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「怖いんじゃない。苦手なの」
言葉通り、紫音は閉塞感のある暗闇があまり得意ではなかった。自分の輪郭さえ溶け、見えないなにかが迫ってくる感じが好きではない。
お前はひとりだと煽られているみたいで、胸が締めつけられる。
これは幼い頃からなので、なにかのトラウマかと思っていたが、よくよく振り返ってみると前世のときからそうだった。
夜、眠るときに真っ暗になるのが怖くて、母や弟のベッドに潜り込んだ。魔王討伐を目指す旅の途中は夜でもほとんどひとりになることがなかったので、なんとかひた隠しにして耐えた。
「怖い」と素直に言えない立場なのをシオンは重々承知していたからだ。
勇者に怖いものがあると知られたら信用に関わる。思いと夢を勇者に託している人々の前で、怖いものなどあってはならなかった。
それが今、よりにもよって宿敵魔王にばれてしまう事態になった。なんとか誤魔化そうとするも、凰理の目を欺けるほど紫音の苦手意識も薄くない。
きっとからかわれて馬鹿にされる。
唇を噛みしめ、うつむいているとわずかに凰理が動く気配を感じた。反射的に身構えた紫音だが、掴まれている右手を引かれた次の瞬間、頭に手のひらの感触がある。
「大丈夫だ。なにも心配しなくていい」
紫音の予想ははずれ、凰理から紡がれた言葉にはからかいはなく、優しさに溢れている。おかげで戸惑いが隠せない。
「……馬鹿にされるかと思った」
率直な感想を漏らした紫音に、凰理は眉をひそめた。
「なんでそういう発想になるんだ」
だって魔王だし、と続けそうになる前に凰理が先に続ける。
「怖いものがない人間なんていない」
『怖いものがない人間はいないって内容だっただろ』
きっぱりと言い切る凰理に、紫音は今日の講義を思い出す。その間に紫音の頭に置かれていた彼の手は緩やかに髪を滑り、紫音の頬に触れていた。
徐々に暗闇に目が慣れ、凰理の顔がすぐそばにあるのがわかる。そして彼の口がおもむろに動いた。
「怖いものや苦手なものがあるなら無理する必要なんてない。素直に怖いって口にしてもかまわないんだ」
以前もそうだ。凰理の言葉は今の紫音に対してだけではなく昔の自分にまで響く。凰理は慈しむように紫音の頬を撫で言い聞かせた。
「いいんだ、紫音。ひとりで抱え込まなくても」
彼の言葉が胸の奥に沁みてなにかを許されるような気持ちになる。紫音の目の奥がじんわりと熱くなった。
魔王が勇者にかける内容とは思えないが、魔王だからと先入観で勝手に凰理自身をどんな人間なのか決めつけていたのかもしれない。
今はお互いに立ち位置も違う。その考えに至ると、この状況のせいもあり紫音は下手に反発しなかった。
「……手、痛い」
紫音の訴えに凰理は思ったより力強く彼女の細い手首を掴んだままだったことを思い出す。名残惜しくも離すと、今度は逆に紫音が凰理の指先に触れた。
「だから、ちゃんと繋いでて」
不意を突かれ目を丸くする。ぼんやりとしか紫音の姿を捉えられないが、なんとなく彼女の表情は見当がついた。紫音は唇を尖らせ、ぎこちなく続ける。
「こういう状況だから言ってるの。停電さえしていなかったら」
「わかった、わかった」
最後まで言い終わらないうちに凰理がおかしそうに遮る、そして改めて紫音の手を取りしっかりと握った。
あまりにも躊躇いがなかったので、思わず手を引っ込めそうになった紫音だが、伝わる温もりにホッと息を吐く。




