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『そうやって、ずっと探しているの?』
尋ねたのは自分だ。ただし紫音の記憶ではない、前世のシオンのときだ。ここは魔王が集めたという古文書が際限なく収納されている。
気が遠くなるほどの書物を彼は確かめるように一つ一つ手に取って確認している。
おかしい、自分はどうして宿敵魔王を前にしてこんな切ない気持ちになっているのか。この質問は、どういうつもりで投げかけたのか。
魔王はこちらに見向きもせず、本と向き合っている。流れるような黒髪、眼光が鋭く見る者を威圧させる風格は魔王にぴったりだ。
その一方で目鼻立ちがはっきりとした端整な顔立ちは多くの者を魅了する。シオンはひたすら彼を見つめた。ややあって魔王の口が動く。
『――いつか見つかるかもしれない』
言い終えて本を閉じ、こちらを向いた彼と目が合う。
「紫音?」
そこで我に返った紫音は思わずよろけそうになった。軽い立ち眩みを起こし、足に力を入れる。
今のは、なんだったのか。前世の記憶だろうが、はっきりさせられない。
「大丈夫か? 少し酔ったか?」
心配そうに凰理が声をかけて近づいてくる。これは今だ、現実だ。
「へい、き……ここ、よく来るの?」
深く突っこまれたくなくて、わざと話題を逸らす。
「いや、ここに来たのは初めてだ」
ところが返ってきた意外な回答に紫音は目を丸くした。
来慣れていたように思えたが、凰理によるとこの店は専門書や古書を中心に扱っているもののインターネットでの販売がメインらしい。
研究者や業界人の御用達で、凰理も何度かインターネット経由で利用したことがあるが、なかなか店に直接行く機会はなかったんだとか。
そして今回、目当ての本の取り置きを頼んだうえでやって来たというわけだ。
「実際に店に来てみると、他にも気になる本が出てくるからきりがないな」
苦笑する凰理に紫音は尋ねる。
「……探しものは、見つかった?」
なにげない質問のはずなのに、わずかに緊張が走る。先ほどの記憶と妙にリンクしていた。
「ああ」
だからか、凰理のなにげない返答に紫音の心が揺れた。次の瞬間、涙腺が緩みそうになり慌ててうつむく。
「それは……よかったね」
小さく呟いて返したが本心だ。こんなにも安堵する理由はわからないけれど。
先に店の外に出ていると告げ、紫音は凰理に背を向けて外の世界を目指した。暗い店内から一転、大袈裟かもしれないが、太陽の光に、異世界から帰ってきた気分になる。
大きくため息をついて、店の外に出されている本をぼんやり眺めていると声がかかった。
「待たせたな。体調は?」
店内から凰理が出てくる。右手には丈夫な黒のトートバッグを持ち、中に何冊か本が入っているのが見受けられた。
「大丈夫。こんなにたくさんの本に囲まれたの、久しぶりだったから」
答える紫音に凰理は歩み寄る。彼からバッグに視線を移し、紫音は右手を差し出した。
「どうした?」
「持とうか? それくらいしか、ついてきた意味がなさそうだから」
不思議そうな凰理に紫音は真面目に答える。自分をここに付き合わせた理由、借りを返すためには、と考えた結果だ。
紫音の思考を読んだ凰理は呆れつつきっぱりとした口調で続ける。
「荷物持ちをさせるつもりで連れてきたわけじゃない」
言いきった後、凰理は荷物を渡す代わりに、紫音の右手を軽く取った。
「それに、俺は自分のものは自分で持つんだ」
紫音は目を丸くする。そのまま歩を進める凰理に引かれる形で紫音も歩きだした。
なに? 私も荷物扱い?
いつもの調子で返そうとするが、声にならない。
「この後、どうする?」
さらに凰理が先に尋ねてきたので、紫音は手をほどくタイミングを失ってしまった。
「どう?」
「もう昼時だろ」
たしかに実乃梨ともランチを楽しんでから買い物をする予定だったので、ほどよく空腹感はある。
とはいえ、これは付き合わないといけない流れなのだろうか。
デートと呼ぶならここで終わりというのも不自然かもしれない。
「お前の好きなものを言えよ。心配しなくても割り勘なんて野暮な真似はしない」
「そういう話じゃないの」
眉をひそめたままいい返事をしない紫音に凰理が声をかける。
でも、なにが楽しくて魔王と食事を? 好きなものって言ったって……。
そこで紫音はある考えが閃く。目を見開いて凰理をじっと見つめる紫音に凰理は首を傾げた。紫音は繋がれたままの手を引く。
「あ、あのね」




