第7話 『人』でありたい理由
『吸血鬼は馴染みたい』第7話を閲覧していただきありがとうございます!
続けて蓮華の話です。
仕事に行く前に更新するのを固定しようと思っています。
買い物袋を提げて、蓮華の部屋の玄関に立った郷夜は、思わず「……お邪魔します」と呟いた。
中は、想像以上に落ち着く空間だった。ナチュラルカラーのフローリングに、白とグレーを基調にした家具。コンパクトなワンルームだが、観葉植物や猫柄のクッションカバー、カーテンにちょこんと飾られた手編みの飾り紐など、細部に“蓮華らしさ”がにじんでいた。
「落ち着くな。……らしさ満載だ」
ぽつりと呟いた郷夜に、蓮華は振り向きざまににやけた。
「え、マジで!? やった〜。つまんないとか言われたら,どうしよかと思った」
「人の部屋来て,つまらないなんて言うよな人間じゃないぞ」
「アタシと話してるときは素の先輩だから……どうだかな〜」
照れ隠しのように鼻をかきながら、蓮華はさっさと靴を脱ぎ、エプロンを取り出すと身軽に装着した。
買った食材をサクサクと冷蔵庫にしまい、料理の準備を手際よく進めていく。
「料理、見ててくれていいよ。ちゃんとしたやつ作るから!」
「何が“ちゃんと”じゃないのか知らないけど……楽しみにしてる」
蓮華の包丁捌きは予想以上に安定していて、郷夜は思わず「……なんでそんなに慣れてるんだ」と呟いた。
「え? 昔からやってるし……あと、先輩がいつ来ても困らないように、ね?」
「……あまりにも出来すぎた後輩」
「今からご飯炊くのは無理だから、冷凍ご飯で許してね」
10分ほどで、親子丼に豆腐とわかめの味噌汁、サラダが完成。
湯気の立つ料理を運ぶ蓮華の姿は、どこかいつもの彼女よりも大人びて見えた。
「先輩、お箸とスプーンどうぞ。……あ、それとお冷も」
「ありがとう」
蓮華が差し出した箸を受け取り、郷夜は「いただきます」と小さく呟いた。
食卓に並べられた料理を見て、郷夜は思わず「……凄いな」と呟く。
食事中の会話は他愛ないものだったが、ふとした瞬間、郷夜が「誰かと並んで食うの、久々だな」と呟くと、蓮華も同じように「アタシも」と笑った。
「一緒に食べると、おいしさが倍になるってほんとだね」
テーブルの上、湯気の向こうにあったのは、ただの家庭料理と、やさしい空気だった。
――――――
夕食を終え、片づけを済ませたあと、二人はソファに並んでテレビを見ていた。
蓮華は、いつの間にか郷夜の腕に身体を預けていた。
「……眠いのか?」
「ううん、安心してるだけ。先輩って、そばにいるとほっとするから」
郷夜は苦笑しながらも、その言葉を否定しなかった。
小学生のときからこんな感じだからだ。
「アタシね……先輩って人に懐くイメージ無いけど,懐まで入れた人を懐かせるの上手いよね」
「……それは褒めてるのか?」
「もちろん!」
蓮華が振り返り、真っ直ぐに見つめてくる。
真っ直ぐで曇りのない瞳が、郷夜に気恥ずかしさを呼び起こす。
「だからね、先輩と距離が近いのはアタシだけでいいのにって思ってたりする」
言葉が胸に響く。
昼間の香帆との会話が一瞬よぎるが、蓮華の温もりがそれを静かに塗り替えていく。
蓮華が小さく笑って言った。
「アタシ、変な子だよね。明るくしてるけど、本当はすぐ泣きそうになる」
「……知ってるよ。それは今更だし、変わろうと頑張ってるのも知ってる」
「なかなか変わらないよ〜」
「……変わる努力か」
そう言った郷夜の声は、どこかかすれていた。
本当に変われるまで、郷夜の隣で居続ける資格はないという覚悟を昔聞いているから。
「アタシ、もっと強くなりたい。……ずっと、ずっと先輩の横にいられるように」
その一言が、郷夜の中の“人としての感情”を強く揺らした。
誰かに強く想ってもらえることが,こんなにも暖かいだなんてと。
「今だけとかじゃない。蓮華がそばにいてくれるの、俺は嬉しいよ」
蓮華はふわりと笑い、そっと郷夜の手を握った。
その手は、小さくて、でもしっかりと郷夜の指を包んでいた。
――――――
夜が深まると、蓮華がぽつりと呟いた。
それは郷夜が、そろそろ帰宅を告げようとした直前だった。
「先輩、今日は泊まっていってもいいよ? まだまだ一緒にいたいし」
「……泊まりの準備なんて、何も持ってきてないぞ?」
「出来る後輩がいて良かったね♡」
「……嘘だろ?」
蓮華が棚から取り出したのは、見るからに自分とサイズのあったジャージと下着セット、そして新品の歯ブラシといったお泊まりセット。
「これは出来る後輩っていう範囲で片付けていいモノなのか?」
「細かいことはいいの‼︎ 泊まってくれる?」
「……じゃぁ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「さすが先輩‼︎ いつだってアタシの期待に応えてくれるんだから」
シャワーを交代で使い、部屋に戻ると、蓮華はゆるいTシャツと短パン姿でベッドの上でゴロゴロしながらスマホを触っていた。
誰がみても大変ご機嫌な様子で、流行りの曲の鼻歌まで披露している。
郷夜は一息つくとともにソファーに腰掛ける。
「なんか、こういうの……変な感じだね」
「こんな準備までしていた人間のセリフとは思えないな」
「そこはさ……ドキドキしてる〜とかムードのあるセリフで返す流れだよ」
「今からでも帰るぞ?」
そんなやり取りを言いつつも、蓮華は体を起こしてベッドの端にちょこんと座る。
郷夜を見つめて優しい笑顔を浮かべている。
「……ねぇ、先輩。ちょっとだけ、こっちにきて」
郷夜は迷ったが、静かにベッドの端に腰を下ろす。
距離は近く、息がかかるほど。
「先輩……アタシ、ちょっとだけ夢見させて。触れてていい?」
「……寝るまでな」
「……先輩、大好き」
そう言って、郷夜は蓮華の手にそっと自分の手を添えた。
蓮華は手をしっかりと握ると、そのまま横になって目を閉じた。
郷夜はそっと毛布を引き上げ、蓮華が寝静まるのを見つめながら、静かに心の中で呟いた。
「(俺が“人でありたい”と思うのは、こういう暖かく優しい時間を過ごしていたいからだ)」
郷夜は蓮華がいつも自分を原点に戻してくれる、この暖かい時間をくれることに感謝する。
異能者であることを自覚するのも、まだ人であると自覚できるのも、この自分を慕ってくれる大事な後輩のおかげである。
郷夜は今まで誰かに見せたことのないような優しい顔で、眠る蓮華の髪を人撫でし、ソファーに戻る。
夜の灯りが、部屋の中に静かに溶けていた。
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