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目が合い、紫音はうつむくと唇をきつく引き結んだ。妙な沈黙がしばらく走り、凰理はうかがうように紫音の名前を呼ぶ。
「紫音」
「……代わりにしないで」
ほぼ同じタイミングで呟いた紫音の言葉に凰理は大きく目を見開く。一方で紫音は口にして初めて自分の気持ちに気づいた。
「詩音さんに振られたからって、私を代わりにしないでよ」
詩音の存在を知ってから、ずっと胸がざわついていた理由。同じ名前で、先に彼女と知り合い、さらには付き合っていた。
なら凰理が自分を「紫音」と呼ぶたびに誰を思い浮かべていたのか。
『私から別れを告げたの』
詩音が別れを告げなければ、ふたりはまだ付き合っていたのかもしれない。そんな可能性さえ胸をやきもきさせる。
『まさかOKもらえるとは思ってもみなかったわ。付き合ったら意外と大事にされるとも』
知っている。凰理と成り行きでデートすることになったとき、彼は紫音の希望を最大限に優先させ、エスコートしてくれた。
純粋に楽しめたが、付き合っていない自分にまであの態度なら、付き合った相手にはもっと大事にするのだろう。
『紫音を甘やかしたかった。お前が楽しんだのなら俺としては十分だ』
あなたの言う『しおん』って誰? 甘やかしたかったのは、本当は誰なの?
凰理の自分に対する態度がすべて“代わり”だったように思えて、それがこんなにも悲しいなんて思いもしなかった。
自意識過剰かもしれない。けれど、前世での扱いも影響し、拒絶する気持ちが強くなる。
もう誰かの代わりは嫌だ。ましてや唯一、前世でシオンを弟の代わりではなく女であっても勇者として接してくれた魔王自身に身代わりとして扱われるのは。
お願い。あなただけは、私を見てよ。
「紫音」
先ほどより、しっかりと名前を呼ばれた気がする。あまりにも一方的な訴えに凰理はなにを思ったのか。
勘違いだと呆れたのか、その通りだと罪悪感を抱かせたのか。
続けられる言葉がわからず、紫音はびくりと肩を震わせる。
もしかしてむしろ嫌がらせのひとつだった? だって彼は私のことを――
次の瞬間、紫音は凰理に力強く抱きしめられていた。
「紫音を誰かの代わりにしたことはない」
あまりにも真剣な声色に紫音は抵抗を忘れ、目を瞬かせた。凰理は腕の力を緩めないまま静かに続ける。
「今も昔もお前はお前だよ。ふたりといない、紫音は紫音だ」
凰理の言葉に目の奥が熱くなり、紫音は自ら凰理に密着して彼の胸に顔を押しつけた。凰理はなにも言わず、紫音の頭を優しく撫でる。
伝わる温もりでさらに熱が上がってしまいそうだ。ずっと紫音の心を覆っていた黒い靄が溶けて消えていく。
さすがに息が苦しくなり、軽く身動ぎすると凰理がそっと紫音を解放した。紫音はそんな彼をそっと見上げる。
今日初めて凰理の顔をしっかりと目に映した気がした。




