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「そうだな。そして別の誰かが犠牲になる」
得意げに告げた紫音に対し凰理は小さく言い放った。
心の中に石を投げ込まれたかのように波紋が広がる。落ち着かない。責められたわけでもいつもの嫌味でも意地悪でもない。
なにがこんなにも自分をざわつかせるのか。
「ねぇ……前にもこんな話をした?」
確信はない。けれど尋ねずにはいられなかった。凰理はなにも答えず紫音をじっと見つめる。
緊張して彼の答えを待っていると、凰理はふっと微笑んだ。
「お前は赤ずきんというより猟師だろ」
じゃぁ、猟師にやられてしまう狼は魔王なの?
冗談めいた口調で返してやればよかった。けれど今は、そんな気になれない。そのときマナーモードにしていた紫音のスマホが振動する。
画面を見ると実乃梨で、紫音は慌てて席を立った。
「ごめん、実乃梨から。ちょっと電話に出てくるね」
そう言って紫音はそそくさと店の入り口の方へ向かう。
『紫音、今日は直前で本当にごめんね。なんとかドア直ったよ』
通話をオンにすると即座に電話越しに謝罪の言葉が聞こえた。実乃梨が申し訳なさそうな顔をしているのがありありと浮かび、紫音は苦笑する。
「謝らないで。防犯とか心配だしちゃんと直ってよかったね」
『うん。で、紫音はまだ外? 今からでも合流する?』
実乃梨の提案に目を瞬かせる。そして少しだけ考え込んだ。
「ごめん。今日はもう別の用事を入れちゃって……」
立場が逆転し、紫音が心苦しく謝罪する。ところが返ってきたのは脱力しそうなほどの喜々とした声だ。
『そうなの? なに? デート?』
「違う、デートじゃない!」
反射的に否定する紫音に実乃梨が笑う。
『そこまでムキになって否定しなくてもいいでしょ。わかった、また今度改めて買い物行こうね。今日は本当にごめん』
「大丈夫、またね」
実乃梨とのやりとりを終え、紫音は再び店内に戻ろうとするが、自分の行動がどうもスッキリしない。
ここで食事を終えてから実乃梨と合流したっていいはずだ。そもそも今日はそのためで出てきた。時間もそこまで遅いわけじゃない。
けれど……。
凰理の待つ席に足を向けて気づく。彼は遠くからでもよく目立つ。すらっと長い足、姿勢よく伸びた背筋。
本人は特段意識していないのだろうが、まるで隙がない。整った横顔に釘付けになっている女性客も少なくない。
食べるのに夢中であまり気にしていなかったが、凰理に集まる視線は相当なものだ。
同じテーブルについていたことが、少しだけ恥ずかしくなる。凰理とは反対に、紫音は注目されたり目立つことが苦手だ。
肝心の凰理は、こんな状況には慣れているのか、まったく意に介さず先ほどの書店で購入した本を開いていた。
そのとき、不意に凰理と目が合う。紫音を視界に捉えると、凰理はすぐに本を閉じた。
おかげでぎこちなかった紫音の足取りは一転、足早に席に戻る。




