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第28話 信じた扉の『向こう側』


 

 焼け焦げた鉄骨が軋む音と、赤炎が生み出す熱風が、歪んだ空間を震わせる。


 倉庫の中心で汗を拭いつつ、郷夜は浅く息をついた。



 「(散った肉片から再生するのは……なかなか厄介だな)」



 火力は足りていた。だが、敵が明らかに赤炎と打撃に順応し始めている。


 炎の軌道を避ける反応速度、熱を逃がす粘液の膜、再生能力、そして郷夜のテンポ……それらを学習しているとしか思えなかった。


 だが、異常はまだ終わらない。


 ぬるりと。


 地を這う蛭の一部が、天井から降ってきた第二の巨蛭に絡みつく。



 ――ぐちゃ……ずるずるずるずるッ……



 「……は?」



 思わず、郷夜の声が漏れる。


 二匹の巨大蛭が、肉と肉を、蛭と蛭を、溶けたように絡め合い、まるで交尾するかのような密着を始めていた。


 いや、それは交尾ではない。融合だった。


 蠢く肉塊が膨れ上がる。


 骨のような外殻が体表に浮かび、内部にあったはずの“核”が、もう一つ移動してくる。


 ――核を2つ持った巨人型の蛭の出来上がりだ。



 「人の形までしやがって……随分幅の広い異能だな」



 異能者が生み出した怪物――では説明できない。


 もはや意思を持った“進化する兵器”。


 赤炎をものともしない再生力、熱を逃がす皮膚の進化、並の打撃じゃびくともしない防御力。


 郷夜の眉間に皺が寄る。


 と同時に、インカムがノイズ混じりに鳴った。



 『……郷夜くん、大丈夫!? あれ……くっついてるの?』



 香帆の声。だが、いつもよりも息が上がっている。



 『何か、感じるの……空気の流れ、重すぎて……私の血が、ビリビリしてる』


 「……香帆?」



 郷夜は言葉に詰まった。


 思い返す。彼女の血を吸ったときの感覚――血の中に、微細な電流のような感触が走っていた。


 香帆の血は、赤雷の出力を大幅に強化する。

 

 郷夜の中の何かも叫んでいる。


 ――あのデカブツに必要なのは、守る焔でなく、壊す雷であると。



 「(つまり……香帆の“雷”が求めてるってことか)」



 視線を融合巨蛭に向ける。


 やがて完成したそれは、高さ四メートルを超える異形の人と化し、腹部の左右に核を埋め込んだ、蛭巨人の姿になっていた。



 ――ぶぉぉぉん……



 肌がひりつく唸り声が空気を震わせる。


 次の瞬間――。


 融合蛭が、爆発的な速度で地を駆けた。



 「――ッ!!」



 防御も跳躍も間に合わない。地を抉って迫る肉塊に、郷夜は片腕で受けながら、背後へと吹き飛ばされる。



――ガッシャアアッ!!



 資材の山に激突し、崩れたパイプが郷夜を埋める。


 熱。衝撃。骨に響く振動。そして――疲労による消耗。


 立ち上がろうとした郷夜が思わず呟く。



 「デカくて速くて、リーチもある……面倒だな」



 赤炎が、苦しげに立ち昇る。


 けれど、それでも立ち上がる彼の姿を――外のどこかから見つめる者がいた。


 


 

―――――――



 


 「……今の、ヤバい」


 蓮華だった。


 離れた位置にある車内で待機していた彼女たちは、インカムのノイズ、郷夜の返答の遅れ、呼吸の浅さ――それらを全て感じ取っていた。


 そして何より、郷夜の“血の匂い”が、遠くからでもわかるほど濃くなっている。



 「先輩、無理してる……あんなの大きい奴の攻撃なんて……普通1発でも無理だよ」



 声が震えた。


 怒りではなく、恐怖でもなく――焦り。


 これ以上、彼が1人で背負って壊れていくのを見ていたくない。



 「香帆さん、アタシ……行く」


 「怒られるだろうけど……私も、なんだか行かなきゃいけない気がする」



 蓮華の言葉に、香帆が即座に応じた。


 その声にも、揺れるものがあった。



「(私の血が……郷夜くんを求めて疼いてる気がする)」



 二人の少女が、決意を胸に戦場へと駆け出す。


 郷夜の覚悟を知る者たち。


 その血の熱も雷も、すべてを“支える”ために。


 




―――――――





 融合巨蛭の暴れるような攻撃が、夜の倉庫を軋ませる。


 赤炎を纏った郷夜は、焼け焦げた資材の中から立ち上がり、額の血をぬぐった。


 呼吸は荒い。

 だが、目は濁っていない。



 「……まさか蛭がこんなになるなんてな」



 その視線の先――融合蛭は、まるで“見下ろす者”のように、郷夜の動きをじっと観察していた。


 異能者に作られた存在ではない。

 蛭が“異能を理解し始めた存在”へと進化している。



 「(まだ……俺にも先がある、けど……そこを越えたら戻ってこれるか分からない)」



 郷夜の赤炎が、再び拳に宿る。


 そのときだった。



 ――ギッ……ギィィ……



 小部屋の扉がゆっくりと開き、人影が1つ現れる。


 反射的に郷夜が身構える。



 「……どんだけ隠れてんだよ」



 その声に、呻くような声が応えた。



 「……おい、郷夜……」


 「……ッ!?」



 鉄くさく濁った空気の中、顔を出したのは、郷夜の数少ない友である猿川鉄真だった。 


 その姿は、長い眠りから覚めたばかりのようだった。


 足下は定まらず、身体はふらつき、壁にもたれかけながら歩くのがやっと。


 だが――その目には確かな“自我”が戻っていた。



 「そんなとこで……何やってたんだ?」



 郷夜の声がわずかに揺れる。


 鉄真は、数歩、よろけながら前に出て、口を開いた。



 「……あの野郎……やっと戻ってこれた。モヤモヤした何かにずっと憑りつかれてた」



 右手には、罅の入ったスマホ。画面には、郷夜と鉄真、それと鉄真の父親の姿。



 「お前が誰かも、わからなくなってた……でも、コイツがあって、思い出した……」



 ぎゅっとスマホを握りしめる。



 「アイツ……常磐葵は、やべぇ。人としての在り方を……全部入れ込まれてた」



 郷夜は言葉を失う。


 それは――理屈を植え付け、理性でさえ逆転させる恐怖。


 人間が“そうあるべきだ”と思うことさえ、別の誰かに植え込まれたものだったとしたら。



 「……下がってろ鉄真……デカブツに潰されるぞ」


「いや……隣の部屋に……野郎がいるからな」



 その瞬間。



 ――ギギィィ……!!


 


 錆びついた扉が開き、1人の男が姿を現す。


 革靴に黒いジャケット。

 眠たげな目をしながらも、確かに狂気を孕んだ瞳を光らせる青年。


 その男は、微笑みながら姿を見せた。



 「……まったく、そこの蛭が死んだら、君の命を使うつもりだったのに」



 常磐葵だった。



 「……ファインプレーだな、鉄真」



 郷夜が低く呟く。



 「蛭の知性の進化に力を使い過ぎて……少し君への教えがおろそかになってしまったようだ」



 葵は笑っていた。どこか、幼子がイタズラを見つかったような無邪気さで。



 「まぁいい……郷夜くんは十分に化け物だが、まだ人の皮を被りたいようだからね」



 その瞬間。


 融合蛭が、まるで呼吸を合わせたように、再び唸った。


 鉄真が目を見開く。



 「俺のときもそうだった……こいつは動きを事前に仕込まれてるぞッ!!」



 葵が口元に手を添えて笑う。その姿は余裕に満ちていた。



 「洗脳なんて古いんだよ。『教育』だよ、郷夜くん。価値観を教えてあげるの。何が正しくて、何が美しいか」


 「……ふざけんな」



 郷夜の赤炎が激しく揺れた。



 「人を物にしといて、教育とか抜かしてんじゃねえよ」


 「物? 違うよ。僕はそれぞれに相応しい役割を教えただけ。なんでも使いようさ」


「……全部……全部駒なんだな」


「そこの蛭もそうさ、君の動きを観察し続ける。君の攻撃は今のところ被害が少ないからね……君が膝をつくころには完成しているよ」


「俺のことも……郷夜への駒ってかよ」



 その声に、鉄真が吐き捨てるように言う。まだ少しだけふらつく足を必死に動かして、郷夜の方へと寄っていく。


 そんな鉄真に肩を貸しつつ、郷夜は葵にむけて言い放つ。



 「そんなに教育が好きなら……お前にも俺が教えてやる」


 

 ――その時、天井の破れから一際明るい月光が差し込んだ。


 

 「先輩ッ!!」



 声が飛び、振り返った郷夜の視界に現れたのは――獅子堂蓮華だった。


 入り口の影から飛び出し、彼女は特殊ガスを詰めた小型投擲瓶を地面に投げ放つ。

 


 ――パシュンッ! バババババンッ!!


 

 地面で弾け、空間に白煙と強烈な臭いを解き放った。


 蛭視界が一瞬の間奪われ、動きが止まり、皮膚に染みたのだろうか、藻掻くように蠢いて郷夜のことを意識から外した。


 常磐葵もガスから離れるように、郷夜たちから距離をとった。

 


 「……まったく、これ、豪さんから借りてくるの、めっちゃ重かったんだから!」

 


 蓮華は、背負ったリュックの中に大量のガス瓶や様々なモノが入っていた。

 爆竹に近い閃光弾、粘着弾、簡易スモークなど――斉藤豪が裏のルートで用意した“対異能者の簡易妨害ツール”。


 

 「豪さんがさ~……どうせ迷ってる郷夜に時間をやれって、真顔で渡してきたのッ!!」


 

 郷夜の目がわずかに見開かれる。


 「豪さん……」



 口元が緩む。ほんの一瞬だが、目の奥に光が戻った。


 

 「香帆さんッ 今だよ‼」


 


 蓮華が全力で叫ぶ。


 蓮華の背後からこちらに走ってくる香帆の姿があった。


 全力でここまで来たんだろう、荒い息を吐きながらも、しっかりとこちらを見据えている。

 その瞳には強い決意と覚悟が浮かんでいた。

 


 「お願い、郷夜くん。吸って……私の力を、使って!」


 

 香帆は走った勢いで郷夜に飛びつき、迷いなく肩を差し出した。

 髪をかき上げ、うなじを晒すその動きにに躊躇はない。



 「怖くないのかよ……」


 「大丈夫。私も郷夜くんも……絶対に人でいられるから」



 鼓動が重なった。


 郷夜の牙が伸び、強い赤雷の気配が香帆の血から立ち上る。


 

 ――カプッ。

 


 突き立てた牙の奥から、雷の奔流が郷夜の中へと流れ込む。


 優しく包み込む蓮華の赤炎に、阻むものを破壊する香帆の雷が混ざり合う。


 

 「戻ってこれるんだったら……俺は今、人の扉を超えていく」



 自分の中であった、人という存在でいられるライン。

 人の身では考えられない圧倒的な力、異能を振りかざして暴れる怪物になるという誘惑、人の血を吸血したときに訪れる破壊者としいての全能感。


 それら全てを1度受け入れ、その遥か先、向こう側まで進んでいく。


 一緒に進んでくれる人がいる。手を差し伸べて戻してくれる人がいる。


 身体を巡る全ての血が……咆えた。


 

「……ありがとう、香帆、蓮華……それに鉄真も」


「……いってらっしゃい、郷夜くん」



 髪が白く染まり、郷夜の目が真紅に輝く。そして足下を紅い稲妻が走る。


 体内で赤い雷が脈打ち、全身の神経がしなるように研ぎ澄まされていく。

 僅かに残る赤炎も、郷夜の身体を優しく包み、傷や汚れを燃やしていく。



 「みんなありがとう……ここは任せて、離れててくれ」


 

 言葉と共に、彼の姿が雷と共に“消える”。


 


 蓮華が残した白煙が薄れるその先で、赤雷を纏った影が、融合蛭の懐に迫っていた。



 


最後まで閲覧していただきありがとうございました!


第1章終わりが見えてきました。

早いもんですね。


次話もよろしくお願い致します。

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