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「信っじられない!」
紫音は文句を言いながら本のタイトルを確認し、積み上げられている本の塔に乗せる。
しゃがみ込んでいるので紫音より高い本の山が彼女を囲むようにいくつも出来上がっていた。まるで小さな要塞だ。
凰理の研究室はそれなりの広さがあり、奥には作業用の机とパソコン、その横には客者用のソファとテーブルが設置されている。しかし問題は、手前にある書庫スペースだ。
本棚には本がほとんど入っておらず、周りには無造作に段ボールが並んでいた。
『この中のどこかに言っていた本はある』
「なにそれ、嫌がらせ?」
凰理の言葉を思い出し、紫音は怒りに震える。それでも手は止めず、新書と文庫にざっくり分け、続けて出版社ごとに積み上げた山に選別していく。
あとは作者名で揃えて本棚に並べれば、見やすいだろう。
ここまでする必要はまったくないのだが、どうせ目当ての本を見つける過程で段ボールの中身を出さないといけない。ついでだ、ついで。本に罪はない。
心の中で弁明しつつ興味惹かれるタイトルの本は著者と出版社を確認し、パラパラとページをめくる。
こういった出会いがあるのもなかなか楽しい。そのときコーヒーの香りが鼻をかすめた。
「随分段ボールが空いてきたな」
感心した口調で告げてくる凰理の手にはマグカップが握られている。紫音は座っているので長身の彼をいつもよりも見上げる形になった。
「少し休んだらどうだ? ゼミからぶっ通しだろ?」
「誰のせいでこんな状況になっていると思ってるの!」
紫音は眉を吊り上げ反論する。凰理の持っているカップはひとつだが、さすがに自分の分だけ淹れるほど冷たくも意地が悪いわけでもない。
紫音の分のコーヒーは来客用のテーブルの上に置いてある。
「まとまって整理する時間がなかったんだ」
悪びれもせずカップに口をつけて凰理は答えた。紫音はその場を動かず、本を確認して作業を進める。
「だったらさっきのゼミ生たちに手伝わせればよかったのに」
彼女たちなら喜んで凰理の手伝いをしただろう。先ほどの光景を思い出し、胸がわずかに痛む。講義の後、凰理と楽しそうにしていた学生たちもそうだ。
自分はあんな風にはなれない。
もしも私に前世の記憶がなかったら、彼女たちみたいに素直に彼を慕えたのかな?
「他人に私物を好き勝手触られるのは嫌なんだ」
ぶっきらぼうに凰理が言い放ち、紫音は目をぱちくりとさせる。なら自分はいいのか。前世で繋がりがあったから少なくとも彼女たちよりは他人ではないのか。
問い詰めたくなるのをぐっと堪える。どうしてか凰理の言い草に特別さを感じてしまったのも事実で、それはけっして嫌なものではなかった。
って、なにを考えているの。どうせ魔王は勇者である私をこうしてこき使って、面白がっているだけなのに。
「冷めないうちに飲んだらどうだ?」
凰理から動かない紫音に再度声がかかる。それを受け、さすがに休憩しようかと体勢を変え、立ち上がろうとした。




