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きっとあの講義をするためには、それなりの事前準備が必要だったはずだ。
あの広い部屋で紫音の存在に気づくくらいなら、他の学生のこともよく見ているに違いない。
彼の外見だけではなく凰理自身に惹かれ、慕う者が多いのも今なら理解できる。それは前世で魔王をしていたときにもいえるのかもしれない。
凰理のことばかり考えている自分に気づき、そろそろ触れるのをやめてほしいのもあって紫音は無意識に話題を逸らす。
「と、とりあえず利都に連絡していい? 今日、泊めてもらおうと思って」
「は?」
思わず凰理の手が止まる。打って変わって怪訝な声をあげた凰理に驚きつつ紫音は眉尻を下げた。
「だってシーツ干しっぱなしで濡れてるだろうし、替えも今もちょうどなくて……」
残念そうに告げる紫音は本気で落ち込んでいる。けれど凰理にとっては、そこが問題ではなかった。
「だからって、なんであいつのところなんだ」
「同じマンションで、親戚だから」
はばかりなく紫音は答えた。実乃梨のところに行ってもいいが、泊めてほしいとなると友人に対してはあまりにも突然の頼み事で気が引ける。
その点、利都には大学に進学し親元を離れてからなにかと世話になっているし、互いの親も公認だ。彼の部屋が客人を泊めるほどの広さがあるのも知っている。
こういうとき親戚だとなにかと頼りやすい。ところが凰理は渋い表情を崩さないままだ。
「わかった。なら俺の部屋に来い」
低い声で静かに提案され、紫音は凰理じっと見つめた。
「……なんでそうなるの?」
抑揚なく返したが、この男がなにを言っているのか本気で理解できない。
「俺自身を知りたいって言わなかったか?」
「なにが『わかった』よ。そういう意味じゃない!」
揚げ足取りもいいところだ。しかし凰理も引かない。
「お前こそなにもわかっていない」
なぜか自分が責められる結果になり、紫音は不満げに顔を歪める。
もしかしてやっぱりこの男とわかり合おうっていうのが無理な話?
勇者と魔王だった関係は変えられない。
紫音がため息をついて帰る支度を始めると、凰理が車で送っていくと申し出た。今晩どうするかはとりあえず保留にし、帰りくらいは素直に送っていってもらうことにする。
窓の外を見ると、いつのまにか雨が止み、分厚い雲が遠のいていた。徐々に空は夜に侵食されているが暗闇ではない。
そうだよね、怖いものや苦手なものがあってもいいんだ。
当然のことに今さら胸を撫で下ろす。それと同時に今まで不必要に肩肘を張っていたのだと気づいた。
停電したとき、ひとりでもきっと紫音は耐えられた。けれど凰理がそばにいてくれたおかげで、随分と救われたのも事実だ。彼の言葉にも。
私、魔王に助けられてばかりだ。
凰理の怖いものを探ろうと思ったのに、逆に自分の弱点を晒してしまう羽目になるとは。悔しくはあるが、不思議と紫音の気持ちは晴れやかだった。




