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共通教育は、大学生の一般教養を目的とし、学部や学科の垣根を越えて受講できるのが特徴だ。
学年が上がるにつれ専門科目が増える分、低学年時に履修する割合が高い。必然的に受講人数はどうしても多くなるので開講する部屋はそれなりに広かった。
紫音が部屋の中に入ると、休み時間が始まったばかりだというのに意外にも席は埋まりつつあった。四月ゆえの新入生の真面目さとでもいうのか、担当教員の問題か。
紫音は出入り口付近の机の上に置いてあるレジュメを取り、極力壇上から視線が向かないような席を考え、静かに前の方の左端を陣取る。
いつもなら教員の言葉を聞き逃すまいと、質問しやすさも考慮し真ん中の前の方に座るのだが今の動きは真逆だ。そもそもこの講義は履修していないのだからかまわない。
女子グループの席から二席分を空け、紫音は座った。
「風間先生の講義、楽しみー」
「もう先生を見るだけで十分価値があるよね」
「頑張って質問しようかな」
まだ休み時間なので遠慮なく盛り上がる彼女たちの話題に、紫音はやはりここに来たのは間違いだったとわずかに後悔する。
休講となった小山教授の講義の代わりに、同時刻に開講している凰理の講義を受けに来たのだ。
勉強! 学生の本分は、勉強なんだから。少しでも学ぶ機会があるならそれを逃すのは勿体ないわけで……。
紫音は自分がここにいる状況を必死で正当化させる。べつに凰理との朝の会話に影響されたわけではない。
ただ、突っぱねた態度をとってしまったのもあって気まずさを感じているのもある。
しかし自分は学生なのだから、むしろここは強気に、魔王の講義がどんなものなのかお手並み拝見というスタンスでいけばいい。
隣で盛り上がっている女子たちを横目に、紫音は用意されていたレジュメにさっと目を通す。
テーマは『西洋史における畏怖と信仰の対象』だった。たしかに専門的過ぎず、掴みとしては悪くない。
レジュメも要点をうまくまとめており講義への興味もそそられる作りだ。癖で気になる箇所に先に印をしておこうと紫音はペンを取りだす。
すっかり学ぶ気になっていると、軽くどよめきが起こった。
凰理が部屋に入って来たのだ。女子たちの黄色い声があちこちで飛び交うが、凰理本人は気に留めていない。注目されるのは慣れているのだろう。思えば前世からそうだった。
魔王を倒そうと立ち上がる“勇者”はシオンだけではない。逆に魔王に傾倒する者も現れ、彼の存在はますます目立ち、恐れられていった。
今は違う意味で注目されている。ざわめく場の雰囲気がどうしても気になり、紫音は軽く溜め息をついてペンを置いた。
だから集中できないって言ったの。
周りの浮つく空気も、凰理を見て心を乱されるのも。
やはりここを去ろうかという考えが頭を過ぎったが、それは二限開始のチャイムが鳴ったので実行できなかった。
こうなってしまっては仕方ない、紫音は講義に集中する。
凰理はマイクの調子を確認するついでに、レジュメが行きわたっているかどうかを確認した。すると慌てて何人かが立ち上がり、前に取りに行く。
レジュメのデータは大学が運営する学生用ネットシステムにもアップロードされているので、パソコン画面を開く学生もちらほらいた。紫音は断然、直接書き込む派だ。




