雫の魔女は月夜に微笑む〜いつの間にか聖女になってました!
満月の夜。
つぼみの付いた薔薇の茂みが月明かりに照らされると、そこからひとつふたつと白い花が咲いた。
誰も人が寄り付かぬ魔性の香りが漂う園―[魔女の庭園]。
そこには独りの年若い魔女が棲んでいた。
「今宵も幾千の涙が流れてしまいましたのね」
灰色がかった髪の先は星空のような青をした少女は湖の前で祈りを捧げた。
すると、空間には忽ち果てしない数の雫の形をしたガラス細工のようなものが生まれた。
これは、人の悲涙。
彼女は世界が涙に、闇に飲み込まれてしまわないため生み出された悲しみを無にする存在、――[雫の魔女]。
『闇よ、月の光の行き渡る静寂の夜に深淵に返りなさい』
雫の結晶は淡い輝きを放ち宙に消え、次の瞬間―茂みの薔薇は青に染まった。
✾✾✾
「あーもうっ!お師匠様ったら、私の扱いが荒いんですからっ」
「そうかしら、貴女がわたくしの素晴らしい指導について理解が足りていないだけではなくて セシーリア?」
優雅な口調の闇よりも麗しい黒髪をもつ凛とした金色の瞳の美女は、風に髪を靡かせ、片手でほうきに乗った。
もう一方の手では杖を取り出した。
「わたくしはね、貴女が生まれるまでもこのお役目をしていたのですわよ、わたくしは貴女の何倍も生きているのだから相応の態度を示しなさいな」
「だからと言って、弟子に花摘みをすべて押し付けるのは如何なものかと、[宵星の魔女]シグリット様!」
かの美女シグリット・グレンダは、人が一生を終える際その物語を星に書き記すためにいにしえより生きる者、すなわち[宵星の魔女]である。
年齢は不明だが、姿は美女から変わらず、年を取らないらしい。
そして、その弟子である[雫の魔女]セシーリア・アルテは闇の侵食を防ぐべく17年前に新たに誕生した魔女である。
花摘み―それは悲しみを吸収した魔花を摘んで、それが地に帰ることがないようにするための処置だ。
「あっ、また棘が!」
セシーリアがそう叫ぶと人差し指からプクッと血が出た。
「修行不足ね ほら、わたくしの華麗な手捌きをご覧なさ―」
シグリットが世にも優雅かつ力強く魔花の茎を掴むと、ブシュッ!と彼女の指に大量の棘が刺さった。
その得意顔が苦痛に歪み
「キャー…ふっ、こんな棘ごときがわたくしの肌を傷つけるなんて一億光年早いですわよ」
シグリットは歪みをすぐさま取り繕い不敵の笑み(?)を浮かべるが―
隣のセシーリアは通常運転と言わんばかりの表情で黙々と作業を進めていた。
それもそのはず、弟子は師匠が毎日花摘みをする度に大量の棘に刺さる超不器用な魔女だと17年間も一緒にいるため知っているのだ。
何故セシーリアは17年前に誕生したのか?
それは、17年前に勇者により悪魔が地の底に封印されたためだ。
つまり、勇者は倒しきれない敵を封印したのだ。
悪魔は負の感情を糧にし、地の底からの解放を試みている今。
その負の感情をそのまま地に返すことはできない。
そのため、世界は悲しみを無にする存在を切望していた。
そこで生み出されたのが[雫の魔女]。
「あら、そういえばそろそろ新月ね『精霊の湖』の見回りは頼むわよ、セシーリア」
「はい!?お師匠様は?」
「わたくしはその夜は星詠をするために使うインセキの採集に行く予定ですのよ
まあ、たまにはいいじゃないゆっくり過ごすのもね」
「いや、なんで私が犠牲になってるんですか?」
「あら、新月の晩は月光の守りがないから『精霊の湖』に生まれたばかりの精霊を攫いに来る輩がいるかも知れないのに 弟子は職務放棄かしら?」
「お師匠様はただのサボりですよっ!あー、わかりましたから、私が責任を持って今回は見回りをします」
セシーリアは折れた。
反対にシグリットは「流石、わたくしの弟子ね、物わかりの良いこと!」と嬉しそうに微笑んでいた。
「ですが、次はありませんから」
「…は、はい」
弟子の本気切れは師匠にも怖いものがあるのだ。
✾✾✾
新月の夜。
夜が更けて辺りが真っ暗になる時間でも『精霊の湖』の周りは明るくキラキラした不思議なモヤが溢れ出ている。
私が毎夜祈りを捧げるこの湖こそ、精霊の生命の泉なのだ。
「誰もいない――なんてことはないですね!」
サッと回し蹴りをすると―グハッ!
「おひとり様ですか?おかしいですねこういうのは大半が複数犯なんです―真実よ 灯れ!」
瞬間、暗闇に白光が満ちた。
これは嘘だらけの者を気絶させ、その記憶まで一緒に飛ばしてくれる便利な呪文だ。
バサリバサリと近くの茂みから8人ほどが転がり気絶した。
「今宵も大量ですね、―転移!」
捕まえた輩に向かって掌を向けて唱えると、そこにいたものは青白い光を帯びながら消えた。
行き先は決めていない、同じ大陸かもしれないし、違う星かもしれない。
こちらとしても妖精を盗もうとする悪人には、情けをかけるつもりもかける情けもこれっぽちもないのだ。
「って あれ、また来たんですか?」
まあ、私はショートスリーパーだから睡眠はそんないらないけど…夜勤になりますかね。
こうして私のオールナイト見回りは始まった。
✾✾✾
ガザガサゴソッ、ピピピピ、ピョーピョピピョ、小鳥が鳴き始める早朝。
「ふう、疲れた。やっぱり転移魔法系は消耗が激しいわね」
ガザガサ…
「!? …へっ」
えっちょっと今音がしたような?
でもこの茂みをかき分けるような音は―庭園にいる?
私は湖から離れ庭園に駆け出した。
そこには―土汚れの付いた白い上等な衣装の金髪の御伽噺の王子様らしき人物がいた。
いちいち、『土汚れ』とか『らしき』とか失礼かもしれないが私は嘘は言っていない、事実と主観を組み合わせているだけだ。
…ガサガサ ゴソッ
え…こんなに近くにいるのに、気が付かないの?
というかこの方はなんで庭園に?
精霊が目的の方ではないの?
…まあ、どちらにしろ不法侵入ですが。
「夜明けの星が美しい朝に祝福を!
…ところで貴方は私の庭に何の御用がおありで?
先ほどからその魔花を摘もうとしておられますが…」
「!」
ビクッとかの王子様らしき人物の方が上がり、こちらを振り向いた。
あ、青い瞳…金髪碧眼とかやっぱり王子様なのでは!?
王子様(?)は驚いた様子を見せつつも上着についた土汚れを軽く払い、こちらに声をかけようと口をひらく、と思ったら―
ビュンっと風が頬をかすめるほど勢い余った90°のお辞儀。
「此度は大変無礼を!誠に申し訳ありません。
お嬢さんはこちらの方ですか。
わたくしはサラシス王国より参りました。サラシス王国の第一王子ローレンス・レンド・サラシスでございます」
「サラシス…ということは東の地から来られましたのね、ではその理由をお伺いしても?」
話し方からして20歳丁度?
私に『お嬢さん』と話しかけるぐらいだから私のことを『魔女』だと知らないのか、それとも知っていてそう呼んでいるのか。
第一王子…サラシス王国は一夫一妻制、つまりこの方は王太子殿下、後々の国王陛下。
下の者、しかも卑しき『魔女』に謝罪をされるなんて今までの盗人の中ではダントツの人格者ですね。
「お嬢さんの寛大な対応に感謝します。…わたくしには今年で16になる眠の呪いにかかった妹がおりまして、その妹の『呪いを解く鍵』がこちらにあると旅商人から聞いたのです」
「それで、その魔花を? 貴方の事情はわかりました。しかし、申し訳ないのですがその魔花の言い伝えは偽りです」
あの古めかしい言い伝えを信じている人がまだいたとは…
「魔花は魔女にとっては薬ですが、人にとっては薬ではありません。何故なら魔花に干渉できるのは魔女だけだからです」
だから、さっきも彼は魔花を摘むことができなかったのだ。
「そうですか、では旅商人の言った『呪いを解く鍵』とは何のことなのか、何でも良いのでそれらしき情報はありませんか?」
魔女の直感でわかるのは彼が偽りを語っていないということ。
人にはあまり関わりたくはない、結局傷つくのは自分であると知っているから。
でも、ここまで魔女を見下さない人間に出会ったのも初めてだ。
彼のガラス玉のような青い瞳には蔑みの色など微塵もなく私を映していた。
「もしかしたら、『呪いを解く鍵』というのは―私 [雫の魔女]のことなのかもしれません」
「それは―」
「[魔女伝承]はご存知ですか」
彼は私の発言に驚いた様子を見せたが、すぐに頷いた。
「[魔女伝承]に書かれた[雫の魔女]の役目」
「『有を無に返さんとするもの』でしたか?ということはお嬢さんは呪いを浄化してもとに戻すことができると」
「あくまで可能性ですが、確証は十分に…して呪いとは呪術師がいてこそ成立するのですが、その呪術師に心当たりは?」
「それは…隣国のボルディエ帝国の姫君の差し金かと」
「あぁ、シャルティ姫ですか、ということはこの前のボルディエ帝国での大舞踏会がきっかけですよね。
貴方の妹君、クリスタ姫は妖精姫の異名を持つたいそうお綺麗な方でいらっしゃる。舞踏会でも、注目を一番集めた女性は彼女でしたでしょう?
だからシャルティ姫は彼女に嫉妬したのでしょうね」
「はい、そうですが…お嬢さんは何故こちらの事情を」
「だって見ていましたもの」
「はい!?」
「このような辺鄙な場所にずっといては飽きてしまうのです。だから水晶を使って皆様の様子を少し覗かせていただいているのです」
それに、情報は多いほうが良い。
私は胸の前で手をパンッと叩いた。
「ということで、私がその呪いを解いてみせましょう!その代わりと言っては何ですが一つ願いを聞いてくださるのなら」
「何でも仰ってください。私にできることなら国宝だってお渡しします、ですから―」
「―私とお友だちになってくださいませんか?」
「それがお嬢さんの望みなら喜んで。しかし、他には」
「いいえ、宝石や財産なんて魔女には一生縁もゆかりも無いものはいりません。けれど同年代の友だちぐらい一生にひとりぐらいは欲しいものでしょう?」
私は口角を上げて笑ってみせた。
すると、彼は真剣な表情で私の手を取り―
「お嬢さん、名前を聞いても?」
「セシーリア・アルテです」
わかりました、というと彼は地面に片膝をついた。
汚れますよ!と言おうとしたがもう汚れていたので声にしたら苦笑いされた。
彼は私を見あげて言った―
「わたくしローレンス・レンド・サラシスはセシーリア・アルテを生涯の友とし いかなる時も貴女を守る剣に盾になるとここに誓う」
「私もローレンス、貴方のために力を尽くすと約束いたします」
かくして。
ふたりはサラシス王国に向かうことになるのであった。
サラシス城の一室にて。
「あら、わたくし…ずっと眠って」
「! 目を覚まされましたかクリスタ姫っ」
淡いブロンドの真珠色のような肌をもつ姫がそうっと瞼を開けるとサファイアのような神秘的な瞳と目が合った。
「貴女は?」
「私はセシーリア・アルテ、クリスタ姫の呪いを解くべくローレンス呼ばれた[雫の魔女]でございます」
「セシーリア様が[雫の魔女]様で…わたくしの呪いを、心の底から御礼を申し上げます」
姫は大きく頭を下げた。
そして私の中で一つ確信したことがあるそれは―サラシス王国の国王陛下と王妃様の教育がとても良いということだ。
兄妹揃って性格が良いなんて。
親じゃないのに、というかまだ17才なのにそんなに感動している私は老けているのか。
「わたくし、お姫さまを眠りから目覚めさせるのは勇敢な騎士や王子様ではないと格好がつかないと思っておりましたが……わたくしの胸は今はち切れんばかりなのです。だってこんなにも美しい魔女様に助けていただいたのですもの!
親愛の念を込めてよろしければ今後はお姉様と呼ばせていただきたいのですが、いかがかしら?」
「それは周囲に誤解を与える表現では?」
「あら、王国の姫の呪いを解いたなら貴女はもう民衆の間では聖女様よ!そういえばお兄様は?」
「ローレンス様は少し前に魔物の討伐に、明日には帰って来ると報告がありました」
「『魔物の討伐』?それは4ヶ月前に行ったばかりで……ああそういうこと、そうなのね、ではこのお話しはお兄様が帰還なさってから致しましょう、セシーリア様」
「あ、はい わかりました」
何だろう今の姫のひとりごとは、魔物がどうかしたのだろうか?
ローレンス様ご帰還の日。
私は憂鬱な気持ちを抱えたまま王宮の庭園に出た。
何故ならば、昨晩の祈りが成功しなかったからだ。
負の感情を浄化できなかった。
呪文を唱えても何も起こらなかったのだ。
何があったのか不思議に思いお師匠様を訪ねたが、
「セシーリア、貴女はポジティブな考え方をなさい。そうすれば自分がどんな状況にあるのかわかるはずでしょう?わたくしの一番弟子なのだから」
と半ば呆れられつつ、言われた。
こちらは真剣に悩んでいるのに何故だか知らないが終いには可哀想な子ね、と笑われた。
お師匠様はやはり性格が悪い。
「ローレンス様が帰ったら最後の挨拶して、城を去ろう」
私がもしこのまま魔女ではいられなくなったとしても彼が私に失望することはないだろう。
でも―
「そんなの私が耐えられない」
彼は裏切るような人ではないけれど、でもそんな弱い自分を彼にだけ見せたくはない、何故だかわからないがその感情が私の中をグルグルまわっているそんな感覚がした。
「あら、セシーリア様!こんなとこに。
もうお兄様が広間に来ますから、わたくしたちもさあ行きましょう」
「…そうですね、クリスタ姫」
だから、私は最後まで完璧な自分を演じてみせる。
広間に着くと彼はもうそこにいた。
「お兄様!」
「ああクリスタ、ボルディエ帝国にはきちんと証拠の品とともにシャルティ姫の件に対する申し立てをしたが、本当に呪いが解けたんだね」
「ええ、セシーリア様のおかげです」
「僕からも改めて礼を言うよセシーリア」
また、頭を下げられた。
本当に感謝の深い方。
「私は友のためにできることをしたまでですよ」
「謙遜しなくていい、それはそうとセシーリア最近変わったことはなかった?」
ギクリ、としたが表情は意地でも変えない。
「最近ですか?」
「うん、気づいていると思うけど、今回僕が行ったのは魔物討伐ではなくて悪魔討伐だったから」
「へっ?」
悪魔を倒したの?
なんで…
「『魔女伝承』によると[雫の魔女]だけは後から創造された臨時の魔女だから役目から解放される方法があるとあっただろう、条件は『悪魔を滅ぼさんとする』こと。
まあ、悪魔が消えれば負の感情を取り込む者もいない訳で君が負の感情を浄化する必要も無くなるってことだろう」
「…なんで」
悪魔を倒せば私が魔女の役目から解放されることは知っていたけど。
なんで、私のために悪魔と戦ったの。
とても危険な存在なのに、貴方が死んでしまうかもしれなかったのに。
それに魔女じゃなくなったら、私はどうなってしまうの?役に立てなくなるの?
「でも、負の感情を浄化することはできなくなっても、セシーリアの浄化の力はもう君の一部だから消えないだろうね」
「!」
良かった。
浄化はまだできるのね、ならローレンスと一緒にいられるかな。必要とされているかな。
「だから、提案なんだセシーリア。
どうか、サラシス王国の聖女に…
そして、僕は君が好きだ。魔女であろうと関係ない君自身が好きなんだ、僕には君が必要なんだ」
バチッと彼と視線が重なる。
「君さえよければ僕の妃になって、一生涯の伴侶でいてくれませんか?」
「え?」
いきなりの告白に頭が真っ白になる。
展開が早すぎてついていけないし、言いたいこともたくさんある。
あの日、あの時と同じ真剣な瞳で彼は私を見つめる。
こんなの、こんなの―
「私もあなたの隣にいたいです」
―きっと、好きにならないほうがバカだ。
魔女だろうが何だろうが私は何時だって好きな人の隣で微笑むんだ。
「愛してるよ」
「私もです」
サラシス王国の新国王と稀代の聖女の結婚式は後の世に語り継がれるほど幸せに包まれた素晴らしいものだったという。




