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紫音の寝顔を見つめながら、凰理は利都から連絡を受ける前まで詩音とやりとりしていたことを思い出す。
※ ※ ※
「凰理ってロリコンだったの?」
「はっ?」
突然、話があると凰理の研究室に現れた詩音は、突拍子もない発言を繰り出した。唖然とする凰理に詩音は首を傾げる。
「だって紫音ちゃんとしばらく交流はなかったんでしょ?」
「なんでここにあいつが出てくるんだ」
眉間に皺を寄せる凰理だが、詩音はものともしない。わざと胸の前で腕を組んで大袈裟に肩をすくめた。
「よく言うわよ。人のこと、ずっと代わりにしていたくせに」
さすがの凰理もすぐに言葉が出ない。ただ詩音に訝しげな視線を送るだけだ。詩音は堂々と凰理と目を合わせ強気に話を進めていく。
「ずっと不思議だったの。名前さえ認識していないような私からの告白を、どうして凰理は受けてくれたんだろうって。凰理はどちらかというと彼女は面倒だって思っている節があったでしょ?」
当時の凰理は、その見た目もあって性別問わず一目置かれる存在だった。女性からの告白は日常茶飯事で、それを適当にあしらう場面を詩音は遠巻きに何度か目撃している。
詩音もそういった女性のひとりになるだろうと覚悟していた。ただ認識されていないよりはマシだ。
どうせ正面から受け取ってもらえないなら、あれこれ考えず軽い気持ちで自分の想いを口にするのも、いい経験になるかもしれない。
「凰理に聞かれて、私が『河野詩音です』って告げたときのあなたの顔。なににそんな驚いているんだろうって思ったけれど、詩音って名前にだったのね」
告白慣れしているはずの凰理が珍しく狼狽えた表情を見せたので、詩音はなにかまずいことを言ったのかと不安になった。
断られるにしても、そこまで気まずそうにされるのは心外だ。
不満を覚えそうになったが、凰理からの結果は、まさかのOKですぐにそのことは頭から消え去った。信じられない気持ちでいっぱいになる。
そうやって始まったふたりの交際だが、すぐに詩音は小さな違和感に気づいた。
「凰理に優しく名前を呼ばれるたび、幸せだけれどどこか切なかった。わかったの、私。ああ、この人は私なんて見ていないんだって」
「俺は」
凰理が口を挟もうとしたが、それを素早く詩音が制する。そして極力明るく凰理に告げた。
「好きな人と付き合って一緒にいるのに、それってものすごく不毛じゃない? 失礼すぎるわよ」
わざとおどけて言ってみせる。今だから口にできる内容だった。付き合っている当時は、怖くて自分から切り出せなかった。
けれど小さな綻びはどう足掻いても大きく広がっていくだけ。最終的に詩音から凰理に別れを切り出した。
就職を決まったのを言い訳にしたタイミングで、詩音なりに一種の賭けだった。
少しは引き留めてくれるのか、彼の今まで付き合った彼女たちに比べたらそれなりの長さを共に過ごしてきた。自分に執着を見せてくれるのか。
しかし結果は悲しくも予想通りのものだった。




