表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

融合

作者: 古数母守
掲載日:2026/08/07

 今、私はエアコンと融合している。設定温度は28℃になっている。とてもあたたかい。特に原因とか理由とかわからないのだが、私は生まれつき何かと融合してしまう体質なのだ。いちおう、これと融合しようと思ったものと融合するのだが、時々気付かないうちに勝手に融合してしまうこともある。椅子に座ってうとうとしているうちに椅子と融合してしまったことが何度かあった。でも眠っている間に布団やベッドと融合してしまうということはなかった。どうして違いが生じるのかはよくわからない。普段よく融合するものとしては情報機器が多い。スマホやコンピューターと融合するといちいち操作しなくても良いのでとても便利だ。その時、情報やコンテンツは私の中に直接入って来る。AIとも直に会話することができる。私の姿は融合したものの中に隠れている。私という実体は小さな粒子に分割されてスマホの中にもぐりこんでいる。大きさが全然合わないじゃないかと思うかもしれない。でも物質には皆さんが思っているよりもたくさんの隙間があるものだ。そして私はすっぽりその中に入ってしまう。そこで私はスマホの気持ちに触れることができる。無機物に気持ちがあるなんて信じられないかもしれない。それが私たちの気持ちと同じ性質のものなのか私にもよくわからないが、何か気持ちのようなものを私は感じるのだ。それに私たちの気持ちだって、なんだかよくわからないものじゃないか? きっと何かが動いている時、気持ちも動くのだと思う。私たちが何か考えている時、脳の中では電気信号が飛び交っているらしい。それはスマホの半導体チップの中で電気信号が飛び交っているのと似ている。だからどちらにも気持ちのようなものはあるのだと思う。スマホの中では目まぐるしく信号が伝達される。それは情報の洪水。記号の氾濫。むかし私たち人間のことを「感性的諸要素の複合体」だと言った人がいた。うまいことを言うものだ。その言葉の通り、私は今、情報の膨大な流れを直接感じている。色も音も言葉もすべては記号であり、信号として伝達される。私は今、その信号の流れを直接受け止めている。そんなことをしばらく続けていると、私の中の処理系が次第に疲労を覚えて来る。信号の解析に集中することで細胞がエネルギーを使い果たし、疲労物質が蓄積される。エネルギーの補充が必要だと思った私はスマホとの融合を解いて現実の空間に戻って来る。そして台所に行く。おいしいオレンジがあったはずだと私の身体が言っている。オレンジを見つけるとさっそく融合する。柑橘系の匂いがほのかに漂って来る。私の細胞は水と栄養を求めている。時間をかけてゆっくりと私の身体を構成している細胞に水と栄養を行き渡らせる。栄養を取り込んだ細胞たちが喜びの声を上げている。内臓や筋肉を構成している一つ一つの細胞が満たされて行くことで私は深い満足が得られる。私? 本当は細胞の一つ一つが私なのではないだろうか? ふと、そんなことを考える。深い満足と言ったところで身体が感じている本当の満足は伝わらない。言葉を駆使している私は、ただの代弁者ではないだろうか? そんな気がする。満足した私はオレンジの中を出て行く。そして外に出る。澄み切った空がどこまでも続いている。暖かな陽射しが差し込んで来る。舗装されていない道をしばらく歩く。こんな田舎には車も走っていない。どこまでも続いている道をゆっくり歩く。時の流れを気にすることなく、ゆっくりと歩く。あくせくした生活を送っていた頃もあった。時間に追われていた。効率化を求められて、ノルマやスケジュールをこなせない自分には能力が足りないのではないかと考えたこともあった。今はそうではない。時間はゆっくりと流れている。あるいは流れてなどいないのかもしれない。何もしなくても年を重ねて行く自分自身のことを考えると、時が流れるなんて考えてしまうのかもしれない。そしてしばらく歩いていると大きな木が目の前にあった。そして私は木と融合した。風が吹いてざわざわと葉がこすれ合う音がした。心地良い風だった。てっぺんまで行くと遠くまで見渡せた。景色はどこまでも広がっていた。なんとなく丸い地球が意識できた。素晴らしい景色にありがとうと言いたくなった。そして美しい自然を満喫した私は家に戻った。ベッドルームに行くと彼女はまだ眠っていた。

「融合してもいい?」

私は彼女に囁きかけてから、彼女と融合する。彼女の心地良い眠りが伝わって来る。そして私もウトウトしてしまう。ぼやけた意識の中で私は彼女と一つになっている。

<私のこと好き?>

<うん>

そんなやり取りが必要ないほど、私と彼女は隅々までお互いを理解し、愛し合っている。

<子供が欲しい>

突然、彼女の気持ちがなだれ込んで来る。次の瞬間、融合が解ける。そして私たちはそのまま愛し合った。私と彼女は融合を解いたまま一つになり、私たちが融合させたものが彼女の中で育まれることになった。


 それからしばらくして私は融合することを止めた。これからは夫として、父として、一人の独立した人間として、家族を守って行かなければと考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ