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「ああ、ちょっと出かけてたんだ。もう戻ってきて、今駐車場にいる……ああ」
さっさと電話を切った凰理に紫音は自分の予想をぶつける。
「もしかして電話の相手って利都?」
「ああ。今、どこにいるんだって。帰ってきたところだって伝えたが」
面倒臭そうな凰理に対し、紫音は弾かれたように車のドアを開けた。
「わ、私、先に行くね」
「あ、おい」
引き留める凰理の声を無視して紫音はさっさと車を降りると住人専用通路を抜け、マンションのエントランス部分へ急ぐ。
なにもうしろめたいことはないはずなのに、凰理と一緒にいたことを利都に限らず、誰かに知られるのはいけない気がした。
なにより電話が鳴る直前の凰理の行動が紫音の心を乱している。胸が締めつけられるように痛むのは嫌悪感ではない。それが余計に紫音を苦しめる。
そのときエントランスで、見慣れた人物が紫音の目に入る。続けて彼がひとりではなく誰かと話していると気づいた。利都と同年代の女性だ。
ぱっと見て美人だと紫音は思った。背中まである長い髪のサイドを編み込み、肩にフリルのあしらわれた白のトップスと淡いピンク色のミモレ丈のフレアスカートの組み合わせは上品で可愛らしい印象を与える。
もしかして利都の恋人かな?
「利都」
心を弾ませながら声をかけると利都と共に女性も紫音に視線を向けた。程よくメイクが施されているが、気どらない雰囲気の優しそうな女性だった。
「紫音。出かけていたのかい?」
「あ、うん。ちょっとね」
「しおん、ちゃん?」
なにか言う前に利都の隣にいる女性が不思議そうな面持ちで紫音を見つめてくる。
「あ、はい。神代紫音といいます」
わけがわからないまま紫音は頭を下げた。どこかで会ったことがあるだろうか?
女性は目を瞬かせて紫音に視線を送った後、にこりと微笑んだ。
「私は」
そこまで言いかけて彼女が言葉を止める。ますます理解できずにいると続けて女性の口から思わぬ名前が飛び出した。
「凰理」
紫音は目を見張り、うしろを振り返る。そこには紫音に続いて駐車場からエントランスに足を運んだ凰理の姿があった。
凰理の顔にも驚きが広がっている。対する女性は改めて笑顔を作った。
「久しぶり、元気にしてた?」
どうやら彼女は利都だけではなく、凰理の知り合いでもあったらしい。しかしなんとなくだが、利都を前にしたときと今の彼女とではあからさまに纏う空気が違う。
さっきまでのウキウキしていた気持ちが一転し、紫音心の中で妙なざわめきが起こる。
「……詩音」
さらに凰理の口から紡がれた言葉に衝撃を受ける。一瞬耳を疑ったが、それは彼女自身に念押しされる形となった。
「紫音ちゃん、初めまして。河野詩音っていいます。同じ名前でびっくりしちゃった」
固まっている紫音に彼女は、詩音はゆっくりと自己紹介をした。なにがこんなに衝撃なのか、同じ名前の人間などそう珍しくはない。
とにかく今すぐこの場から逃げ出したい。凰理と詩音の間に立つのも嫌だ。けれど足が床に縫い付けられたかのごとく、紫音はその場を動けなかった。




