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第21話 『正しさ』は誰が決める?

『吸血鬼は馴染みたい』を閲覧していただきありがとうございます!


『正しさ』は誰が決める。

第21話のタイトルですが、自分的にも刺さるモノがあります。うぅ……。


   ほんのりとカレーの匂いが漂っていた。


 蓮華の部屋は、郷夜が以前訪れた時と変わらず、落ち着いた色味の家具とさりげない可愛らしさが同居する空間だった。

 香帆は玄関で靴を揃えながら、どこか居心地の良い空気を感じていた。



「ごはん、温かいうちに食べちゃいましょ♪」



 エプロン姿の蓮華が笑顔でキッチンから顔を覗かせた。

 テーブルには二人分のカレーライスと、海藻サラダにアサリの味噌汁まで並んでいた。


 明らかに高い家庭力に思わずたじろぐ。



「わぁ……すごい、手が込んでるね」


「先輩にもちゃんとしたもの食べてほしくて。っていうか、私が食べさせたくなっただけですけど」



 明るく笑う蓮華に、香帆は微かに照れくささを感じながら席に着いた。


 ――けれど、それは一時の安らぎでしかなかった。


 スプーンを動かしながらも、二人の間には“話さなければならない空気”が漂っていた。



「……やっぱり、大学は安全な場所じゃないね。もう危険な場所」



 最初に口を開いたのは香帆だった。


 蓮華は表情を緩めずに頷いた。



「うん。目が合うだけでわかる。心がこっちを向いてない。まるで、誰かの台本で動いてるみたいな人が、どんどん増えてる」


「ねえ、蓮華ちゃん。……私たちって、何かに“選ばれてる”のかな?」



 その問いに、蓮華は一瞬だけ箸を止めた。

 だが、すぐに柔らかく笑った。



「選ばれてるんじゃなくて、気付けたんですよ。たぶん、先輩との繋がりが深くなったから……アタシは、ただの普通の子じゃなくなった」


「……私も。あの時、怖いはずだったのに、怖くなかった。むしろ……誰かと繋がってるって、思った」



 香帆の目には、かすかに熱が滲んでいた。


 しばらく、言葉のない時間が流れる。



「香帆先輩って、先輩が誰よりも孤独だって気づいてます?」



 静かに放たれた蓮華の言葉は、思った以上に鋭かった。



「先輩は、自分が今の社会的には虐げられてるってわかっていても、そんな社会にも上手く馴染みたいと藻掻いてる」


「……うん。もう少し自分らしく生きられるように進んでみてもいいと思うけど」


「私ね、思うんです。先輩の道を、隣で歩いてあげられるのって――」



 蓮華の視線が、香帆に向く。



「……本当の先輩を知っている、アタシたちなのかなって勝手に思ってます」



 香帆は、返答に迷うことなく、首を横に振った。



「……違うよ。私たちは……郷夜くんの隣にいるために“選ばれる”んじゃない。“自分で決める”んだよ。どんな立場でも、どんな場所でも」



 一拍の沈黙。

 蓮華は、少しだけ驚いたように見えた。


 だがすぐに、目を細めて笑った。



「……本当に……先輩と知り合って1週間ちょっとですか?」


「そうだよ。蓮華ちゃんが言ってくれた。“ちゃんと見てくれてる”って。あれで、すごく救われたし、色々と見えてきたから」



 互いの価値観は違っても、その“真心”だけは通じていた。


 戦い方も、想いの形も違うけれど――“守りたい人”は、同じ。



「ねえ、蓮華ちゃん」


「はい?」


「また、こうやって……話せる場所、作っていこうね。何が起きても、私たちまで“操られる側”にはならないように、郷夜くんが戻ってこれる場所でいられるように」


「……うん。絶対に」



 その約束は、きっと、見えない糸で繋がる“決意の契約”だった。


 ――カーテン越し、微かな気配。


 二人が会話を終えるころ、部屋の外を歩く足音が一瞬だけ止まり、またゆっくりと遠ざかっていった。


 音は小さかったが、蓮華の眉がわずかに寄る。



「……今の、聞こえました?」


「うん。誰か、外にいた……しかも複数人」



 蓮華が静かに立ち上がり、チェーンロックを掛けた。


 もう、日常の中に“敵”がいることを、彼女たちは理解し始めていた。






――――――――






 夜の大学構内は、驚くほど静かだった。


 図書館の中にある『プレゼン室』と呼ばれる、少し広めで防音、大きなプロジェクターまでついた部屋。

 その片隅で、猿川鉄真は一冊の冊子をじっと眺めていた。


 『先を生きる人間への道』


 タイトルは、どこか宗教的な響きを持ちながらも、明確に「弱者の再定義」を掲げていた。

 “劣ったとされてきた存在にこそ、新しい社会を生み出す力がある”

 “共感は無力を連鎖させ、拒絶こそが真の自立を生む”


 文章はなめらかで、正論のように見える言葉が心の隙間を埋めてくる。

 気づけば、指先がページの端をぎゅっと掴んでいた。



「気になるところでもあった?」



 不意に背後からかかった声に、鉄真の肩がわずかに揺れた。

 振り返ると、常磐葵が静かに立っていた。



「……いや、別に。ただ読んでただけっす」


「“ただ読んでる”っていうのはね、本当は“何かに迷ってる”って時に使われる言葉なんだよ」



 葵は鉄真の隣に座った。

 淡い青色のシャツ。やさしげな笑み。だが、その目だけはまっすぐに人を射抜く色をしていた。



「……どうして俺なんすか。あんたからしたら、俺なんてそんな価値のある人間じゃないでしょ?」


「ううん、違う。君は郷夜君にとっての大事な楔だからだよ」



 鉄真は目を細めた。



「……どういう意味だよ、それ」


「簡単な話さ。あの郷夜君、すごく強いけど、同時にすごく“脆い”。君のような存在が、彼を人として繋ぎ止めている要素の1つだ。君が折れれば、彼はきっと崩れる」



 その言葉に、鉄真の胸が小さく痛んだ。

 なのに……拒絶の感情も言葉も浮かんでこない。

 そして、葵はさらに言葉を重ねる。



「彼の力が危険なのはわかってる。でも、それ以上に“孤独を恐れる吸血鬼”ってのは、滑稽で脆い存在なんだ」


「……」


「どれだけ強くて異端でも……社会では少数派で価値も見出されなければ、ただの負け犬さ」



 鉄真は目を伏せたまま、小さく言った。



「……香帆先輩のこと、狙ってるんだろ。もう知られてる」


「うん。でも、彼女は“結果”だ。主戦場は君と郷夜君の間にある。柱さえ崩せば、屋根なんて自然に落ちる」



 鉄真の拳が、無意識に震えていた。


 それは怒りなのか、悔しさなのか、それとも――自分が“使われている”という実感なのか。

 しかし、そんな中でも葵の言葉は、自分の芯へと沁み込んでいく。


 そんな鉄真の心情を見透かしつつ、葵は構わず続ける。



「次の集まりがあるんだ。郷夜君のいない場所で、僕たちみたいな仲間と語り合える」


「仲間……か」


「うん。みんな、君と似ている。理解し合えるって、案外それだけで世界が変わるもんだよ」



 沈黙が落ちた。


 鉄真は冊子を閉じて、膝の上で両手を組んだ。


 葵はその姿を見て、ゆっくりと立ち上がる。



「決めるのは君だ。……特別なんかよりも、大多数の普通こそが正義になりうる。君はどちらも手に入れられるよ」



 そして葵は、静かにその場を後にした。


 夜風が、開いた冊子のページをめくる。

 そこに記されていたのは、鮮やかな赤い文字で強調された一節――


『選ばれし者とは、己を“選び直せた者”である』


 鉄真は、風に煽られたその言葉を、ただ見つめていた。


 選ばれるんじゃない。

 選び直す。


 だとしたら、今の自分は……もう、誰にも選ばれない場所にいるのかもしれない。



最後まで閲覧していただきありがとうございました!


ブックマーク登録・評価・誤字脱字報告ありがとうございます!

とても励みになっております!


次話もよろしくお願い致します。

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