第4話 『特別』なナニカ
『吸血鬼は馴染みたい』第4話を閲覧していただきありがとうございます!!
今後の投稿時間を固定するとき、朝7時にするか夜7時にするかで悩んでます。
それとも他の時間の方がやりやすいのかどうなのか……難しい問題ですね。
朝の喫茶店は、非常に穏やかだった。
白赤郷夜が黄色のエプロンを結んで裏口から入ると、ほんのり甘いトーストの香りと、珈琲豆を挽いたばかりの香ばしさが鼻をくすぐる。厨房からは斎藤恵が明るく手を振ってくる。
2年になって午前に講義が無い日は朝からバイトに入っている。
「おはよう、郷夜くん。今日はまた一段と寝起き顔ねぇ」
「おはようございます惠さん。そんな変ですか?」
「かっこよさと可愛げがあって良いと思うわよ」
「ありがとうございます」
カウンター越しに笑い合うこの雰囲気は、郷夜にとって大事な『人間らしさ』の象徴だった。
香草もニンニクも扱っていない、ありふれた朝限定メニュー、優しい音楽、常連の老夫婦――この空間では吸血鬼である自分を忘れられる。
そこへ、無言で厨房から斎藤豪が顔を出した。
表情は硬い。いや、いつも通りに感じる。
「……昨日の件、処理は終わっている。さすがに大学側も警察も警備について考えなおすはずだ」
「助かります豪さん」
「……お前が助けた子、あれは異能を呼び寄せる何かがある。感じただろう?」
「……なんとなく」
豪が言う「あの子」とは、昨日助けたあの女子――如月香帆のことだ。
集団で囲まれていたあのとき、彼女がされるがままではなく、しっかりと抵抗の意志と行動を見せていたのが今も脳裏に残っている。怯えよりも、覚悟のようなものがあった。
あのような状況を経験している人の行動だ。
戸惑って焦って、何も出来ずにされるがままに被害を受けるなんてのが普通にある中、彼女は郷夜からみても良い行動をとっていた。
「……もしかして、あの子も異能者なんじゃ」
「いや。あの子自体に異能はないと見えた。ただ『匂い』が濃いな。お前は特に感じるだろう……今のお前では溺れる」
――呑まれ溺れる、今のお前は未熟だ。
斎藤豪の言葉は的確で、時に怖いほど核心を突く。
郷夜はふと、自分の中で確かに疼いた“欲望”の正体を思い返し、無意識に奥歯を噛み締めた。
豪の注意は郷夜が吸血衝動、そして吸血行為を嫌悪しているからこその指摘。
「(特別な血……)」
そのとき、恵が間を取るように冗談めかして声を挟んだ。
「ま、郷夜くんが好かれるのはいつものことだけどねぇ。……蓮華ちゃんにバレたら嫉妬されるわよ?」
「惠さん、茶化すのやめてください……」
なんとなく気恥ずかしくなり顔を背ける。
豪は話すことを話し終えたようで、無言で厨房の中へと戻っていった。
如月香帆とは……まだまだ関わることになりそうだ。そんな直感が脳裏によぎった。
―――――――
午後の講義後、郷夜はいつも通りサングラスをかけ、日差しに嫌気を見せながら歩いていた。
今日の講義内容を思い返していると、不意に前方から話し声が聞こえた。
「あの子サークル入ってるんだっけ?」
「さすがに引っ張りだこじゃない? あんな美人さんどこも入れたいでしょ?」
「友達も多そうだし……誰かしらから誘われてるっしょ」
話題の中心にいたのは――如月香帆だった。
黒髪に青いメッシュが映えて、人に囲まれていても一際目を引くような外見をしているおかげですぐに見つけることが出来た。
囲んでいるのは友達なんだろうけど、郷夜にはどこか浮いているように見えた。
「(……壁作ってるように見える)」
そんな彼女が、ふと視線を上げ、郷夜を見つけた。
一瞬、目が合う。
その瞬間、香帆が近づいてきた。
郷夜は少し驚いて足を止める。自意識過剰なのかと思ったが、さすがに自分に用があると思い、声が聞こえる距離になるまで待つ。
「……あの、昨日はありがとう。あなた、白赤くんだよね?」
穏やかな笑み。けれど、声は小さめ。周囲に聞かれないようにしているのが分かった。
正直ありがたい配慮だ。
「あぁ……大丈夫だったか?」
「うん。あなたのおかげ。……あれ、異能でしょ。私は言わないから、安心して」
その言葉に、郷夜は目を細めた。
さすがに気付かれるか。だが騒がず、他言もしないと伝えてくれる。
あんな簡単に人間をぶっ飛ばしていたら、バレるのは当たり前の話なのだ。
このご時世、いくら人を傷つけない異能者であることを主張しようと、よほど無害な異能でも無い限りは、はみ出し者で危険人物というレッテルを貼られてしまう。
「悪いな。……本当は、もうちょっと普通に助けたかったんだけど」
「普通、じゃなくてもいいよ。だって……普通の人じゃなかったもの。助けてくれて、本当に嬉しかった」
「……」
香帆の瞳はまっすぐだった。
周囲では依然として彼女を遠巻きに見る視線があったが、彼女自身はそれを気にせず郷夜を見ていた。
言葉に出来ない気恥ずかしさがもどかしい。
「また……困ったことがあったら言ってくれ。なんか厄介ごとに巻き込まれそうな雰囲気してる」
「優しいね、白赤くん。……その優しさ、すごくあったかい」
ふいに彼女が微笑んだとき、郷夜の心臓が少しだけ早くなった。
けれどその余韻を壊すように、スマホが震えた。
差出人は――獅子堂蓮華。
―――――――
「先輩~遅いよ~‼ 15分待ってたんですけど‼」
大学内の図書館前で、ぷくっと頬を膨らませた蓮華が待っていた。
夕焼けがガラスに反射して彼女の金髪が煌めいて見える。
いくら大学内とは言え、15分待たせたので仕方無いと思うが、いきなり呼びつけたのは蓮華なのだ。これも蓮華なりのコミュニケーション方法なんだろうなと、心の内に閉まっておく。
「悪い、ちょっと人と話しててな」
「……香帆さんでしょ~? 2年生のあの綺麗な人……ふ~ん…」
「……どんな情報網だよ……それが何かしたか?」
「べっつに~? さっ、今日は一緒に勉強するって話‼ 先輩が逃げても、蓮華ちゃんは離しませんから」
「(……あの瞳に引き込まれて少し話し込んでしまったなんて言ったら怒るんだろうな)」
無邪気な笑顔。けれど、その奥にわずかに滲む不安。
郷夜は余計なことは言わずに、その不安を和らげてあげれるように声をかける。
この分かりやすさも蓮華の良いところではあるんだけど。
「わかったよ。逃げないって……出来るだけ付き合うさ」
図書館の中では、静寂と知識の匂いが二人を包む。
郷夜は1年生の時に使っていたノートを開き、蓮華は隣でちょこんと座って小声で話しかけてくる。
その瞳には不安ではなく、純粋な心配が浮かんでいた。
「ねぇ、先輩……今日、元気ない? 疲れてる?」
「……わかるか?」
「んー……目がちょっと暗い。あと、いつもより優しいから」
そう言って蓮華が小さく笑う。
あまりにも真っ直ぐな心配に、少し気恥ずかしさと、気遣いさせてしまった申し訳なさがある。
「きっとアタシの時みたいに、香帆さんのことも助けたんでしょ? さすがアタシの大好きな先輩♪」
「おい、こんなとこでそんなこと言うなって」
「えへへ、照れてる?」
小声で笑いあう。
ああ、自分はやっぱり――この日常を守りたい。そう強く思った。
この日常を破壊する陰湿な悪意に狙われていると感じてるからこそ。
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