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一番下の軽食から食べるのが礼儀かもしれないが、溶けそうなものを先に食べてしまおうという気持ちは間違っていないはずだ。
スプーンで一口すくい口の中に入れると舌の上にひんやりと冷たさが伝わり、次に甘みが広がる。
甘いものが好きな紫音はこれだけですでに幸せだ。
自然と笑顔で食べ進める紫音だが、不意に目の前の男と視線がぶつかる。凰理はまだどれにも手を付けておらず、こちらをじっと見つめていた。
自分ひとりだけ食べていた状況にさすがに居心地が悪くなる。
「……もしかして甘いもの嫌いだった?」
さっきはああ言ったものの心の中に急に不安が広がる。ここを提案したとき、凰理は驚いていたが拒否はしなかった。
一方、紫音が強引に話を進めたのも事実だ。
凰理はおもむろにティーカップに手を伸ばす。
「いや。珍しい顔をするから眺めていただけた」
カップに口をつける姿はなかなか優雅だ。しかし紫音の胸中は穏やかではない。
「ど、どういう意味?」
そんな変な顔してた? 魔王を前に油断しすぎ?
動揺を出さないようにして尋ねるが、凰理は気にせず答える。
「本当に好きだって表情だな」
「……好きでもないのに行きたいなんて言わないけれど?」
やはり凰理の言わんとすることはよくわならない。肩透かしを食らった気分で紫音は律儀に返した。
凰理は紫音とは対照的に一番下の皿の軽食に手をつける。本来そちらがマナー通りだ。
紫音はアイスクリームをたいらげると、二段目のスコーンを自身の皿にとった。
膨らみの割れ目のところに指を添えて力を入れると、丸い形のスコーンは綺麗に割れてふたつになる。
「狼の口だな」
「狼?」
紫音の動作を見ていた凰理が口を開く。
「その側面にできる割れ目が狼の口に似ているからそう呼ばれるようになったらしい。本場イギリスではこの狼の口がしっかりあるのがいいスコーンの証だって言われる」
「へー」
紫音は純粋に感心する。凰理の研究分野に関係するからかはわからないが昔からこの男は妙に博識だった。
本もよく読んでいたよね。
納得したのと同時に目を見張る。それは誰の話なのか。凰理か、魔王か。
けれど前世で自分たちは敵対していたはずなのに、彼のそんな一面を知っているわけがない。
モヤモヤした気持ちを振り払い、紫音はクロテッドクリームを塗った後、クリームの上にジャムを乗せる。
まだ割られていないスコーンを眺めると、たしかに狼が大きく口を開けているようにも見えてきた。
「狼の口って赤ずきんちゃんみたい」
「お前は疑いなく食われそうだな」
すかさず返ってきた言葉に紫音は眉根を寄せる。具体的主語がなくてもこのときは凰理の言っている意味はわかった。
紫音が赤ずきんだったら、という話だ。
「私は狼にそそのかされて寄り道しない。まっすぐに目的地を目指すから」
そうすれば赤ずきんどころか、おばあさんも食べられることもない。




