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ああ、最悪だ。
紫音は見慣れた天井を睨みつけながら再び寝返りを打つ。エアコンをほどよく効かせているが、寒いのか熱いのかわからない。
紫音は久しぶりに発熱して寝込んでいた。おそらくここ数日の疲れが出たのだろう。
不幸中の幸いは昨日が集中講義の最終日で、論述試験は手応えを感じられた。その翌日に体調を崩すとはタイミングがいいと褒めるべきか否か。
とにかく久々の本格的な体調不良に紫音の気持ちは沈んでいく。
エアコンの設定温度を下げすぎてた? 昨日シャワーを浴びた後、なかなか髪を乾かさなかったから?
おそらく睡眠不足もある。試験対策と張り切りすぎたのか。……違う。
本当はここ最近、あまりよく眠れていなかった。凰理とデートした、正確には詩音の存在を知ったあの日から。
紫音は唇を真一文字に結び、枕元においてあるスマートホンを手に持つ。朝に市販薬は一応飲んだが、あまり症状は改善しない。
病院に行くほどではないが、さすがに弱気になる。朝からなにも口にしていないが食欲はまったくない。
実乃梨の顔が浮かんだが、彼女はおそらく帰省中だ。他の頼れそうな友人たちも同じだろう。
こういうとき、なかなか素直に人を頼ることができないのは紫音の性分だった。
あとは、誰が……。
『そういうときは、すぐに俺に電話してこい』
ふと頭を過ったのは、先日凰理から言われたセリフだ。
『どこにいても駆けつける』
しっかりと彼の声で再生され、ほんの一瞬心が揺らいだが、すぐに打ち消す。
渋々、紫音は利都にメッセージを送ることにした。事務職員である利都は今日も普通に出勤している。
すぐに携帯を確認できる状態ではないかもしれないし、万が一メッセージを読んで、仕事中にもかかわらず余計な心配をかけても申し訳ない。
働かない頭を懸命に動かし、紫音は極力軽い調子で文章を打ち込んだ。いくつかの欲しいものをリストアップし、仕事帰りにドアにかけておいてほしい旨をまとめる。
送信ボタンを押して、スマートホンを手放す。さっきから世界が揺れている気がするのは熱のせいなのか。
紫音はぎゅっと目を瞑って思考を遮る。
眠らなくてもいいから、とにかくなにも考えずに横になっておこう。
吐く息さえ熱い。紫音は大きく息を吸って頭の中を真っ白にした。
『ぼく、勇者様みたいに強い男になる!』
『やっぱり選ばれた勇者様だ。さすがです』
訪れた町で村人たちに囲まれたシオン一行は尊敬の眼差しと感謝の言葉を存分に浴びせられていた。
仲間たちが笑顔でいる一方で、シオンはどこか浮かない表情になる。
本当は勇者として選ばれたのは弟で、シオンは身代わりだ。剣の腕を必死に磨いて実力をつけても、その事実はどうしようもない。
性別も偽り、仲間さえ騙している。
『今度の勇者は女か』
ただひとり、皮肉なことに宿敵魔王だけは自分の正体を見抜いた。彼だけはシオン自身を勇者として扱ってくれる。
ああ、そうか。私――。




