12
周りには崩れた本の山がいくつかある。そして段ボールに残っている本の中から一冊を凰理が拾い上げた。
「ほら、これだろ」
「あ、うん」
手渡されたのは、高原が話していた本だ。受け取り、紫音はしばらく立ちすくむ。そしてコーヒーを淹れ直そうとする凰理の背に思いきって声をかけた。
「あなたの怖いものってなに?」
唐突な紫音の質問に凰理は驚いた顔で振り向いた。
「どうした? 気になるのか?」
「うん。魔王の弱点を知っておいて損はないでしょ」
相変わらずの言い草に凰理は苦笑する。しかし続けて予想外の言葉が紫音から放たれた。
「それに私自身も知りたいの。あなたのこと」
勇者と魔王として敵対していたとき、凰理はなにを考えていたのか。あのときは知ろうともしなかったし、理解しようとも思わなかった。
けれど今、こうして再び巡り会えたからこそわかりあえることもきっとある。
「紫音」
「なに?」
改めて名前を呼ばれ首を傾げる紫音に対し、凰理は満足そうに微笑む。
「答えだ。今も昔も、俺の弱点はお前だよ」
まさかの回答に紫音は大きく目を見開いた。言われた内容を咀嚼するのにわずかに時間がかかり、ややあって瞬きを繰り返した後で仰々しいため息をつく。
「まぁ、いいけどね。魔王がそう易々と自分の弱点を言うわけないだろうし」
「なんでお前はそう人の言葉を素直に受け取らないんだ」
正確には『凰理の』言葉になるが、そこまでわざわざ訂正しない。紫音は散らかしてしまった本をひとまずまとめる。
「続きは明日でいい?」
なにげなく凰理に問いかけると、今度は彼が意外そうな面持ちになる。紫音はぶっきらぼうに付け足した。
「本を借りるお礼に最後までやるよ。中途半端は嫌だし」
目当ての本は見つかったが、本の整理はまだ終わっていない。途中で投げ出すのは紫音の性分ではなかった。そういったところは前世から変わらない。
凰理の顔に思わず笑みがこぼれ、その調子で紫音に尋ねる。
「それで、俺の講義はどうだった?」
「え?」
不意打ちの問いかけに紫音は面食らう。凰理には、彼の講義は取っていないと話していたはずだ。そんな紫音の顔色を読んだのか、凰理が種を明かす。
「前の列の左端の方に座ってただろ」
まさかあれだけの受講生がいて、気づかれていたとは思ってもみなかった。完全に油断していたため気恥ずかしさで頬がかっと熱くなる。
「それは、急に小山先生の講義が休講になって、空いた時間がもったいなかったから……」
なにも悪いことはしていないのに紫音は言い訳を口にする。八つ当たりだとわかっているが、こういうとき凰理の余裕綽々とした態度が気に入らない。
憎まれ口を叩きそうになったが、すんでのところで考えを改める。
「講義は……興味引く内容で面白かった」
ここは素直に感想を述べる。学生として彼の講義に文句がなかったのは事実だ。凰理は紫音に近づくと、彼女の頭をそっと撫でる。
「成績優秀者にそう言われるとは光栄だな」
言い方はともかく、凰理の声も表情も純粋に嬉しそうだ。だから紫音も無下に振り払わなかった。




