第二十八話 長宗我部元親
岸和田城の一室で、二人の男が語り合っていた。
鈴木家当主・鈴木重秀と、四国の雄・長宗我部元親。
戦乱を生き抜いた元親の眼は、物事の本質を、静かに見通す。
そこへ――義経の一行が、到着する。
「堺を堪能いたした。
鉄砲職人の土佐への派遣も感謝申し上げる」
岸和田城の一室。
長宗我部元親は鈴木家当主・鈴木重秀とともに、義経の到着を待っていた。
色白で細面の大人しい性格から、初陣の頃は姫若子と呼ばれていた元親。
その頃の面影を感じさせる涼やかな目元であったが、長年にわたる四国の戦乱で鋭さが増し、冷徹な知性を宿した眼光であった。
「長宗我部殿とは長い付き合いゆえな……」
一方の鈴木重秀は、黒い法衣をまとい、獲物を狙う豹のごとき威圧感を漂わせながら、表情はどこまでも温和であった。
「毛利水軍の焙烙火矢は厄介。
上陸した後の飛び道具が勝負となろう」
鈴木家は傭兵としての色合いが強い地侍の連合体でもあり、重秀は政治・外交の話よりも、戦術の話にこそ花を咲かせる。
毛利の脅威に直面している今の元親にとっては、軍事的な援助こそが大切であった。
「かつて信長公が毛利水軍を追い払った鉄甲船は、四国で建造するのは難しい。
重秀殿が申される通り、海で戦うよりは、山深い地の利を生かした戦いしか活路はござらぬ。
……しかし硝石は、本願寺が独占的に買い占めておるそうではないか。
値が吊り上がり、堺の武器商人などは、四国の我らなどには見向きもせぬ。
信長公が力を失ってから、バテレンたちは島津領での動きが活発となった。
四国だけが、取り残されているようじゃ……」
元親はため息をつきながら、茶を口に運んだ。
「元親殿。
義経軍は、いまや独自の製法で火薬や鉄砲を大量に製造しておる。
我らもいざとなれば援軍を送る所存ではあるが、義経軍の援軍こそが何より力となろう……」
「義経殿は毛利とも誼を結んでおる。
此度はどのような話をされるのか、何かお聞きになっておらぬか……」
重秀は首を横に振る。
「しかし、拙者を介して秘密裏に元親殿に会おうとされている。
何かしら良きお話、と期待しておるが……」
「重秀殿には感謝申し上げる。
何とか、四国の民を守りたいものよ……」
元親は岸和田城から、海の先に広がる淡路を静かに眺めていた。
「義経様ご一行が到着しました」
「うむ! 通せ」
小姓の声に、重秀が力強く応じた。
義経を筆頭に、徳川家康、源宝が部屋に現れる。
重秀は上座に義経を勧めるが、義経は首を横に振った。
「我らは友軍ではないか」
義経、家康、宝は重秀と元親の手前で、横並びに腰を下ろした。
「重秀殿、元親殿、直接お会いするのはこれが初めてでござるな」
義経は快活に挨拶した。
お互いに名を名乗り、口火を切ったのは元親だった。
「義経殿。
度重なる救援要請について、毛利と誼を結ばれているのは承知しながらも、我らの窮状をお察し願いたい。
本日このように、義経様自らお運びくださるとは、何か良いお話でもございましょうか」
冷徹そうな静かな視線を義経に向けながらも、元親の口調は穏やかだった。
義経は言葉を選びながら口を開いた。
「信長公という共通の脅威で手を取り合っていたが……
織田家がなくなって、これほど早く東国も西国も乱れるとは。
武家を滅ぼさずに日ノ本の安寧を、という兄の志……
拙者が継いでから、難しき局面を迎えておりますな」
元親が自らに向ける視線――
心の奥底まで見抜いているように、義経には感じられた。
義経が小細工を弄して、どうにかなる相手ではない、ということだけは確信した。
「ただ、元親殿……
元親殿をお救いしたい、それを第一義としていることだけは信じていただきたい」
義経は真っすぐに伝えた。
義経の話を聞き、元親は横にいる家康に顔を向けた。
「徳川殿は、戦い、源氏に降伏されたと聞いたが……」
元親は変わらず鋭い視線を家康に投げるが、家康は元親の視線など気にもかけていないかのように朗らかに返す。
「いやはや、お恥ずかしい限りで。
もう少し意地を見せられるかと思いましたがの、義経様と、こちらにいる軍師・宝殿に完膚なきまでにやられ申した。
いくつになっても、学べませぬな……」
「そなたが、源氏の軍師でござるか」
元親は、落ち着きなく皆を見回している宝に声を向けた。
「は、はい。
ですが、軍師という役職があるわけではございませぬ。
皆がそのように私を呼ぶだけでして……」
「ほう……」
元親は小さく呟いて、口を閉じた。
そして、あらためて恐縮している宝に目を合わせた。
「それでは、軍師殿。
お聞きしても良いかな……」
「わたくしに、でございますか……」
元親は頷く。
「軍師であれば――義経殿に献策されているのではあるまいか」
「は、はい……
提案は、いたしまする……」
「そうであろう」
元親の眼差しが、一層冷たさを帯びる。
「毛利に対して、わが軍へ共同で攻め込むよう打診されているそうだが……
それも、軍師殿の献策でござるか。
それとも、二者択一で毛利を選択されたのか」
宝は、逃げ場のない元親の静かな威圧感にぎょっとして、思考が止まった。
「あ、あの……」
「まあ、元親殿」
割って入ったのは家康であった。
「わが軍の軍師殿は、間違いなく天才なのだが……
弱点がありましての」
「ほう、源氏の軍師の弱点とは、ぜひお教えいただきたいものじゃ」
元親の表情が少し緩む。
「人の目でござる」
家康は、鋭い眼差しを元親に向ける。
次の瞬間、家康は笑い出す。
「元親殿のような眼差しを向けて問い詰めたならば、わが軍師殿は頭が動かなくなるのでござるよ」
家康は宝に顔を向ける。
宝は複雑な表情を浮かべながらも、口を少し膨らませて不満そうであった。
「元親殿。
ここは某が、わが軍師殿の考えを代弁いたす」
「それは失礼いたした。
なにせ、四国の民の命運がかかっているゆえ……
宝殿、お許しを」
元親もあえて口調を柔らかくして、宝に話しかけた。
宝はさらに恐縮して頭を下げる。
「と、とんでもございませぬ!」
その様子を見て、元親は微笑んだ。
しかし、家康に顔を向けたときには、これまでにない冷徹な眼差しとなっていた。
「徳川殿が本日ご臨席とは――」
さらに元親が家康に詰め寄る。
「そういうことでござるか……」
元親に詰め寄られ、家康の表情からも朗らかさが消えた。
元親は義経に言葉を戻す。
「義経殿自らいらしたのも……
降伏勧告に際し、せめてもの誠意とお考えになられたか……」
誰もが口を開かずにいた。
お読みいただきありがとうございました。
多くの難局を乗り越えて達成した、長宗我部元親の四国統一。
そこで養われた冷徹な眼差しは、物事の本質を見通してしまいます。
四国の民を守る難しさも……
次回、義経達の真意を見抜いた長宗我部元親は、臣従を受け入れてくれるのか。
それとも――
この後の展開も、おつきあいいただけたら幸いです。




