第5話 明確な『覚悟』
『吸血鬼は馴染みたい』第5話閲覧していただきありがとうございます!!
朝7時更新で一回やってみました。
朝7時か夜7時で悩んでます。
夜8時を少し回った頃、白赤郷夜はいつものジムのミットエリアに立っていた。
音楽は流れていない。ただ、ミットを打ち抜く音と、重く吐き出される息遣いだけが響いていた。
「ロー、ミドル、ハイッ! そう……ッ、ちょっと速すぎるぞ、郷夜!」
ミットを持つ格闘コーチの猿川が、眉をひそめる。
郷夜の蹴りは、経験豊富なコーチでも反応が難しい速度だった。
「すみません、力み過ぎました」
「いや、入ってない。抑えてるのは分かる。でも、今日はいつも以上に凄いな……。筋力も反応速度にステップ……去年と別人だ」
郷夜は黙って水を飲み干した。
自覚はあった。――あの戦いのあと、体が微かに変わっている。筋繊維の伸び、肺活量、視野の広がり。
特に、如月香帆と接したあと、明らかに反応速度が上がっている感覚があった。
容易に人を破壊してしまいそうな力を。
「(香帆の“血の匂い”、あれが原因か?)」
口の中に残る記憶の味。それだけで鼓動が速まる。
吸血衝動――それはもう単なる生理現象ではない。香帆の血は、自分の中の“何か”を目覚めさせた。
出来れば目覚めさせたくなかった力なような気がしてならない。
「大丈夫か、郷夜?」
猿川の声に、思考が現実へ引き戻された。
『猿川直哉』。猿川鉄真の父であり、このジムでコーチをやっている。ムエタイ技術は豪から教わり、基本的な身体の動かし方はここで教わっている。
付き合いも長くなってきたので、些細な身体の変化はすぐに気付かれてしまう。
「……すみません。今日はこれで上がります」
「おう。あんまり無理すんなよ。……お前、才能あるからな……壊すなよ」
「……ありがとうございます」
言葉の重さに苦笑いを返しながら、郷夜はジムを後にした。
才能。――それは、呪いに近いものだった。
―――――――
ジムを出て数分後、郷夜のスマホが震えた。
表示された名前は、斎藤豪。
『今夜、話せるか?』
『いいですよ。いつものとこですか?』
『ドンパチしてたとこ近辺だ』
簡潔なやりとりを終え、郷夜は大学裏手へと向かう。
斎藤豪――『渡り鳥の休み木』の店長でもあり、異能者対策に関する“裏の繋がり”を持つ男。頼りになるが、感情の見えない無口な人物でもある。
郷夜の中では、お世話になっている父親のような存在であることに変わりはない。
約束の場所には、すでに豪が立っていた。ライトの届かない闇の中、目だけが獣のように光っているように見える。
付き合いが長くなってきた郷夜だからこそ判るが、少しイラついているようだ。
「来たか。……昨日の香帆って子について、少し分かったことがある」
「俺も感じた異質な血の気配とは違うものですか?」
「そうだ。けれど、異能者を引き寄せる“磁場”のような体質。もっと言えば、彼女の“血”には……異能者の力をさらに引き出す何かがある」
「……!」
郷夜の中で、昨日の感覚が結びついた。
「吸血なんてしてない……近くにいただけで?」
「十分だろう。お前の異能特性を考えれば……特殊な『血』なんてのは本来、吸血鬼のためにあるようなモノと考えられても不思議じゃない」
豪がスマホを取り出し、何枚かの写真を見せる。そこには、大学近辺で香帆を見つめる不審な視線を送る男女の姿。
その中には、先日郷夜が倒した男たちの姿もあった。
「この写真の段階では異能者であり、先日回収したときは一般人であった。あの血を狙う異能者が……人を群れさせている」
「……!」
「どういう『異能』なのか定かではないのが恐ろしいところだ」
香帆が狙われている。今、現実に。
彼女自身は気づいていないかもしれない。でも――
「俺が……守ります。彼女は……ただの“巻き込まれた人間”なんかじゃない。目を逸らさずに立っていた。……そういう人を、俺は嫌いになれないんです」
そう言った郷夜の表情に、迷いはなかった。
香帆が普通の人間なら、見逃せば済む話だったのかもしれない。
だが、あのとき郷夜の目に映ったのは――怯えながらも、自分の足で立ち向かおうとしていた、凛とした姿だった。
あの勇気を無駄になんかさせちゃいけない。
豪は少しだけ目を細め、頷いた。
「お前の判断を尊重する。ただし――自分を失うな」
「……ありがとうございます。」
香帆の血は、甘すぎる。
吸ってしまえば、きっと引き返せなくなるんだろうと直感でわかる。
だからこそ――守る。自分の理性で。
―――――――
その後、郷夜は一人で大学裏の道、あの戦いのあった雑木林道近辺を歩いていた。
風が涼しく、虫の声が響く。けれど、耳の奥がやけに敏感に反応していた。
視線を感じる。気配を感じる。――あの男たちに感じた異質なモノと同じものを。
「……出てこいよ。そこにいるんだろ」
声を発しても、返事はない。
だが一瞬、街灯の途切れた物陰と木に幹に赤く光る“何か”が見えた。瞬きのように現れ、そして消えた。
「……陰湿な匂いがした。確実に関係者だろうな……瞬間移動する監視カメラみたいなもんでも持ってるのか?」
そのとき、郷夜の脳裏に浮かんだのは、急にスイッチが入ったように狂気の笑みを浮かべながら襲い掛かってきた男たちの表情。
自分の力を試すような、捨て駒を使って『異能』の全貌を見てやろうと言う挑戦状のような顔。
「(目の前まで迫られている。俺も……あの子も)」
香帆だけじゃない。蓮華も、大学全体も……
この地域全体を把握しきれているかのような監視網を持つ『異能者』の群れが、いま社会の底から這い上がってこようとしている。
―――――――
一方その頃、どこかの古びたビルの一室では、くたびれたスーツ姿の男が椅子に座りながら、新たな“獲物”を前にしていた。
「……君、力が欲しいんだろ?」
痩せた中学生のような少年が、俯いたまま頷く。
その顔には諦めと呆れが浮かんでいる。
「家でも学校でも、誰にも見てもらえなかった。僕は何の価値もない……」
「違うよ。君の“中”には可能性がある。その力を開花させる鍵……それが、如月香帆の“血”だ」
男は机の上のモニターをつけ、香帆の写真を映す。
微笑むその顔に、少年の目が吸い寄せられた。先ほどまでの色の無い瞳が、気付けば狂気を孕んだ黒に。
内から湧き上がる何かに少年はワクワクする気持ちが止まらなかった。
「彼女を手に入れれば、君は誰よりも強くなれる。誰よりも認められる」
男の声は、飴のように甘く、蠅の羽音のように気味が悪い。
「……本当に、僕にも皆を驚かせる力が?」
「あるさ。きっとね。あとはきっかけだけだ」
そして、その“きっかけ”として――男は再び、香帆の写真と愛福大学の写真に目を向ける。
「さあ、次は――君の番だよ」
その夜、郷夜の耳をかすめた風には、確かに――腐った血の匂いが混じっていた。
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