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第27話 『狂気を炙り、意志を問う』


 ――闇が、熱に震えた。


 郷夜の真上から、ぬるりと蠢く黒い影。

 気付けば蛭の巣窟と化したこの空間において、最も濃く、重たく、陰湿な気配纏う存在が姿を現そうとしている。


 だが、郷夜は対峙する直前――ほんの一拍、呼吸を止めた。

 耳が、世界の音をすべて手放したかのように静まり返る。


 真紅の赤炎が灯す空間。

 その中心にいる彼の心は、驚くほど澄んでいた。



 「(……終わらせてやる)」



 口には出さない。

 だが、その胸の奥で燃える意思は“狩人の本能”ではなく、“護る者の覚悟”だった。


 彼の血はすでに熱く、だが冷静に燃えている。

 “郷夜の意志に呼応する炎”――その制御は極限まで研ぎ澄まされていた。



 ――ギィ……ン……ジュゥッ!!



 吊られた鉄鎖が、どこからか落ちてきた黒い液体を受けて、溶けて蒸発するような音をたてる。


 次の瞬間――。



 「蛭のお母さんってかッ!!」



 郷夜の右手が、自然に構えを取っていた。

 姿勢は低く、いつでも渾身の蹴りを叩き込める姿勢。


 “赤炎”が脚に集まり、地面を蹴る準備をすぐに整える。


 その時、インカムが軽くノイズを鳴らした。



 『……郷夜くん、気をつけて。人が次々と出てくるッ』



 香帆の警告に、郷夜は視線だけをわずかに揺らす。


 視界の端――

 棚の隙間、瓦礫の陰、天井の鉄骨――そこかしこに、狂気を孕んだ瞳たちが浮かび始めていた。



 「どれだけの人を巻き込めば気が済むんだ」



 言葉にした瞬間には、すでに周囲は敵に囲まれていた。


 無音で這い寄る、蛭に寄生された者たち。

 その中には若い男も、年老いた女性もいる。



 「こんだけ巻き込んで……もう形振り構わずってやつだな」



 郷夜の怒りに赤炎が応え、勢いが増す。


 瞬間、郷夜の脚が地を叩く。



 「『赫炎(かくえん)嵐怒(らんど)!」



――ブォォッ!



 踵を軸に回転する蹴りが、空気ごと周囲を薙ぐ。

 蹴りの軌道に沿って、熱の帯が炎となって空間を削り、三体が巻き込まれて倒れる。


 勢いは止まらず、回り続けて赤炎を撒き散らすように放っていく。


 燃えたのは、あくまで寄生していた蛭のみ。

 寄生者本人は、苦悶の声を上げながらも気を失い崩れるように倒れていく。



 「(やれる。赤炎なら、殺さずに焼ける)」



 だが、その余裕を見ていたのは、天井からゆっくりと滑り降りてきた“それ”だった。



――ドチュッ!!



 赤黒い肉塊。

 3mはあるであろう巨体。

 無数の蛭が体表で蠢き、触れるものを溶かす粘液で構成された異形の怪物。



 「本当に異能者が創り出した化け物なのか? それとも、蛭が異能をもった姿なのか?」



 その異形は声を持たない。

 代わりに、空間全体に響くかのような“共鳴”を発する。


 ギギ……ギィィ……ジュッ……


 まるで、蛭たちのうねりが言葉を模しているかのように。

 まるで、“こいつに巣食え”と明確な意志が混じっているかのように。



 「……ここで断つ」



 郷夜の声に応じるように、その蛭の塊が瞬時に飛びかかってくる。


 異常な跳躍。速度。

 明らかに寄生された人間たちとは異なる、自分の意志をもった攻撃。

 蛭では考えられない瞬発力と加速力。


 だが、郷夜の身体は迷いなく動いた。



 「『赫炎(かくえん)昇り火龍(のぼりかりゅう)ッ!!』」



 踏み込みと同時に右拳を突き上げるアッパーカット。

 腕の内側を這い上がった赤炎が龍のように形を取り、接触と同時に天へと昇り、巨大蛭を焼き切る。



――ジュワアアアアッ!!



 空気が焦げ、異臭が辺りに広がる。

 だが、郷夜の視線は濁らない。



 「(感じる……常磐葵、来てるんだろ?)」



 そう感じた。

 この巨体すら“おとり”ではないかと、次の一手のための布石なんだろうかと。


 赤炎は、ただ対象を焼くための炎ではない。

 人の意志を縛り付ける、その悪趣味な異能も、肉体を支配する腐った蛭も、真実を炙り出して焼き尽くす……怒りの焔だ。



「……さすがにその大きさを一撃で灼けないか」



 巨蛭が体表から噴き出した無数の蛭が、一斉に郷夜を包囲する。



「ッ……っ、気持ち悪いな」



跳躍で距離を取ろうとした郷夜の足首に、蛭の一本が絡みついた瞬間。



――ジュゥッ!



赤炎が即座に反応し、蛭を焼き消す。

赤炎の焼却対象は、郷夜の動きを殺すことせず、自動的に蛭を焼いた。


だが――。



「まだ動けるのか、こいつ……」



完全に焼き消した蛭以外、中途半端な形で潰れた蛭たちが、ぶよぶよと再び形を戻していく。


まるで意思を持った再生能力。

どこを焼いても“本体”に届いていない。



『郷夜くん、様子が変。攻撃の中心に何か……何か感じる』



香帆の声がインカムから鋭く走る。



「核か……やっぱどこかに“中枢”があるってわけだな」



郷夜は呼吸を整え、再び構える。


その目は、戦いそのものよりも“分析”に集中していた。

自身を包む赤炎のやさしさがもたらす冷静な思考。それが、彼に次の一手を導かせる。



「持久戦は元々不利ッ!!」



――足元の蛭を踏み、跳ぶ。

瞬間、郷夜を包んでいた赤炎が右膝へと集約する。



「『赫炎(かくえん)跳ねる炎狼(はねるえんろう)ッ』」



渾身の飛び膝蹴り。

速さと貫通力を全力で叩きつける。


真紅の弾丸が巨大蛭に撃ち込まれた。



――ゴウウウッ!!



膝が直撃した部分から蛭の身体が灼け弾け、内部まで貫き、郷夜は巨体蛭の中心に『何か』を発見する。



「……ッ! これだな!」



黒い球体のようなものが、赤炎に照らされて浮かび上がる。


その一瞬、崩れかけていた蛭の体が大きく痙攣した。



「(あれが中枢……なら、全部焼き尽くせばいい)」



インカムからノイズを含みながら、蓮華の声が響く。



『先輩! すごい……でもっ、もっと大きいのが――後ろから来てるっ!!』


「は?」



振り向いた郷夜の視線の先。


――天井を破って、さらに巨大な“第二の蛭”が降ってくる。


それはまるで、最初の巨蛭を力試しとしてぶつけた作戦であることを堂々と晒すように。


だが、郷夜の心は揺れない。


むしろ、赤炎の中に“理解と怒り”が混じっていく。



「(……明らかに理性と知性がある。常磐葵の異能はそんなことまでやれるのか?)」



この倉庫も、襲ってきた人々も、全ては“赤炎を引き出させるための舞台”。

それが誰かの意志に導かれていたのだとしたら。


――状況は良くないが、決着はつけやすい舞台ではある。


すべての支配と、歪んだ“意志”の源を。



「……夜の吸血鬼を舐めるなよ」



燃え盛る赤炎が、再び郷夜を包む。


郷夜が再度構えをとろうとした直後、空間が一瞬だけ揺れたように感じた。


空気が引き絞られた弦のように軋み、その中心に“音”が落ちた。いや、“声”と呼ぶには曖昧すぎる何かだった。



『……郷夜くん。やっと、来てくれたんだね』



インカム越しではない。頭の奥、鼓膜の裏から直接叩きつけられるような――内側から響く声だった。



「……常磐、葵」



その名を呟いた瞬間、第二の巨蛭の動きがピタリと止まる。


まるでその言葉に“反応した”かのように。



『君の炎、すごく綺麗だね。あんなにも優しくて、強くて……ねぇ、燃えてる感じ、とても素敵だった』


「ふざけるな」



郷夜は吐き捨てる。


赤炎がふつふつと、だが制御されたまま膨れ上がっていく。だがその熱の中心にあるのは『怒り』と『理解』。



「お前……俺が目当てだったんだな」


『その通り。君は吸血鬼。香帆さんの血は鍵。そして僕は、それを全て持ちたかった』


 


――“鍵”という言葉に、郷夜の背筋が冷たくなる。



「……お前…」


『周りを見てごらん……その力、明らかに異質だよ。僕でも蛭とも格が違う。正真正銘の化け物だ』


「俺には、お前のほうが化け物に感じるがな」


『君は良い……最強の戦力にもなるし、これからくる警察や異能者狩りへのデコイとしても使える』


「腐ってるな」



にちゃりと、どこか粘つくような愉悦が声の端に混ざる。


第二の巨蛭が再び蠢き、壁に立てかけられた資材を溶かし始める。常磐葵の姿は見当たらない。


だが、間違いなく――この場を通じて観ている。



「……お前も一発殴ってやらないとな」



郷夜の赤炎が再び燃え上がる。背後で破れた天井から月が覗く。


赤く、血のように染まった月光。



「ここで断つ。お前の異能も、蛭の支配も、全部まとめて焼き尽くしてやる」



――バシュゥンッ!



炎が跳ね、郷夜の姿が消える。


次の瞬間、巨蛭の懐に突っ込んだ郷夜の一撃が、巨大な身体を内側から爆ぜさせる――。


四散する巨大蛭、だが、それでも声は、笑っていた。



『身体から湧き出る炎、以前見せた雷……そして驚異的な身体能力。この世のどこにそんな化け物がいると思う? 最高だよ』


 

闇の奥から、葵の声だけが不気味に響いていた。



最後まで閲覧していただきありがとうございました!


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次話もよろしくお願い致します。

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