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そのとき落雷の大きな音とともに、突然篠突く雨になる。地鳴りを思わせるかのような激しい雷雨に、空は真っ暗だ。予兆があったものの世界が一転する。
「シーツ!」
思い出して紫音が叫ぶ。マンションのバルコニーにシーツを干している。一応、屋根はあるがこの天気ならほぼ意味がない。
からっとしたお日様のいい匂いを想像して干したのに、実際は水分を含んだじめっとしたシーツが出来上がっていると思うと、げんなりと項垂れざるをえない。
こんなことなら、むしろ干すんじゃなかった。
朝の爽快な気分はなんだったのか。たしかにネットの天気予報で『ところにより一時雷を伴う激しい雨が……』という文を目にしたが、そこまで重く受け取っていなかった。
落ち込んでいると、再び窓の外が光り耳をつんざくような音が木霊する。かなり近い距離で雷が落ちたらしい。
さすがに驚いて呆然としていると声が降ってきた。
「怖いのか?」
「……生憎、全然怖くない」
紫音は余裕たっぷりに言い返す。その言葉に嘘はない。
『魔王に立ち向かう勇者様なら、怖いものなんてなにもないですよね?』
そう、怖くない。怖いものなんてあってはいけないんだ。
無意識に自分に言い聞かせる形になり、自然と体に力が入る。すると前触れもなく電気が消えた。
部屋の中だけではない。廊下も外も、一瞬にして世界が闇に包まれる。停電だ。
視界が唐突に不鮮明になり紫音は思わず立ち上がった。
「あっ」
視界が奪われたことで立ちくらみにも似た感覚にバランスを崩す。すぐそばにあった本の塔に体が触れ、紙が滑り崩れる音がする。そこにまた足を取られそうになった。
「動くな」
転ぶのを覚悟した寸前、すかさず腕をとられ手を引かれるようにして再びその場にしゃがみ込んだ。右手首をしっかりと凰理に掴まれる。
「お前な、こういうときは目が慣れるまでじっとしてろ」
続けて呆れた声が紫音の耳に届く。上から降ってくるものばかりだったのに、今はすぐ隣から聞こえた。どうやら彼も紫音と同じように座ったらしい。
表情どころか顔さえ見えない。けれど掴まれている箇所から伝わる温もりや手の感触ははっきりとしていて、不明瞭な世界ですぐそばに凰理の存在があった。
「……紫音?」
さっきから反応がない紫音を不思議に思い、凰理が名前を呼ぶ。だが、紫音はなにも答えない。声を出す余裕がなかったのだ。
長く息を吐いて乱れる鼓動を落ち着かせようと躍起になる。その様子から凰理の脳にある考えが過ぎった。
「お前、まさか暗いところが」
「違う!」
凰理が言い切る前に紫音は否定する。けれど続けられた言葉は、いつもの紫音からは想像できないような弱々しいものだった。
「ここ、狭いから。真っ暗だと圧迫感があって、息苦しくて、それで……」
しどろもどろに答えるが、上手く言いたいことがまとめられない。ややあって紫音は観念し、精いっぱいの虚勢を張る。




