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第22話 『背景』にいた男

『吸血鬼は馴染みたい』を閲覧していただきありがとうございます!


今更ですが映画『国宝』見たいなぁ。


  夜の大学構内は、ひどく整いすぎていた。


 雑草も、貼り紙も、ガムの跡すらない。

 多くの人間が在学しているからこそ起こる乱れが、どこにも存在しない。

 白赤郷夜は、サークル棟という、最近は使われることが減ってきたが様々なサークルが活動するのをメインで使われている建物の裏手を歩きながら、その異様さに無言で眉を寄せていた。


 ――まるで誰かが、ここを“整地”している。


 いや、支配するための舞台として、均しているといったほうが近いかもしれなかった。



「(……整いすぎてる。音がない。雑談の声も、誰かの笑い声もない。)」



 人が消えたわけではない。

 そこに“人間としての雑味”が、失われている。


 郷夜はある噂を耳にしていた。

 講義後の学生たちが“とある集まり”に誘われているという話だ。


 このサークル棟に多くの人が向かうという目撃情報。


「郷夜くんもどう?」と、声をかけてきた女子学生の目に、一瞬だけ違和感を覚えた。


 ――その瞳には、感情がなかった。


 そんな違和感を頼りに、郷夜はこの時間、大学に戻ってきたのだった。


 サークル棟の小さな外階段の影に身を潜め、郷夜は人の気配の方を見下ろした。


 広場の真ん中。20人近い学生たちが、整列して話を聞いていた。


 声は遠くて聞こえない。けれど、渡されているものだけは見える。

 白地に金の文字が印刷された冊子――あれは、『先を生きる人間への道』。



「(……あれか。鉄真のやつが持ってたやつ)」



 渡された学生たちは、それを手に黙って頷き、ゆっくりとその場を離れていく。

 見送りの言葉もなければ、冗談も笑顔もない。ただ機械のように、命令を実行する者の顔だった。


 郷夜は、息をひとつ飲み込んだ。


 その中に――見知った顔を見つける。



「……梶谷、だったっけ?」



 香帆に一方的に好意を寄せ、以前トラブルを起こしかけた男子学生。

 だが、彼の表情は空っぽだった。


 かつての“執着”の匂いも、“自意識”も剥がれ落ち、代わりに漂っていたのは――



「(……濁った血の匂い)」



 普通の人間が持つ“あたたかさ”ではない。

 それは、寄生か、異能による精神汚染か。

 だが確実に、“人の形をした別の何か”がそこにいた。


 郷夜は、スッと立ち上がった。



「(……蛭は洗脳のメインじゃなく、違う方法で洗脳してから、蛭で補強って流れだな)」



 だが、階段を下りかけたその時だった。



「……見てたんだね」



 静かな声が、真下から響いた。


 その顔を見ずとも、誰の声かは分かった。梶谷だ。


 その声には怒りも興奮もなかった。ただ、任務を遂行しようとする者の静けさがあった。


 郷夜は階段の中ほどで立ち止まり、ゆっくりと呟く。



「何に心揺るがされたんだ? 何がアンタを人じゃなくした?」



 その一言に、返事はなかった。


 代わりに梶谷は、ふいに笑った。



「郷夜くん、大学でも浮いていて、友達も僅か、SNSもやってなくて馴染めない孤独な人」


「……」


「なんでそんなに必死なの? 君も異端として、楽な道を歩めばいいのに」



 郷夜の眼が細められた。

 この大学で起きている異常な状態。人の精神に働きかける能力の異能者からみれば、これは『楽な方法』で自分の存在を正しくしているやり方。


 『吸血鬼』として楽になる方法なんてのは、いくらでもあるだろうが……。



「それを“理解できない”から、お前らは人間でいられないんだよ」



 足音を僅かに階段を駆け下り、郷夜は通路の闇へと姿を消した。


 振り返ることはなかった。

 だが、確信はあった。


 ――支配は、すでに静かに完成し始めている。


 自分が守ろうとしている人間たちのすぐ傍まで、“それ”が迫っている。

 それっぽいことを多数派の意見として正当化し、異常なことも異能で正しく認識させている。

 

 社会的に孤立させ、弱ったところを取り込んで傀儡化する。俺がこれから押し付けられる流れ。

 


「(……直接的な暴力よりも……厄介だな)」



 郷夜の胸に、静かに火が灯った。






―――――――






 夜の空気を裂いて、郷夜の足音が虫と蛙の鳴き声の中を静かに駆けた。


 サークル棟を離れ、大学裏の出入り口から世話になっているジムのほうへ。

 見知った気配が近くにある――郷夜の嗅覚がそう訴えていた。


 その気配は、かすかに濁っている。

 だが、まだ完全に濁りきってはいない。



「(……くそッ)」



 そう祈るように走りながら、郷夜はようやく姿を見つけた。


 木々に囲まれた道を、冊子を持ちながらゆったりと歩く影。

 猿川鉄真。


 手には、例の白い冊子――『先を生きる人間への道』。

 読み終えたはずなのに、指先がそれを繰り返し撫でている。



「……鉄真」



 低く、慎重に声をかける。


 鉄真は、少し間を置いて、こちらに振り返った。


 その目に――郷夜は眉をひそめた。


 黒目の奥に、うっすらとした“膜”のようなものがある。

 蛭の影か、洗脳の余波か。確実に支配の大半は終えているような雰囲気だ。



「……ああ。郷夜、来たんだな」



 声は穏やかだった。優しげですらあった。

 だが、そこには感情が希薄だった。



「互いに……色々知っちまったみたいだな」


「そうだな」


「俺さ……わかったんだ。

 “異端”を背負ってるくせに、馴染もうと足掻いて、孤独に潰れかけてるお前を見て、ずっと思ってた」



 鉄真はこちらを向き、ゆっくりと歩きながら呟く。



「おかしくなりつつあるこの世界で、正しくあるためには、誰かに導いてもらうのが1番楽だ。悩むのも行動するのも疲れるだろ?」



 その目には、もう親友としての温度がなかった。

 けれど、完全に敵意を帯びているわけでもない。



「……常磐葵の言葉に、何を見た?」


「“普通”の人間にも居場所があるって。

 選ばれし強者や異能者じゃなくても、ただ“信じた思想の中で生きていける”って……それがどれだけ救いか、わかるか?」


「――鉄真。お前は、それを“本当に望んだ”のか?」



 郷夜の声が、静かに落ちる。



「いつからお前の中で、少数派で否定されてた異能者が……中心みたいな考えになってんだよ、いつ刷り込まれた?」


「……どっちでもいい。望もうが、刷り込まれてようが――今の俺は、すげぇ楽なんだよ」



 その笑顔は、あまりにも寂しかった。



「すげぇ~な、異能者って……今の社会でも好き放題できるだろ? 全部もってんじゃんか」


「……」


「強さも、人望も、理解者も。お前の近くにいただけで、俺はただ“背景”だったってことだ」



 指先が震え、目元がにじむ。


「でも、葵の言葉は違った。

 “背景だった者が、舞台の主役になれる”って。……そんな言葉、聞かされたら……」



 郷夜は、一歩だけ前へ出る。


 夜風が、ふたりの間を切り裂いた。



「じゃあ、言い返してやるよ」


「……なにを?」


「“俺は、お前が友達だったこと、救いだった”ってな」



 鉄真の表情が、わずかに歪む。



「もう聞かされただろうけど俺は異端だ。まともな人間にはなれねぇ。

 それでも、お前が“普通”でいてくれたことに、どれだけ救われたと思ってるんだよ」


「……っ」


「お前まで、こっち側に染まるな。

 少なくとも――鉄真は帰ってこれる強さのある人間だったはずだ」



 そのとき――木の陰から、複数の足音。


 3人の学生が、白い冊子を手に、こちらへ歩いてくる。

 表情は虚ろで、肌には数匹の蛭が寄生していた痕跡が見えた。


 郷夜が一歩前へ出ると、鉄真がスッと腕を広げた。



「やめろよ……郷夜。この人たちは完全に導かれてんだ。悩み苦しみ、頑張らなきゃいけない世の中から、解放されたんだぞ」



 その言葉に、郷夜は目を細めた。



「自由……ね。自分の意思で選んだと思ってるなら、それは“支配の完成形”だ」


「郷夜……お前の言葉は、時々……重すぎるんだよ」


「今のお前の言葉は軽すぎるんだよ」


「もう……ここまで来ちまった。ここまで知ったら、怖くて戻れねぇだろ」


「任せろ……俺は言葉よりも拳のほうが重いタイプだ。すぐに目覚めさせてやる」



 沈黙。


 だがその狭間で、郷夜の拳がゆっくりと構えられる。


 鉄真は、何も言わなかった。


 代わりに、3人が郷夜へと静かに歩み寄る。


 夜の空気が、緊張で凍り始める。



「(……大学で、俺を人で居させてくれたお前は、もっと重くて暑い奴だったぞ)」



 郷夜の眼差しは、鉄真だけを見つめていた。





最後まで閲覧していただきありがとうございました!


第1章も終わりが見えてきました。

現代ファンタジーってのは難しいですね。三人称も全然だ。

まだまだ修行しないとなぁ。


次話もよろしくお願い致します。

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