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第26話 『赫炎』は黒を焼いて


 

 夜9時過ぎ――愛福大学から距離のある山の近くに立つ廃倉庫。


 辺りは街灯少なく、草木の香りが心地よい風に流れている。

 遠くで蛙が鳴いたきり、音は何もない。


 その静けさを裂くように、郷夜はゆっくりと廃倉庫の外壁に接近していた。


 道を挟んだ向かいの植え込み、黒く塗装されて見つけにくい2台のドローンが近くを浮遊している。

 豪と香帆が操作している現代科学の賜物である。



『インカム、ちゃんと聞こえてる? ノイズなし』


「バッチリだ。そっちも良い感じか?」


『映像も音も良好。香帆さんのほうは?』


『聞こえてる。今んとこ、変なモノは見えない』



 蓮華と香帆が少し離れた場所で豪とともに車内で待機し、情報支援に徹している。


 本来なら一緒に動きたい――だが、今回は違った。



――ねぇ……先輩、お願い……アタシを一緒に戦わせて、1番近くで。


 郷夜は出発前、蓮華の首筋に一度だけ唇を寄せていた。


 事前の吸血。

 蓮華の血は、郷夜の身体に暖かく心が軽くなるような熱が灯る。


 ――守る。傷つけに来たわけじゃない。俺は守るために殴りに来た。



「……人に寄生して好き放題しやがる蛭は、全部燃やし尽くす」



 小声で呟いた瞬間、郷夜の全身に紅蓮の火が走る。

 だが、それは火傷のような灼熱ではない。内側から湧き上がる、澄んだ“意志の熱”だった。


 指先まで赤黒く滲むような血管の浮き。

 だが、それは今にも燃え上がる焔ではなく、“燃やしたいものだけを燃やす”鋭利な意志の集合体。



「(体はホットに、心はクールに……呼吸は正常。視界は――クリアだ)」



 感覚は研ぎ澄まされ、同時に“守るべきもの”を包み込むような余熱が胸に残る。


 不思議だった。

 香帆の血を吸血したときの攻撃的な“赤雷”とは違う。

 “赤炎”には、冷静さを保つ力がある。むしろ自分自身の輪郭がはっきりする。



「……先輩、大丈夫? お腹痛くなってない?」



 蓮華の不安そうな声がインカム越しに届いた。



「ああ。蓮華の血、ちゃんと温かい。……ありがとな」


『う、うん……ふふっ、あったかくなったって言われると、ちょっと照れるね』


『ふたりとも、私情はほどほどにね』



 香帆の鋭い声が入る。

 でも、そのトーンには微かに笑いが混じっていた。


 少しでも肩の力を抜こうと、2人が雰囲気を作ってくれている。


 目の前にあるのは、暗い鉄の壁。

 無人のはずなのに、どこか“息を潜めてこちらを見ている”ような空気。



「……警備はいない。だけど、妙に静かすぎる」



 郷夜は建物の隙間に耳を寄せる。


 誰もいないはずの倉庫の奥から、かすかな“うめき声”のようなノイズが混じる。


 言葉ではない。

 意味もない。

 ただ、生物的な、苦しみとも快楽ともつかない何か。


『何かいた?』


「……分からない。けど……この空気、まぁ……いるんだろうな」



 ――誰かの“意志”が篭っている。

 そんな気配。


 倉庫の裏手、植え込みから抜けた先の非常扉に手をかける。


 鍵は壊れていた。

 何者かが、外から侵入しやすくしている。



「蛭が出るか蛇が出るか」


『……無理しないでね』


『何かあれば、すぐ逃げて。ルートは事前に話した通りだからね』



 その言葉を背に、郷夜は扉をゆっくりと押し開けた。


 軋む金属音。

 冷たい闇の中へ、一歩、足を踏み入れる。


 足音を殺しながら、郷夜は倉庫の中へと歩を進める。

 鉄扉をゆっくりと閉めた瞬間、外の月光が途絶え、空間は闇に飲まれた。


 郷夜の身体を纏う赤炎の“灯り”が、郷夜の周囲を微かに染め上げる。

 光というには頼りない。だが“熱”というにはあまりに静かで、冷たい。

 それはまるで――氷に包まれた焔だった。



 ――ギィィ……



 どこかで鉄骨が軋む音。風もないのに揺れた錆びついた鎖。

 埃と錆の匂いが混ざる空間で、異質な気配がゆっくりと形を持ちはじめる。


 棚の影、崩れた資材の奥、積まれたゴミ袋の中。

 “何か”がこちらを見ている。気配だけは、はっきりと伝わってくる。


 その時、耳元のインカムが震えた。



 『郷夜君、倉庫の東端……人影が映った。動いてる、複数。』



 香帆の声に、郷夜はすぐさま気配を感じた方向へと振り向いた。

 赤炎の灯りに、影が一つ――いや、三つ。ゆらり、と立ち上がる。



 「……来たな」



 その姿は、かつて大学で見かけたことのある学生たちだった。

 だが、その目は虚ろで、顔からは生気が消えていた。

 動きは遅い。だが、音もなく、ゆらりゆらりと真っ直ぐ郷夜のほうへ歩いてくる。



 『……蛭に寄生されてた人は複数の蛭が内部に巣食って、中枢神経を支配してると考えていいと思う』


「複数匹……中にいるのか」



 香帆の分析を聞き流しながら、郷夜は一歩、前に出る。



 「お前らの中に、……鉄真はいないか?」



 反応はない。ただ、沈黙と共に歩み寄るだけの人形たち。

 まるで言葉すら“選ばせてもらっていない”かのように。



 「眠っててもらうぞ」



――ゴウッ!!



 刹那――郷夜の足元から、熱風が吹き上がった。

 “赤炎”が応える。心の奥底にある「守りたい」という意志に。


 真紅の焔は静かに立ち上り、郷夜の身体に沿って揺らめいた。

 それは燃えるのではなく、“輪郭を明瞭にする”ような発火。

 自分自身の軸を、曖昧な闇の中で強く照らすように。


 そして――



 「『赫炎(かくえい)斬脚(ざんきゃく)ッ』」



――ズオォォンッ!!



 いつもの構えから、低く踏み込み、右の蹴りを横に薙ぐように閃かせる。

 血が熱を帯びて発火し、爪先から赤い焔が引き裂くように伸びる。


 刹那、影の一人が真紅の焔に飲み込まれる。



 「――あっつ……! 熱ッッ……!?」



 赤炎が体表に蠢く蛭を瞬時に焼き尽くし灰にする。

 人間の体表には直接的な傷はない。それどころか、意識すら朦朧のまま。


 体内に寄生する蛭をも焼き、燃えた男はゆっくりと崩れ落ちる。



 「(効いてる。赤炎は……蛭にだけ作用するように熱を制御できる)」

 


 残る影が襲いかかってくる。だが、郷夜の視界は驚くほど冷静だった。

 相手の重心、踏み込みの瞬間、腕の角度――すべてが読める。


 彼は“燃やす”。心を奪ったモノだけを。

 守るべき者に火が届かないように、選びながら、拳を振るう。


 廃倉庫の奥、深くに潜む気配が、ゆっくりと動き出す。


 それは、ただの“蛭”ではない。

 明確な意志と、狡猾な知性を孕んだ“本体”――


 影を焼いた赤炎が、ふっと揺れた。

 倉庫の中に再び、音がなくなる。


 郷夜は静かに、深く息を吸い込んだ。

 燃え立つ血が、心臓の奥でわずかに脈を打つ。

 ――来る。


 だが、それは“さっきまでの奴ら”とは違う。


 違う気配。

 違う“重み”。


 赤炎の光すら、空間に沈むような“異質”な静寂があった。

 この闇の向こうにいるのは、“ただの寄生体”じゃない。


 敵の“本体”――

 明確な“悪意”を孕んだ何かが、今、目を覚まそうとしている。


 郷夜は、そっと構えを下げ、赤炎の熱を自身の芯へと集中させた。

 灯りを絞るように、呼吸も、意識も――鋭く、静かに。



 『――倉庫内に異常熱源検出。……奥から来る、郷夜君、上から来るよ‼』



 香帆の声が届いた刹那、郷夜は2Fへと顔を上げた。


 暗闇の奥から、ぬるりと這い出してくる“黒い影”――



「……全部、全部燃やして終わらせる」



 重たい湿気と共に、歪んだ足音が、石の床を踏み鳴らしていた。



最後まで閲覧していただきありがとうございました!


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とても励みになっております!


次話もよろしくお願い致します。

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