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予想通り、凰理は基本的に前を向いて視線を遠くに向けて話すので、前も方の左端の席に座る紫音を視界に捉えることはなかった。
備え付けのスクリーンに用意していた資料などを映し、時折学生に話を振るなどして、適度に緩急をつけた講義編成は飽きさせない工夫がされている。
なにより凰理の声は低すぎずよく通る。聞き取りやすく耳に心地いい声だ。
「人々は、病や自然災害など自分たちの手ではどうにもならないものの原因を探した。なんでもいい。わからないことが恐怖だからだ」
どこの国でも、どこの時代でも、信仰は存在する。凰理の説明を聞きながら、紫音はどうしてか胸の痛みを覚えた。身につまされる思いはどこからくるのか。
「真実かどうかが大事なんじゃない。原因はこれだと決めさえすれば、誰かが悪者になれば、残りの者の気持ちは落ち着く」
『全部魔王が悪いんだ』
紫音の頭に前世の記憶が降ってくる。
あのとき、どうして魔王討伐の旅に出なくてはならなかったのか。魔王は人を攫っていたと聞いた。
いくつかの村は魔王の支配下におかれ、村でとれる農産物を没収されていると聞いた。それで多くの者が嘆き悲しみ、苦しんでいると。
けれど全部、聞いた話だ。直接シオンが見たわけでもない。村で流行り病が起こり、何人もが亡くなった。農作物が取れず、食料も十分ではなかった。
『全部魔王が悪い』『魔王さえ倒せば、村は救われ平和になる』
本当にそうだったの?
凰理自身が悪かったのか、それともただ『魔王』という悪者が欲しかっただけなのか。
知らない。知ろうともしなかった。魔王は憎むべき相手で、敵だ。
凰理はどう思っていたのだろうか。憎まれ、自分に立ち向かってくる何人もの勇者を相手にして。
その中で、どうして自分にここまで執着するのか紫音には理解できない。女だったから珍しかったのか。
二限終了のチャイムが部屋に鳴り響き、固まっていた紫音は頭を振る。息まで止めていたのか、浅い呼吸を繰り返し自分を落ち着かせた。
端に座っていたのもあり、さっさと立ち上がって通路を譲る。喧騒に包まれた部屋は、出口に向かう人の波ができていたので、紫音もさっとそこに紛れ込む。
案の定、何人かは質問なのか雑談なのか凰理の元に集まっていた。嫌な顔ひとつせず、冗談も交えて笑い合っている。
「先生にも怖いものってありますか?」
「怖いものがない人間はいないって内容だっただろ」
講義を復習するようにたしなめる凰理に対し、尋ねた女子学生は笑顔だ。
「風間先生の怖いもの、気になる! 私は虫全般無理!」
「一人暮らししているとゴキブリとか出たら最悪だよね」
「怖いー! 真夜中でも彼氏に連絡するもん」
紫音の耳に届いた会話の内容はそんなところだった。
『魔王に立ち向かう勇者様なら、怖いものなんてなにもないですよね?』
今のやりとりに触発されてか、はるか遠い昔、勇者に憧れる少年に尋ねられた質問をぼんやりと思い出す。
あのときなんて答えた? 答えは最初から決まっていた。
共通教育棟を出て、紫音は空を見上げた。心なしか朝より曇ったと思うのは気のせいなのか。濃い講義内容だった。あれこれ考えさせられるほどに。
肩を落とし、紫音はスマートフォンの画面を確認した。




