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苦手な暗闇の中、宿敵魔王と並んで座っているのはなんとも奇妙だった。けれど今は彼の存在に救われている。
徐々に目が慣れてきて、紫音の心には少し余裕が生まれた。外の雨脚は一向に弱まらないが、静かな世界に程よい音を運んでくる。
沈黙を破ったのは紫音の方だった。
「ねぇ、私たちって最後はどうなったの?」
「最後?」
隣からおうむ返しで尋ねられる。紫音は前を向いて小さく補足した。
「前世の話。色々思い出したけれど最終的にどうなったのか、記憶は曖昧で……」
自分は勇者で魔王を倒すために旅に出ていた。たまに現れる魔王とやり合いつつ敵対していたところは覚えている。
しかし最後はどうなったのか。無事に自分は勇者として魔王を倒せたのか。それとも魔王に返り討ちにされてしまったのか。
思い出したいのに思い出せない。小骨が喉に引っかかったような気持ち悪さだ。
「なんだ、あんなに愛し合ったのを微塵も覚えていないのか」
「嘘はやめて」
あっけらかんとした凰理の回答に、紫音は脊髄反射で切り返す。
「魔王に堕ちるとかありえない」
眉根を寄せて断言すると、どっと脱力した。聞く相手が悪かった。その前に質問した自分の愚かさを呪う。
「どうして嘘だって言える?」
ところが凰理が真面目な声色でさらに返してきたので、紫音の思考は停止した。
「え?」
思わず隣を向くと、凰理の表情は見えないまでも彼がこちらに視線を送っているのは伝わってきた。
「なにも覚えていないのに?」
真剣な声色で畳みかけられ、さすがに紫音も狼狽える。
「え。いや……」
目を泳がせていると頤に手を添えられ、強引に凰理の方を向かされた。
「思い出させてやろうか?」
彼の漆黒の瞳に捕まり、逃げられない。目を逸らせずにいると徐々に顔を近づけられ、紫音は息さえも止めた。
『あんなに愛し合ったのを微塵も覚えていないのか』
嘘だ。そんなことありえない。
心の中で否定するのに、どうしてか拒めない自分もいる。凰理を受け入れてしまいそうになる。
どうして?
吐息を感じるほどの距離まで顔を寄せられたとき、突然床になにかが落ちる音で紫音は我に返った。
さすがに凰理も動きを止める。どちらかが本の山に触れたらしい。
「こういうときは、じっとしているのがいいみたいね」
「お前な……」
凰理の言葉をここぞとばかりにお返しする。冗談を含んだやりとりに、ふたりを包んでいた空気がいつものものに切り替わる。紫音はわざとらしく呟く。
「危ない、もう少しで流されるところだった」
「それは残念なことをした」
ひとり言にも似た紫音の発言に凰理が律儀に口を挟む。相変わらずどこまで本気でどこまでが冗談なのか掴めない。
「あのね、覚えていないからって人の記憶を勝手に改竄しないで」
「人聞き悪いこと言うな」
「はいはい、もう魔王には騙されません」
軽快なやりとりを交わしたところで唐突に部屋の電気が点く。停電が直ったらしい。急激な明るさに目眩を覚え、紫音はしばらく目をつむってうつむいた。
「大丈夫か?」
先に立ち上がった凰理が紫音に手を伸ばす。紫音はおとなしく彼の手を取り立ち上がった。




