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「ごめん、お待たせ。ドアは無事に直ったみたい」
最初に駅で事情を説明していたので、紫音は電話の内容を端的に告げる。
「今日はもういいのか?」
「うん、改めてまた出かけることにしたから」
紫音は再び凰理の前に座り、何事もなかったかのようにカップに手をつけた。
その後、凰理と他愛ないやりとりを交わしつつ紫音は機嫌よく再びスイーツに舌鼓を打つ。見た目も味も文句ない。
凰理は紫音の好みを優先しつつ適当に食べ進めている。その気遣いが有難いような、完全に付き合わせてしまっているのだと少しだけ申し訳なくなる。
『デートに誘っているんだ』
『なに? デート?』
……これは、デートって呼べるのかな?
この店にカップルらしき男女は何組もいたが、自分たちとは親密さも雰囲気もあからさまに違う気がした。
男女で出かけたらデート? でも利都と外でご飯を食べてもデートって感じじゃないし。
話す内容も関係性も兄のような、保護者のような立場だ。男女を意識することは、まずない。なら、今はどうなのか。
さっきから、こんなくだらないことで悩んで、私バカみたい。
それこそデートという言葉をいちいち真に受けすぎている。凰理にとっては、ただの暇つぶしだ。
きっと彼は今までデートをいくらでもしてきたのだろう。自分みたいな適当な相手ではなく、本当に付き合っていた彼女たちと。
その結論に達し、なぜか紫音の胸が痛んだ。店自慢のスイーツの味が急にわからなくなる。
今まで何人の女性がこうして凰理と同じテーブルについて、彼を正面から見つめてきたのか。
私には関係ない。
飲み込まれそうな暗い感情を振り払い、紫音はカップに手を伸ばした。
「ご馳走様、ありがとう」
ゆったりと過ごしたので、お茶をする人々で列ができているのと入れ違いに店を出る。宣言通り支払いを終えた凰理に紫音はお礼を告げた。
相手が魔王とはいえ奢ってもらって感謝しないほど紫音も人間ができていないわけではない。
「紫音があそこまで甘いものが好きとは知らなかったな」
呆れているのか、感心しているのか。デザートならいざ知れず、食事としてスイーツをたいらげるのは、根っからの甘味好きだ。
指摘され紫音は口を尖らせる。
「甘いものならなんでもいいってわけじゃないの。あそこのお店のは特別で」
「たしかに、どれも美味かった」
凰理の肯定に、続けようとした言葉を飲み込み目を瞬かせる。
ふたりの足は駅の方向へ向いていた。凰理が駅の地下駐車場に車を停めているので、ついでに紫音も乗せて帰ってもらう流れになった。
最初は凰理の提案に首を縦に振らなかった紫音だが、駅の構内での出来事がある。
もう彼はいないだろうが、また面倒事に巻き込まれる事態は避けたい。そこを指摘され、紫音はしばし考えを巡らせた後、凰理の申し出を受け入れた。
どうせ帰る場所は同じだ。
帰ると言われてホッとした反面、わずかに落胆の気持ちになったのは内緒だ。デートだと意識した途端、食事を終えたら終了らしい。
いやいや。いいでしょ、べつに。
お互いの行きたいところにそれぞれ付き合った。五分五分だ。




