力に溺れた家臣が謝って小瓶の液体を全て飲み干してしまう。そうして手に入れた力は、今までのものより強く、液体を飲まずとも自由自在に操ることに成功した。それを知った人々は次々に小瓶を巡って争い、奪い合い、そうして力あるものと力無きものに別れてしまった。


 だが、力には代償がある。なんと泡晶を生み出すたび、使い手は自らの「記憶」を薪として捧げていたのである。

 それを知った王は皆に泡晶を使い過ぎぬように忠告した。しかし、力に溺れたもの達は理性を失い、王の言葉も届かない。そうして広まっていく泡晶は次々に使い手たちの記憶を奪い、消えていった。


 やがて記憶を失った者たちは力を制御できなくなり、暴走した泡晶は全てを壊していき、最後は皆、泡のように身体が溶けていき、弾けて消えていった。

 止められるものは誰もおらず、こうして国は滅びたのだった——。


「この歴史は、世界の始まり……なぜ今こんな話を?それとも、こんな知れた話を交渉に使おうとしているのか?」


 訝しむように問いただす王にマシロは緊張しながらも、返答する。


「いいえ、違います。この話には続きがあったのです!王国にとって一番重要な部分が抜けていた。私はその情報を交渉に使います」

 


 ここまでは皆知っている歴史の話、ここから先は知られざる過去の話。再びマシロが泡晶の記憶を浮かび上がらせ東映させる。

 すると映像には始祖の王が荒れ果てた土地に一人その場で蹲っている様子が映し出された。


 ——国は滅び、世界は荒れ果て、ひとりぼっちの王様が泣いている。

 

『ああ、なんということだ……私の国が、私の民が、消えていく。泡晶とはなんと恐ろしい力か……争いは何も産まぬ、力など我らには必要なかった——』

 

 そんな彼の元に例の旅人が再び姿を現した。彼は不気味な笑みを浮かべ王に告げる。

 

『哀れなこの国の長よ、貴方の民は欲望に呑まれ、我の忠告を無視した。当然の結果、当然の報いよ——しかし、其方が民を思うのなら一つここに種を撒こう』


 そういった旅人は一つの種を王の目の前に落とした。


『この種を伝い、多くの能力者が産まれるだろう。だが、たった一人だけ力を持たぬ者が現れる。そやつは純粋な人であり、我ら外なる神の器となるだろう、白き生贄としてその者が世界を統べる王となり、この世界を護る柱とならん。

 足掻いてみせよ人間、その時は力のない世界で再び合間見えようぞ』


 こうして、世界は泡晶の力を持つ人々に溢れかえり、再び、二勢力による争いが起こった——。


 一部始終を語り終え、記憶の泡晶はその場で弾け飛んだ。そして、マシロは現王に問いかける。


「今の話は、貿易島に訪れた際、発見した遺跡に始祖の王が亡骸になりながらも私に見せたものです。今、世界の戦争は過去と似ています。このまま争いが続けば世界はまた崩壊するでしょう。この情報と引き換えに、反逆派に降伏してくれませんか?」


 真剣な眼差しを向けるマシロに対し、王は冷静に問い返す。


「……事情はわかった。泡晶が見せた記憶なのだから間違いないだろう。だが、我々が降伏したとしてあちらは止まらぬだろう。それこそ、過去と同じ過ちになる」

「ッ!ですが」

「何度も言わすな……この戦争は長きに渡るもの、そう易々と降伏してなるものか」


 この話は終わりだというように返されたマシロ。けれどもこんな所で引き下がらずにはいられなかった。

 そんなマシロを不安そうな表情を浮かべ、チラリと横目で伺うように見つめるツムグ。


「そもそも、あの旅人がいう人物など本当に存在するやも怪しい……」

「……ッ」

 

 マシロは悔しそうに拳を握りしめ俯いてしまう。そんなマシロの手を優しく包み込むようにツムグが握りしめる。


 そんな時、ふと思い出したように王が呟いた。


「ああだが、先代の世に似たような人物が居たな。その御方は見た目こそ旅人の情報と合致するが、弱いながらも強力な泡晶を使っていたな——ちょうど、そこの少年と似たような色合いをしていたぞ」


 その言葉に反応したマシロは思わずツムグに視線を向ける。そう、ツムグには泡晶の力が一切使えない。それに王の情報が正しければ、ツムグはきっと——その視線に気がついたツムグはまるで分かっていたかのようにマシロに話しかける。


「……師匠、まだ話していないことがあるんじゃないですか?」

「……だが、私はお前をこれ以上争いに巻き込みたくない。こんな事のためにお前を育てたんじゃない!」


 そう必死に否定し、今にも泣き出しそうなマシロにため息をつきながら腕を引っ張り、自分に視線を向けさせた。

 

「しっかりして下さい!僕の師匠はどんな時も、強くて逞しい方です。こんな所で弱音を吐いてどうするですか!?……戦争を無くす、それが師匠の夢でしょう?」

「——!」


 その言葉に息を呑むマシロ。やはりいつだって彼女を支えてくれるのはツムグなのだ。マシロは俯いていた視線を再び王へと向けた。彼女の瞳にはもう迷いはなかった。


「今、ここに後継者なる者を連れて参りました。記憶の通りならば、恐らくはこの者で間違いない!」


 そう叫ぶと、握りしめていた手を引っ張りツムグを王の前へと立たせる。そして絞り出すように応える。


「この者は、ツムグは……力を持ちません。きっとこの先も泡晶の力が発芽することは無いでしょう。彼は純粋な人間ですから」


 黙り込んだままマシロの話を聞いていた王だったが、不意に重厚感のある声でツムグに話しかける。


「……ツムグといったな?少しこちらに来て、顔をよく見せなさい」

「あ、は、はい!」


 緊張しながら、王へと近づいた。すると今までピクリとも動かなかった王の表情が驚愕したように目を見開きはっきりとツムグを見つめ返す。


「なんだこれは——力を一切感じない……それどころか空っぽではないか!?」


 焦った王は思わず立ち上がりツムグの肩を掴み目線を合わせる。するとツムグ瞳が王を貫いた。


「は、は……ははは!」


 突然大笑いをしだした王にマシロとツムグは困惑していた。やがて落ち着いたのか、王はついに玉座から離れ、二人に目線を送る。その姿は強い威厳を持ちつつも穏やかな顔へと変化していた。

 そんな二人にお構い無しといった様子で王が徐に手を叩くと同時にマシロがかけた泡晶が解けた。

 周りの近衛兵は何が起こったか理解できず焦る中、力強く王が宣言する。

 

「うむ、其方との取り引きに応じよう!……この時を持って、私の後継者はツムグとし、反逆派との戦争を終わらそう」

 こうしてマシロの夢は叶えられたのだった。


 その後、無事話し合いを終えたマシロとツムグは王にお茶会へと招かれていた。しばらくは他愛無い話を楽しんでいたが、ふとどうして取り引きに応じてくれたのか気になったマシロは王に再度問うてみた。


「あの、僭越ながら……私の取り引きになぜ応じようと思われたのですか?」

「ああ、そうだなぁ……」


 穏やかに返答した王はツムグへと視線をやり、何かを懐かしむように語り出す。


「ツムグはお祖母様によく似ているからだな。色もそうだが、何より目元がそっくりだ」

「え、お祖母様っていうのは?」

「この国を当時支えて下さった御方だ。身分は従者と同じ立場だったが、とても頼もしく、荒れた王国の復興に尽力してくださった。私も小さい頃よく世話になった」


 初めて聞く存在に、ツムグと無関係では無さそうな雰囲気を感じたマシロは王にその従者の話を詳しく聞く。


「彼女も元々孤児だったのだが、先代の王が保護し、そのまま王宮勤めになったのだ。

 お祖母様は力を使えたが、その代わり体が弱く、あまり泡晶への耐性がなく一度使うとすぐに倒れてしまわれた。だが、威力は誰よりも強かったため、一度反逆派がこちらに攻め込んで来た時、お祖母様は侵入を食い止めるべく泡晶を使い過ぎた。その結果、呑まれて消えてしまわれた」


 二人は黙り込んでしまった。ツムグの夢は家族に会うことだった。もしかしたら何か手がかりがあるかもと思われたが、既に故人であり、これ以上はなんの情報も貰えないだろう。あの記憶が正しければ、ツムグは始祖の王族の血を引いており、生き残りといってもいいだろう。だが、ふと疑問が浮かび上がる。


「そんな……でも、どうしてお祖母様は力が使えたのでしょうか?僕は泡晶を使えませんよ?」

「それは其方が旅人のいう生贄だからだろう。お祖母様も力が無ければきっと、生贄にとされていただろうな。彼女は純血ではなかったからな」

「お祖母様は混血だったから王にはなれなかった……ということですか?」

「ああ、そうだ。王族にとって血筋は欠かせないものよ」


 話が見えてきてようやく一息つけることができたマシロはツムグに視線をやる。勝手に話を進められ、己の意志関係なく後継者にされたこと、ツムグを終戦のための取り引き材料に使ったことに彼女は負い目を感じていた。


「だが、それだけではない——ツムグ、貴様には外なる神へと繋がりを微かに感じた」


 思わぬ王の発言に驚愕が隠せない二人。昔、マシロがツムグの力を見た時はそんな繋がりは感じられなかった。


「ど、どういうことですか!?いや、いった本人が驚くのはおかしいが……本当にツムグが白き生贄なのですか?」


 思わず問いただしてしまうマシロに愉快そうに笑う王は応える。


「ああ、間違いないだろう。私の血筋は代々特殊でな?目利きの優れた力を持って産まれてくる。ツムグは全てに置いて空っぽな状態だが、奥底に眠る光を私は見た。あれは——植え付けらてた種だ。旅人はきっとこの種を辿り再びこの世界に現れるだろうな。そのための王であり、生贄と言ったのだろう」


 王の説明に納得したようなしていないような複雑な感情を抱えるマシロ。

 本当にこれで良かったのか、見方を変えれば世界にとっての生贄ではないのか、悩むマシロになんと声を掛ければ良いか迷っているツムグ。その時——

 ドゴオオオン!

不意に大きな地響きが鳴り、周りを騒がせる。テーブルに置かれたティーセットは床に落ちて粉々に、窓はひび割れ王宮内に混乱を招く。周りを警戒する中、一人の衛兵が慌てた様子で王へと報告にくる。


「大変です!反逆派が貿易島を占拠し、王国島へと進行中です!」

「なに!?民たちの避難はどうなっている!?」

「ただいま軍兵が避難誘導を行っています!ですが、間に合うかどうか……」

「直ちに全兵を動かし、民の保護を優先させよ!ここはすぐさま戦場へと変わる。そうなる前に急げ!」

「はい!」


 恐れていた戦争が再び幕を開けた瞬間だった。この島が最後の戦場へと変わりゆく様をマシロは絶望した表情でただ眺めていることした出来なかった。


 

 5

 避難誘導が終わったと同時に、巨大な火柱が王宮目掛けて飛んできた。それを合図にどんどん反逆派が攻め込んで来る様子が見える。


 カンッ!キンッ!


 剣と剣がぶつかり合う音が至る所から聞こえてくる。中には泡晶同士の力がぶつかり弾け飛ぶ様や家々が壊される音が聞こえてくる。


「我が王のためにー!」

「怯むな!」


「王国派を潰し、泡晶が統べる未来のために!」

「殺し尽くせぇー!」

 至る所で多くの叫び声が響き渡る中、見たくなかった光景を再びマシロは王宮から眺めていた。

 ようやく平和へと道筋が見えたと思っていたのにその夢をことごとく砕かれたと嘆く彼女。

 

「結局、私は何のためにここまで来たのだろうか。失った故郷を思い、死んでいった者たちの願いを叶えるため、ようやく平和な世界が見れると思ったのに……」

 

 思わず涙がこぼれ落ちていく、悔しさから顔を歪め、苦しそうに息を吐いた。そんなマシロを支えるように背中をさするツムグ。


「前衛がやられた!」

「後衛と交代して押し返せ!」

 次々に散っていく命の叫びに良からぬ感情がマシロを埋めつくしていく。ゆっくりと立ち上がったマシロは感情を削ぎ落としたような表情を浮かべていた。

 

「ああ、そうか……この戦争を終わらせればいいのか」

 

 そう呟いた途端、どこかに歩き出そうとするマシロに嫌な予感を覚えたツムグは手を掴み引き止める。

「師匠!落ち着いてください!一体どこへ行くんですか!?」

 必死に引き止めるツムグだったが、マシロには彼の声が届いておらず前へと歩き出した足は止まることなく一歩、また一歩と進んでいく。

 

「——っ、師匠!マシロ師匠!!ぼくを、置いていかないで……師匠」

 

 必死に叫び、涙した雫は静かにマシロの手へと落ちていく。その瞬間、ハッと正気を取り戻したマシロはツムグの姿をゆっくりと捉えた。泣きながら必死に縋る様子を見てようやく冷静に慣れたマシロはツムグに優しく微笑みかける。


「ああ、お前はいつからそんなに泣き虫になったんだ。そうか……空っぽだったお前が初めてわがままを言ったと思えば……」

「ししょう?」


 その場に座り込んで未だにしゃっくりをあげるツムグの頬を優しく包み込み、笑うマシロは再び立ち上がる。


「ツムグ、一つ約束をしよう——必ずお前の元に帰ってくる。だから、一先ずここでお別れだ」

「お別れって……師匠、僕、またひとりぼっちに……」

「そうならないための約束だ!——何時になるかは分からい、だがいつかまた会おう。その時は立派になった王様の姿を見せてくれ」

「ま、まって、師匠!」


 引き止めたその手を振りほどき、駆け出したマシロの後ろ姿に必死に手を伸ばし叫ぶツムグ。今ここで二人の道は違えてしまった。一つの約束を交わして——。


 戦場に変わり果てた王国を走り抜け、邪魔する障害を次々になぎ倒していくマシロ。


「はあああああ!」


 ——ザン!

 

 かつて護るために抜いた剣を再び握りしめて敵にお見舞いしていく。激しくなる金属音とともに踏み出し、前へ前へと進んでいく。


「貰った!」

「っ!」


 奇襲を受け防御が遅れてしまったマシロ、不味いと思った時にはすぐ側まで敵が迫っていた。


 ——ガキン!


 間に合わないと思われた防御は横から飛んできた槍によって防がれた。一体誰がと飛んできた方向を見ると、そこには多少傷を受けた隊長がそこに立っていた。


「……どうやら、間に合ったようですね」

「あんた……なんで」

「向かうところがあるのでしょう?ここはワシに任せて行きなさい」


 思わぬ助っ人に嬉しさを噛み締めながらゆっくりと頷いた後、その場を振り替えずにかけ出すマシロ。その姿に満足したように微笑み、再び敵に視線を向け威嚇する。


「さて、少々厳しいですが……王のため、尽力を尽くさせていただきます」


 そう呟いた瞬間——ドゴオオオン!


 激しい雷が敵目掛けて落ちていく。止まらぬ轟音に悲鳴が混じる。


「ここを通りたければ、ワシを倒してみよ!」


 凄まじい力を前に怖気付く反逆派だったが、強い力を使うあまり、背後の気配に気が付かなかった。


「——なら、通らせてもらおう」


 ——グサッ

 

 その声ともに隊長の体を鋭い刃が貫く。


「グッ……いつのまに、ガハッ」

 誰もが仕留めたと思われた瞬間だった。だが、そのくらいで倒れる隊長ではなかった。


 ——ガシッ

「なに!?……グッ」

 なんと彼は貫いた刃物を引き抜かれないように握りしめながら、相手に攻撃を仕返した。

 

 ——ヒュッグサッ

「……これで、お互い、致命傷だな」


 その言葉は迫り来る火柱とともに戦場の中へと消えていった。


 隊長と別れたマシロは時々飛んでくる泡晶を己の力で相殺させ、ただひたすらに走り抜ける。それはまるで戦場をかける一人の戦士のようだった。

 止まることなく進んだ先に、マシロはお目当ての相手を見つけ出し、奇襲にかかった。


 ——ガキン!


「——まさか、こんな所で再開するとは」

「それは、こちらのセリフだ!」


 剣同士がぶつかり合い、激しい攻防を繰り広げる。お互いの睨み合いが続く。


「もう下らない遊びは辞めて、さっさと家へ戻ってきてはどうだ?——なぁ、元反逆派の処刑人さんよぉ!?」

「その名はもう捨てた!それに私はお前たちのやり方が気に食わない!大勢の無実な人を巻き込み、なんの罪もない幼子を苦しめるようなやり方にな!大人しく私に倒されろ!」

「酷い言い草だ、お前だって失われた側だろう……俺たちは王国派を許さない!たとえそれが罪なき子供だろうと容赦しない!俺たちの生活を苦しめ、奪い去っていった王国どもになぁ!?」

「ならば——私がお前を倒し、新たな反逆派の長となり、二度と戦争を起こさないようにしてくれる!」

「はっ!やってみろよ……裏切り者がぁ!」


 そう叫ぶと再び剣がぶつかり合い、激しい攻防を繰り返す。

 ——ガキンッ!ザシュッ!ドゴォン!


 時には剣を、時には泡晶をお互いお見舞いし合い、どれだけ傷つこうとも止まらぬ猛攻が続いた。


「はっ!少しは動けるじゃねぇか」

「そちらこそ……なっ!」


 マシロが強い蹴りをお見舞いしたと同時に長は拳をお見舞いした。

 

「私は!忘れない!貴様がかつて私にかけた呪いを!」

「あの処刑人の、異名か!殺戮兵器のようなお前に、ピッタリじゃねぇか!」

「殺戮兵器にしたのは!貴様だろう!罪なき命を奪うよう命じたのも!」

「だったらなんだ!王国は敵だ!たとえ子供でも!」


 ——何時間が経っただろう、辺りは多くの死者に溢れ返り、立っているものは誰もおらず、マシロと反逆派の長だけが未だ戦闘を繰り広げていた。だがそれも長くは続かなかった。


 ——ガシャン

 遂に、マシロの剣が床に弾き落とされてしまい絶体絶命のピンチに陥った。


「はぁ、はぁ……これで、終わりだ」


 迫り来る刃に抵抗しようも力を使いすぎてしまい、もう一歩も動かせなかった。覚悟を決め痛みに耐えるように目をつぶった。


 ——グサッ


 確かに刃が刺さった音がした。しかし、いつまで経っても痛みは来ず、不思議に思ったマシロはゆっくりと目を開けそして驚愕する。


「なっ!……ぐっ、きさ、ま——」

「は、はは——どうやら、まにあったか」


 そこには現王が刃に貫かれながらも相手にトドメを指している姿だった。


「な、どうして……だって、ツムグの傍にいるはずでは?」

「いや、なに……取り引きを、完了させたまで……これを、もって……私の代で、せんそうはおわりだ」

「そ、んな……」


 遺言のように応えた王の体は崩れ落ちていき、反逆派の長とともに泡晶に包まれ消えていった。


「さいごまで、くろうをかけた……民を頼む」


 そう言い残した言葉はしっかりとマシロの耳に届いた。だが、マシロとて限界であった。長い戦いの末、死体が次々と泡晶に包まれ天高くへと上り消えていく様を最後に彼女の意識は途絶えた——。


 あれから何日が経ったのだろうか、ふと、意識を取り戻したマシロは己がなぜこんな所で寝ているのか理解できなかった。それどころか、泡晶の代償によりほとんどの記憶がマシロから抜けていたのだ。自分はなぜここにいるのか、何のためにここにいるのか——。


「……でも、誰かと約束した気がするが……なんだったかな?」


 首を傾げる彼女は痛む体を無理やり起こし、歩き始めた。無くした記憶は何処へいったのか、自分の忘れ物を探しに行く旅を新たに決意して——その前に休める場所を探さねば。



 ——こうして、長きに渡る戦争は幕を閉じた。めでたしめでたし——


「ねぇ、このはなしだと王さまは力がつかえなかったの?」

「そうだね、僕は使えないよ。その代わり、こうして外なる神との繋がりを持つことにより、もう二度と泡晶を使う人間が産まれることは無いよ。僕が居る限り、二度と戦争は起こらない」

「よかったぁ!」

 

 子供が嬉しそうに微笑む姿を眺めながら、遠い記憶を思い出す。あの戦争の後、結局生き残ったものは極わずかで、反逆派も王国派も崩壊してしまった。数日間探し回った己の師の姿も見当たらず、死んでしまった可能性が高いだろう。しかし、彼——ツムグはどこかできっと生きていると願わずにはいられなかった。


 その後は王に全てを託されたツムグは文字通り、新たな王へと即位した。その瞬間、どこからともなく記憶で見た旅人がツムグの前に現れた。


「ほぅ、予定よりは少し長かったが……まぁ約束は守ったみたいだな。白き生贄よ、其方が王となった今この瞬間、泡晶の力は世界から徐々に消え去り、元の文明へと戻るだろう——精々最後まで足掻いて見せろ!ははははは!」


 お告げと共に高笑いをしながら消えていった旅人はこちらに質問させる隙すらも与えなかった。その様子に苛立ちつつも、旅人がいった忠告を今度はしっかりと護ろうとし、ツムグは世界の復興へと勤しんだ。

 そうして長い年月が経ち、ツムグは立派な王へと成長を遂げた。だが、これだけ経っても未だに師と出会うことは一度もなかったのだ。


「そろそろ帰りなさい。君も親御さんが心配しているだろう?」

「王さまはどうするの?」

「僕は、もうしばらくここに居ようかな……最近仕事続きで疲れていたし、休息も大事だからね」

「ふーん、そっか!じゃあ王さま、さよーなら!」

「うん、さようなら」


 去っていく子供の手を振り返し、ツムグは沈んでいく夕日を眺めながら外の空気を楽しんでいると不意に強い風が吹き、ツムグの視界を覆う。


 ——びゅうっと吹き荒れる音が治まるのを待ち、ようやく止んだ所でゆっくりと目を開けていく。そこにはゆっくりとこちらに近づいてくる人影があった。

 流れ着いた旅人かと思い、観察していくとツムグは思わず驚愕の表情を浮かべる。


 見覚えのあるローブに見え隠れする金色の髪、昔から変わらぬ佇まいでそこに存在していた彼女。


「——あんたが、この世界の王様か?私はマシロ、ただの旅人だ」

 

 そう名乗る人物に思わず駆け寄っていき、勢いよく抱きつくツムグ。静かに涙を零しながらも幸せそうに微笑み、大きな声で伝える。


「——おかえりなさい!マシロ師匠!」


 急に抱きつかれた彼女は困惑の表情を浮かべつつも何故か懐かしいように感じて彼を抱きしめ返す。


「何故だろうな……知らないはずなのに懐かしさを感じてしまう。お前は——誰なんだ?」


 そう問い返したマシロの瞳から一筋の涙がこぼれ落ち、頬を伝う。その様子にツムグは胸が苦しくなりながらも、精一杯の笑顔を向けた。


「僕は——」


 これは泡が見せた平和への道標(みらい)。

 約束された者たちが再び巡り会うためのまだ見ぬ世界の話。

前回に続き読んでくださりありがとうございます!

今回はマシロとツムグの2人がどのような道を歩み、その中での葛藤や決意に揺らぎながら駆け抜けた思いを綴ってみました。少しでも2人の物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

次回作もどうぞよろしくお願いいたします!

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