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第6話 『傍にいたい』理由

『吸血鬼は馴染みたい』を閲覧していただきありがとうございます!


少し文字数多めの話になってしまいました。

出来れば1話3000字前後を目指してますが、稀にこうなってしまいます。

よろしくお願いします!!


 

 昼休みのキャンパス。

 校舎と図書館の間にある大きな広間は、学食や購買に向かう学生たちが一時的に行き交う場となる。けれど、そこから少し離れた並木のベンチは静かだった。


 白赤郷夜は、ベンチの片隅に腰を下ろしていた。

 サングラスをかけたまま、手元のコンビニおにぎりをゆっくり頬張る。目線は遠くの建物に向いているが、ぼーっと考え事をしていた。


 そのとき、背後から柔らかく澄んだ声が届いた。



「……白赤くん?」



 振り返ると、如月香帆が立っていた。紙袋を抱え、驚いたような表情を浮かべている。

 それと同時に郷夜も少し驚いた表情を浮かべる。



「……どうも、偶然」


「うん、ほんとに偶然。ここ、あんまり人がいないから好きなんだけど……座ってもいい?」


「どうぞ。半分空いてる」



 郷夜が隣のスペースを示すと、香帆は「ありがと」と言って静かに腰を下ろした。

 肩が触れるにはまだ距離があったが、香帆の髪が少し揺れて、風に乗って微かに甘い香りが流れ込んできた。


 ――その香りに、郷夜の身体が一瞬、ざわりと反応する。

 吸血鬼としての本能が『これは特別だ』と告げてくる。


 郷夜は目を伏せて、ゆっくりと息を吐いた。



「ここ、風が気持ちいいよね」


「日差しも遮れるし、落ち着ける良い場所だ」


「でもなんだろ……この頃、風が騒がしく感じる。たまに、誰かに見られてる気がしてさ」



 香帆は冗談めかして言ったが、その言葉の奥には確かな“感覚”があった。

 郷夜は答えを濁したまま、周囲に目をやった。


 これは冗談の皮に包まれた本音なんだろうと感じつつ、動揺を見せぬよう穏やかな気持ちを忘れないように答えていく。



「俺も似たような感覚があるかも……気配に敏感なほうだから」


「そうなんだ。……私、鈍い方なんだけど、変な人に好かれやすくて。昔から、よくあるの」


「(……自覚あり、それでも今こうして元気に過ごせてるのは、警戒心の強さ故か?)」



 香帆はそう言いながら、紙袋からサンドイッチを取り出す。

 普通とは思えない経験、それも1度経験してしまうだけでもトラウマになりそうな事件を淡々と話す姿を横目にみて、郷夜は香帆の強さを感じた。


 美しくも儚い……普通に過ごす上では不必要だったかもしれない強さを。



「中学の頃、駅までずっとついてきた人がいて……怖くて、親に言えなくて。高校のときは……同級生が私の血をみてから……味見したいって家まで来たこともあった」


「……っ」



 郷夜の手が止まる。



「その時は、通報して逃げてもらったけど……あの目、今でも思い出す。気持ち悪かったけど、それより……私が何か“変”なんだって感じさせられるのが辛かった」



 サンドイッチをそっと噛みながら、香帆は静かに語った。

 郷夜はその横顔を、何も言わずに見つめた。


 『血』のせいで狂っていく日々。

 『普通』でいられない恐怖。


 ――それは、まるで自分自身の記憶をなぞるようだった。



「これ以上は……許せないな」



 ぽつりと漏れた言葉に、香帆が目を丸くする。



「……え?」


「まだ会って数日の俺に、こんな話までしてくれたんだ……任せてほしい。少なくともこの前の連中は許さん」



 衝動的な言葉だった。

 けれど、それは本音だった。


 香帆の目に、ほんの一瞬だけ動揺が走る。

 まさか自分の話がここまで、郷夜の目に決意と覚悟の火を灯してしまうとは思っていなかったからだ。


 これではまるで、自分がこの流れに誘導してしまったみたいで悪い気がした。



「白赤くん、その……ごめんなさい。いきなりあれだったよね」


「あ~違う。……いや違くも無いけど、これはこの前あの連中と戦ってから決めたことでもある」



 言葉が詰まる。香帆の香りが、思考を鈍らせる。

 郷夜は膝の上に置いた拳をきつく握った。


 その香りは、郷夜の喉奥にざらつく熱を生んだ。けれど、それを飲み込む術を、彼は知っている。


 少しでも、香帆を普通の生活を送らせてあげたい。これ以上異能者のせいで苦しんでほしくない。郷夜はその想いを伝えられるよう必死に言葉を紡いでいく。



「俺も特殊だから、君に惹かれる理由も少しわかってしまう。けど……それ以上に1人の人として、守りたいって思わせる何かを……感じた」



 香帆の瞳が揺れた。



「……そんなふうに、誰かに言ってもらえたの、初めてかも」



 嬉しさと儚さを含んだ彼女の声は、風に溶けるように小さく響いた。



「俺こそごめん。いきなり変なこと言った」


「全然。むしろ、嬉しかったよ。……こういう普通に話せる人、とても貴重でありがたいから」


「……あんな友達に囲まれた2年の有名人がか?」


「1人が怖いから……だから人に紛れてるだけ。怖がりだから」



 香帆は優しく微笑んだ。

 その笑みを見て、郷夜はようやく呼吸を整えた。


 普通じゃないから普通に憧れ、どうにか馴染めるように日々焦がれる。本当に似ているなと感じた。



「ありがとう、白赤くん。……話せて本当に良かった」



 彼女の言葉が、心に深く刺さる。

 守りたいと思った理由が“衝動”だけではないことが、ようやく確信に変わっていった。


 



――――――




 午後の講義後、獅子堂蓮華は図書館前の広場で一人スマホを握りしめていた。

 郷夜と今日ここで待ち合わせて、晩御飯の買い物に付き合ってもらうためだ。


 けれど、時間になっても郷夜は現れない。LINEも未読のまま。

 ため息をつき、鼻先をくすぐる風を感じたとき――ふと、その風に混じる“違和感”に気付いた。


 ……甘く、わずかに鉄のような匂い。けれど、柔らかくて淡い。


(この匂い……この前先輩についてたのだ)



 その時は郷夜の近くに、確かに香帆がいた。しかもかなりの至近距離で。

 肌が触れ合うほどではなくとも、風に残るほどには“近くにいた”証。



(そっか……一緒にいたんだ。仲良しさんだ)



 分かってしまうのが、少し悔しい。

 心がざわつく。こうして立っているだけで、自分が“待つ側”なんだって痛感させられる。


 こんな気持ちはみっともないだけだと理解しつつも、どうしても頭から離れてくれない。



「……アタシ小さすぎ」



 小さく呟いて、図書館のベンチに腰を下ろした。

 どんどん近づいてくる郷夜を眺めながら、第一声をどうしようか頭を悩ませる。



「悪い、蓮華。遅れた」



 サングラスをかけたまま、少し気まずそうに頭をかく郷夜。

 その姿を見て、考えた第一声はどこかへ消えて行った。



「……ほんとにもう。何してたの?」


「ちょっと考え事」


「香帆さんと?」



 郷夜は少し驚いたように眉を上げた。

 その顔には何故わかるんだという困惑と疑問が浮かんでいる。



「……それは昼会った話で……今では無いんだけどな」


「先輩に残ってるの、分かるよ。香帆さんの匂い、ついてる」



 郷夜は目を見開いた。あまりの鋭さに怖さすら感じる。

 そんな郷夜の反応を気にすることなく、蓮華は続ける。



「別に嫌とかじゃなくて……なんかせっかくの2人の時間が、3人に感じちゃって変な感じするだけ」



 言葉にトゲはない。けれど、蓮華の笑顔は少しだけ滲んでいた。

 自分だけの王子様だと、『あの時』から思っていた。

 

 曇る蓮華を見て、さすがにこれを見逃すほど、郷夜も察しの悪い人間になるつもりはない。



「悪い……考えが足りてなかったな。」


「アタシこそ……みっともない嫉妬しちゃってごめんなさい」



 その言葉に、郷夜は何も返せなかった。

 待たせたあげく、気分も悪くさせてしまったなんて最悪の展開である。



「……何かお詫びをさせてくれないか? 大事な後輩様」


「……じゃあ、図書館で少しだけ。一緒にいよ?」


「もちろん」


 蓮華の目が、ようやくふわりと緩んだ。

 香帆の気配を振り払うように、彼女は郷夜の横を歩き始めた。


 



―――――――



 


 図書館での勉強は、ほんの三十分ほどで切り上げた。

 結局、早く買い物に行きたくなった蓮華が「もういいや、先輩……買い物行こ」と笑ったからだ。


 夕焼けが、ガラス越しに二人の影を長く伸ばしていた。

 

 駅前の正門から出た帰り道。

 郷夜と蓮華は住宅街の歩道を並んで歩いていた。


 陽が落ちかけ、空は茜に染まりかけている。



「先輩、今日はジム寄らないの?」


「疲れたし、真っすぐ帰ろうと思ってた」


「そっか……じゃあ、買い物終わってそのままウチに寄ってく?」



 蓮華の言葉に、郷夜は歩を緩めた。

 なんとなくだが、郷夜には蓮華の考えが読めた。



「今日は1人でご飯食べたくないDAYか?」


「ば、ばれた?」


「お前、分かりやすいからな。顔に出てる。俺のせいでもありそうだけど」



 蓮華は困ったように笑いながら、小さく肩を寄せた。

 「さすが先輩だ~」と呟きつつ、郷夜の横顔を見上げながら、思いの丈を語っていく。



「……いつも一人暮らししてると、誰かと歩く時間ってすごく安心するんだよね。

 一緒に帰るだけで、なんか、救われた気持ちになる」



 郷夜はその言葉に、はっとした。

 たしかに、自分もそうだった。両親を亡くし姉が自立してから、一人で過ごす夜がどれだけ静かで、冷たかったか。



「……分かるかも。その気持ち」



 蓮華が少しだけ驚いたような顔をして、すぐに微笑みに変えた。



「先輩も寂しがり屋さんだ」


「そうだな」



 二人の歩幅が自然と合っていく。

 郷夜は、茜色の空を見上げながら、この暖かい時間の心地よさを噛みしめていた。


 香帆の香りも、蓮華の声も――自分の中にしっかりと残っていた。



「(そうだな……寂しがり屋だからこそ、こういう時間を守っていきたいって思ってる)」



 それは決して簡単なことじゃない。

 けれど、自分が“人としていられる理由”は、きっとその想いにこそあるのだと思った。



「先輩」


「ん?」


「……アタシね、香帆さんのこと、ちょっと怖いの」


「どうして?」


「あの人はアタシとは違う……付け焼刃じゃない、本物の先輩も惹かれるようなカリスマみたいなのを持ってる人だから」



 郷夜は立ち止まった。

 「SNSでも人気だし」と追加で呟く蓮華の声は、小さく震えていた。


 人に触れるようなコミュニケーションを滅多にとらない郷夜がゆっくりと、後ろから包み込むように彼女の頭を撫でる。



「外見や人気、学力や地位で関わる人を決めたりしてない。俺は獅子堂蓮華をしっかり見てるよ……何年も前からな」



 蓮華の肩が、少しだけ揺れた。



「……うぅ……一本取られましたぁ」


「まぁ……せっかくだし、蓮華の家に寄らせてもらうか」


「っ!! 先輩の度肝を抜く料理を作っちゃうぞ♪」



 その言葉の奥には、照れと、嬉しさと、少しの泣き声が混ざっていた。


 相変わらずとも言えるような会話のやりとりをしつつ、買い物をすませた2人は蓮華の部屋に帰るのであった。


最後まで閲覧していただきありがとうございました!


郷夜・香帆・蓮華という作品のメインキャラが勢揃い。

それぞれの過去は、またのお楽しみということでお願いします。


評価・感想・誤字脱字報告ありがとうございます!!

とても励みになっております。おかげさまで楽しく執筆できてます!!


次話もよろしくお願い致します。

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