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教職員専用の駐車場に向かい、紫音はおとなしく凰理の車の助手席に乗り込む。車で送ってもらうほどの距離でもないが、もう反論しても無駄だ。
ああ、私の今回の人生はここで終わるんだ。
ここは完全な魔王のテリトリーで、さらに自分は学生で相手は教員だ。分が悪すぎる。
せめて、逆! 私が先生で相手が学生の立場だったらこんな言いなりにならなくても……。
『先生、こんな問題もわからないんですか? それでよく大学に勤められましたね』
優秀で超生意気な学生の魔王しか想像できない。
なし。やっぱりナシ! 敬語なのが余計に腹立つ!
「さっきからなに百面相やってるんだ」
あきれた声に、唇を噛みしめる。
こういうのなんて言うんだっけ? 飛んで火にいる夏の虫? いや、どうせなら虎穴に入らざれば虎子を得ずでしょ!
沈黙を貫くのも馬鹿らしく、思いきって自分から話を振る。
「仕事は大丈夫なの?」
「今日はオリエンテーションで自己紹介するのが仕事だったんだ」
事務職員の利都と違い、教員は裁量労働制なので比較的自由が利く。シートベルトをすると静かに車が動き出した。
紫音は詳しくないが、見た目からして外国産の車だと判断する。広々としたシートにラグジュアリー感溢れる内装。自分とは無縁過ぎて逆に居心地が悪い。
紫音は背もたれに体を預けることはせず彼に尋ねる。
「なんで利都と仲良くしてるの?」
「さっき言ってただろ。大学時代の友人なんだ」
そんな表面的なことは聞いていない。紫音はさらに踏み込んだ。
「彼は“こちら側”の人間だったのに……」
敵対していた魔王と心を許していた仲間の僧侶が親しい現状がどうも受け入れられない。
「それは昔の話だ」
紫音の葛藤を一蹴するように凰理はこちらを見向きもせずに言い捨てた。沈黙が車内を包み、肌を刺す。
紫音はわざと窓の外に視線を走らせ、ひたすらマンションに早く着くことを願った。ところがしばらくして信号で停まった際、窓越しに運転席の男と目が合う。
「なに?」
さすがに相手の顔を直接見ると、凰理は紫音をじっと見つめ、ややあって不敵に笑った。
「お前のそういう格好を見るのはなかなか新鮮だと思って」
その瞬間、紫音の体温が急上昇し、わなわなと肩を震わせる。この屈辱めいた羞恥心はなんなのか。




